エドガー六賢老
「有・限・会・社…」
バババッ!
『エドガー六賢老!!』
どかーーーん!!
各々が荒ぶるポーズを取る!
「ろっけんろー!」
ラミ子ちゃんのメロイックサインが唸る!
沈黙が流れた。
晩御飯を買いに来たご近所様や、フードコートでお食事中の皆様方が、何事だろうと視線をよこす。
あ、またエドガーさんとこか…と、慣れた様子の屋台の販売員達。
迷惑そうな亭主の奥さん。
ニヤニヤ見ている娼婦のレディ達。
目を白黒させる子供達。
完全に白目のラシャ。
荒ぶるエドガー六賢老。
(む?おかしいぞ)
(…頭がかい?)
(いや、ここでドッカンドッカンくるはずなんだが…)
(くっそハズしてるじゃんか)
(何故盛り上がらない?)
(何故盛り上がると思った。いや何故信用してやらせたんだボクは…)
(信頼してるから…だろ?)
(死んでください。いやもう、死なせてください…)
(小太郎、我はもう帰ってもよいだろうか…)
(ダメだ!威吹のとっつぁんに帰られたら、ボクは保たない…!!)
(トラ子を見よ。もっとだ。目に焼き付けよ…!)
(ホウ…ホウ…ホウ…ホウ…ホウ…ホウ…)
(ろっけんろー?)
(そうだね、ろっけんろーだね…)
シクシクと泣き出す人馬の小太郎。
目を閉じ、耐える表情の竜人の威吹。
楽しそうな蛇女のラミ子。
視線に応えて様々なポーズでアピールする、虎娘のトラ子。
デカい梟の剥製にしか見えないモーリー。
混沌と沈黙が、そこにはあった。
沈黙を破り、駿馬が前に出る。
「さて、よく集まってくれたね、みんな。私が社長のエドガーだ」
(馬鹿な!!この空気を完全に無視するだと!?慣れているとでも言うのか!?)
(我は未だこの方の底が見えぬ…見ない方がいい気もするが…)
戦慄する小太郎と威吹だった。
「当社は一部上場に伴い、事業を拡大することとなった。君たちは栄えある第一期入社組となる。同期の桜の絆は一生ものだ。大事にしたまえ」
(何言ってんだこのオッさん…)
(ふむ、暫し見守ろうではないか)
「だが、勘違いしては困る。我々は営利企業であり、福祉団体ではない。君たちは会社の利益のために働き、その利益の中から君たちは報酬を受け取るということだ」
駿馬はミーティングルームへと近付いていく。
「ではこれより採用面接を始める。その覚悟がある者のみ、この扉をくぐるがいい…」
「あ、しゃちょー、今日そこは…」
駿馬が中に入ると、十五人程の先客がいた。
『うおーー!エドガーだーーー!!ウェーーーイ!!』
「うおお!うるっせえ!?」
「おうおう!座れ!座って呑め!」
「お、アランじゃんか、卯の国からもう帰ったんか」
「夕べもいただろ!忘れてんじゃねー!」
「ごちそーさんエドガー!」
「今日も奢ってー!!」
輸送業者の呑み会が行われていた。アランはよく日に焼けた中年だ。
「なんだよ、俺らの部屋使うなよ」
「マーサさんに押し込まれたんだよ…うるさいってよ…あとくせーって」
「風呂入ってこいよ!お前ら女の子もいるんだから少し清潔にしろよ!ウチの連中に匂いついちゃうだろ!」
「なんでアンタんとこの馬とか虎とか、すげーいい匂いすんの…?」
「自家製の、季節の花の石鹸で洗ってるからな。香油は薔薇だ」
「貴族か!?」
トラ子ちゃんは間違いなく貴族だ。
「今度ウチに卸してくれよ。絶対高く売れるぜ?」
「生産量がなあ…ま、考えとく」
「まーまー!駆けつけ一杯!」
「今仕事中なんだよ…だから、まあ、一杯だけな?」
「げふぅ…やれやれ」
「やれやれじゃないが」
「泡がついておりますぞ…」
ラミ子ちゃんがハンカチで口元を拭ってくれる。至福の瞬間だ。ラミ子ちゃんを秘書にして本当に良かった。
駿馬は亭主の奥さんに文句を言った。
「ごめんねぇ、ほら、奥のほう使ってていいから」
「そっか。じゃあいいか…」
アラン達に一杯ずつ飲み物を注文して、駿馬はみんなの元に戻った。
「では、改めて門をくぐりたまえ。ラミ子ちゃん、一人ずつ案内してくれ」
「あいさー♫」
一人目がラミ子ちゃんと手を繋いで門をくぐる。
肉と鉄の門だ。
小太郎と威吹が向かい合って、鞘に納められたままの剣を触れ合わせて出来た、即席の門だ。
