表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/62

商売人江戸川駿馬♯3

 駿馬は馬上にあった。

 正確には人馬上なわけだが。


 とっぷりと日が暮れるまで、駿馬はノワール氏と肉煮をつまみにグダグダ呑んでいた。

 宿の方に行きたくなかったのだ。本来の住処はすぐそばなわけでもあるし。

 そこへ、小太郎が迎えにきたのだ。

 普段あまり背中に乗せてくれない小太郎だが、駿馬を担ぐようにして攫っていった。


「あーあ…やだなあ…」

「何がよ」

「だってさ、なんか、嫁いるんでしょ…」

「いいことじゃんか」

「そうなんだろうけどさ…」

「若くて可愛い嫁に、なんの不満があんのよ」

「美人局じゃん…」

「反省してたろ?」

「どーだか…」

「大体、なんで嫁にするとか言ったのさ」

「いや、それが俺にもさっぱり…」

「亭主のダンさんからも証言とったよ?」

「ありえねえ…」

 パカラパカラと軽快に走る小太郎。


「嫁ったってさ、俺ら根無し草じゃんよ、基本…」

「この国来て、家買って、商売始めて、人脈も着々と増やして…このままいけばそのうち二級国民の目も出てくるんじゃん?」

「だーからって、上には行きたくねーだろ」

「そりゃまあ…」

「むしろ、そっちの連中から逃げなきゃだしよ…」

「うーん…やっぱ逃げなきゃダメかい?」

「…やりあうか?アレと」

「勝てそうなら、やるよ。負けそうなら、逃げよう」

「ま、今は逃げ、だべよ」

「…今は、か…へへへっ」

「…ンだよ」

「べーつにっ」

 上を見上げても星が無い。月はある。満月には少し足りない半端な月だ。


「…ガキども」

「ん?」

「…あのガキ連中よ、何人くらいいるんだろな…」

「ラシャの集まりだけなら、そんなでもないんじゃん?」

「国中だと、相当多いんだろな…」

「だろねえ…子供だけじゃないだろうし」

「みーんな、痩せっぽちな」

「だねえ」

「どこの国も、ああな」

「そうだったねえ」

「…肉と、甘いもん食わしたんだわ」

「ふむ」

「…泣いてたわ。連中、何かっつーと泣いてるんだわ」

「…そうかい…」

「あの程度の食いもんくらいで、なあ…」

「…そうねえ…」

 駿馬は、深く、深くため息をついた。


「やっぱ、俺、やるのかい?」

「んー…」

 歩調を緩める小太郎。

「やるんだと思うよ」

「むう…」

「ボクらは、まあそのつもりで覚悟してる」

「むう…」

「兄貴は、いつもやりたくないって言ってる方をやる馬鹿だからさ。いっつも、言ってることと逆のことばっかやるんだ」

「信用がねえなあ…」

「信頼、してんだよ」

「…てやんでえ、ばーろい」

 もう、宿に着いてしまう。


「大体、風呂敷広げちゃったじゃん」

「あー…広げちゃったねえ」

「逃げんの?」

「…そりゃ、もう出来ないわな…」

「んじゃ、決まりじゃんか」

「そうねえ…」

「アンタ酔っ払った時に本音出てんだよ。実際やりたくてやりたくて仕方なかったんでしょーよ。魚やったり、食いもんやったりとかしてさ」

「え、それは実質十四歳嫁釣りの話?」

「誰の話だよ!?」

「誤解やわー…俺そんなロリコンちゃうわー…」

「じゃなくて、塾だとか、安定雇用だとか、給食とかさ!」

「給食なんて話までしてたんか…」

「やりたいことやって、生きてくんだろ?」

「そーよ。だから、食っちゃ寝して、ねーちゃんとエロいことしてだな…」

「ちげーだろ」

「………?」

「アンタのやりたいことって、ガキども食わして教えて育てることだろ。違うかい?」

「…どんな聖人君子に見えてんだい?俺のこと」

「合理的に、だよ。好きだろ?合理的ってコトバ。兄貴が合理的だった試しなんてないけど」

「えー…合理的な慈善事業って…」

「人手、足りてねーじゃんよ、試しに始めた商売で既にさ。ノワールさんだって弟子とか欲しいだろうし」

「うーむ」

「食わせて教えて育てて、んで使えばいいんだよ。そんで給料払って、給料以上に儲けてさ」

「んー…そうか、投資、人材育成かー…」

 駿馬は、それならいいかな…と思った。


 《岩鳥の巣亭》に着いた。

 店外にも屋台がいくつか出ている。

 人外の姿が四つあった。

 ラミ子ちゃんに肉煮の壺を渡して小太郎から降りる。

「しゃちょー、遅刻だよ?」

「重役出勤だよ。VIPは遅れてくるもんさ」

「おおー、ぶいあいぴー?」

「覚悟は、よろしいようですな」

「ハイヤーの運ちゃんのおかげでな」

「ハイヤーって何さ…」

「ハイヤー!シールバー!ってな?」

「多分くだらないことだろうから死んでください」


 懐からトラ子ブラシを取り出し、おもむろに自分の頭を梳く。ボリュームが少なくなった場所がふっくらするように工夫する。

「っ!貴様!それはトラ子のブラシ!なんて事をする!」

「いーじゃん、ちょっとした身嗜みにぶにゅ!?」

 トラ子ちゃんが駿馬の顔面を両手でホールドしてくる。肉球がちょっと気持ちいい。

「ああ…もう使えない。トラ子の玉毛(ぎょくもう)がハゲてはかなわん…」

「ハゲはうつらねえよ!…いや違う、ハゲてねえし!」

「時間の問題。トラ子を巻き込まず一人でハゲよ。ブラシの替えは明日にも購入せねばならぬ…」

「おのれ…全身毛だらけ娘が…」

「仕方ない。そのブラシはもはやブラシならぬハゲ、いや刷毛も同然。下賜しよう」

「もう肉球オイルマッサージしてやらんからな…」

「トラ子に裂かれますよ?坊…」

「…そんなにしょっちゅうはしてやらんからな…」


気を取り直し、気合いを入れて扉に手をかける。

「さあ、採用面接始めるぞ!」


楽しい会社ゴッコの始まりだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