「小太郎…我はもう帰ろうと思うのだ…故郷にな」
「お屋形様が大義に目覚めた!って喜んでたじゃないか…頼むよ、ボクを置いていくな…」
エドガー被害者の会初期メンバーの二人は深い絆で結ばれているのだ。
やることのないトラ子は空いたテーブルの上で丸くなって欠伸をしている。
モーリーは荒ぶる梟のポーズのまま微動だにしない。実は本当に剥製なのかもしれない。
短い脚を頑張って組み、椅子に踏ん反り返ってメモと自作の炭筆を用意する駿馬。
テーブルを挟んで座った十歳くらいの少年はこれから何が起こるのか分からず萎縮している。
「履歴書を見せてもらおうかな」
「りれ…?」
「まだ書いていないかな。あとで秘書に書き方を教わりたまえ」
「しゃちょー、りれきって?」
「あとで教えよう!名前は!?」
「ロク…」
「いい名前だ。我らが六賢老につながる縁起のいい名前だ。何か得意なことはあるかな?」
「あ、あの、ネズミとか、とります。おいしい、です」
「害獣駆除が得意とは素晴らしい!即戦力となりそうだ!タンパク質はとても大切なものだからな!合格!次だラミ子ちゃん!」
「はやっ!」
「グズグズしてる時間は無いぞ、時はカネなり。ハリアップ!ハリーアーップ!!」
「は、はりあーっ!」
「なお、合格者には飴ちゃんを進呈しよう。食事まで舐めていたまえ」
駿馬は懐から山砂糖をひと固まり取り出し、テーブルで叩いて砕き、一欠片つまんで渡そうとする。
「さあ!」
「え…これ…」
「口、オープン!」
「んがっ」
駿馬は少年の口をむんずと掴んで開けさせ、ねじこんだ。
「お味はドゥー?」
「…?…!…んー!」
「甘いかな?」
「んー!んー!」
「良きかな!甘いは幸せ!甘いはうまい!北大路某がなんと言おうと甘いものはうまい!キミはこれから毎日甘いぞ!甘いまま壁際でステイチューン!」
駿馬は少年を壁際に連れて行く。
「ネクスト!」
「あいさー!」
二人目は八歳くらいの少女だった。
「将来美人になりそうな麗しのレイディ…席にかけたまえ」
「い、いえ」
まさかの拒絶に戸惑う表情も出さず、駿馬は続ける。
「そう言わずに座っておくれ。キミと私の関係はそこから始まるのだよ」
「でも、き、汚いので」
「すーばーらーしい!!」
脊髄反射に「素晴らしい」をセットしておいた駿馬の口から大きな声が出る。少女は少し驚いている。
「席が汚れるから、と、そういうことだね?」
「え…あ…うう…グス」
「なーんーとーいう!美しい心なんだ!その気遣いは大人だからと出来ることでは無い、合格だ!!」
泣きそうだ。
(だが泣かせん!)
「まずは飴ちゃんだ。これを舐めながらでなければ始まらない。そうだろう?大きなお口でそうだと言ってごらん」
「う…そ…んぐ!!…?…!!」
そ、の形の口に山砂糖をねじこんだ。
たちまち顔が笑顔になる。
駿馬は勝ったのだ。
「今汚れている、それがなんだというのかな?私は掃除の達人で、お金を沢山持っていて、毎日お風呂に入るのだ…したがってキミもお風呂でじゃーぶじゃーぶされてしまう。汚れてられるのも今のうちだ、存分に今の自分にお別れを告げるといい、壁際で待機しながらね…ラミ子ちゃんネクスト!!」
三人目に連れられてきたのは、これも八歳くらいだろう少女だった。
「ヘイガール!将来の夢はなんだい?」
「ゆめ…?」
「お花屋さんかな?それともお嫁さんかな?」
「…お仕事、したい」
(…っ!!ぬううう!!負けん!!)
眉間に渾身の力を入れて耐える駿馬。
「それは夢じゃない、今日見る夢の後に始まる現実だ。そう、つまり合格だ!」
「…お仕事、させてくれるの?」
「もちろんだ!沢山働いて、沢山稼いで、綺麗な服や美味しいものを買えるぞ!なにか欲しいものはあるのかな?」
「あ、あの…欲しいのは、お茶わん。」
「…お茶わん?」
「お水、手で飲むと溢れるし、口をつけると、怒られるから…」
「う!…ふぐ!…ん、んん!衛生に気を…気をつけるあれが凄く良し!超合格だ!!素晴らしい!飴ちゃんお舐め!」
「ラ、ラミ子ちゃん…」
「あいさー!ねくすと!」
「こ、この後ちょい休憩で…」
「ねくすと休憩?」
まだまだ先は長い。敵は想像以上に手強いようだ。




