商売人江戸川駿馬♯3
駿馬は馬上にあった。
正確には人馬上なわけだが。
とっぷりと日が暮れるまで、駿馬はノワール氏と肉煮をつまみにグダグダ呑んでいた。
宿の方に行きたくなかったのだ。本来の住処はすぐそばなわけでもあるし。
そこへ、小太郎が迎えにきたのだ。
普段あまり背中に乗せてくれない小太郎だが、駿馬を担ぐようにして攫っていった。
「あーあ…やだなあ…」
「何がよ」
「だってさ、なんか、嫁いるんでしょ…」
「いいことじゃんか」
「そうなんだろうけどさ…」
「若くて可愛い嫁に、なんの不満があんのよ」
「美人局じゃん…」
「反省してたろ?」
「どーだか…」
「大体、なんで嫁にするとか言ったのさ」
「いや、それが俺にもさっぱり…」
「亭主のダンさんからも証言とったよ?」
「ありえねえ…」
パカラパカラと軽快に走る小太郎。
「嫁ったってさ、俺ら根無し草じゃんよ、基本…」
「この国来て、家買って、商売始めて、人脈も着々と増やして…このままいけばそのうち二級国民の目も出てくるんじゃん?」
「だーからって、上には行きたくねーだろ」
「そりゃまあ…」
「むしろ、そっちの連中から逃げなきゃだしよ…」
「うーん…やっぱ逃げなきゃダメかい?」
「…やりあうか?アレと」
「勝てそうなら、やるよ。負けそうなら、逃げよう」
「ま、今は逃げ、だべよ」
「…今は、か…へへへっ」
「…ンだよ」
「べーつにっ」
上を見上げても星が無い。月はある。満月には少し足りない半端な月だ。
「…ガキども」
「ん?」
「…あのガキ連中よ、何人くらいいるんだろな…」
「ラシャの集まりだけなら、そんなでもないんじゃん?」
「国中だと、相当多いんだろな…」
「だろねえ…子供だけじゃないだろうし」
「みーんな、痩せっぽちな」
「だねえ」
「どこの国も、ああな」
「そうだったねえ」
「…肉と、甘いもん食わしたんだわ」
「ふむ」
「…泣いてたわ。連中、何かっつーと泣いてるんだわ」
「…そうかい…」
「あの程度の食いもんくらいで、なあ…」
「…そうねえ…」
駿馬は、深く、深くため息をついた。
「やっぱ、俺、やるのかい?」
「んー…」
歩調を緩める小太郎。
「やるんだと思うよ」
「むう…」
「ボクらは、まあそのつもりで覚悟してる」
「むう…」
「兄貴は、いつもやりたくないって言ってる方をやる馬鹿だからさ。いっつも、言ってることと逆のことばっかやるんだ」
「信用がねえなあ…」
「信頼、してんだよ」
「…てやんでえ、ばーろい」
もう、宿に着いてしまう。
「大体、風呂敷広げちゃったじゃん」
「あー…広げちゃったねえ」
「逃げんの?」
「…そりゃ、もう出来ないわな…」
「んじゃ、決まりじゃんか」
「そうねえ…」
「アンタ酔っ払った時に本音出てんだよ。実際やりたくてやりたくて仕方なかったんでしょーよ。魚やったり、食いもんやったりとかしてさ」
「え、それは実質十四歳嫁釣りの話?」
「誰の話だよ!?」
「誤解やわー…俺そんなロリコンちゃうわー…」
「じゃなくて、塾だとか、安定雇用だとか、給食とかさ!」
「給食なんて話までしてたんか…」
「やりたいことやって、生きてくんだろ?」
「そーよ。だから、食っちゃ寝して、ねーちゃんとエロいことしてだな…」
「ちげーだろ」
「………?」
「アンタのやりたいことって、ガキども食わして教えて育てることだろ。違うかい?」
「…どんな聖人君子に見えてんだい?俺のこと」
「合理的に、だよ。好きだろ?合理的ってコトバ。兄貴が合理的だった試しなんてないけど」
「えー…合理的な慈善事業って…」
「人手、足りてねーじゃんよ、試しに始めた商売で既にさ。ノワールさんだって弟子とか欲しいだろうし」
「うーむ」
「食わせて教えて育てて、んで使えばいいんだよ。そんで給料払って、給料以上に儲けてさ」
「んー…そうか、投資、人材育成かー…」
駿馬は、それならいいかな…と思った。
《岩鳥の巣亭》に着いた。
店外にも屋台がいくつか出ている。
人外の姿が四つあった。
ラミ子ちゃんに肉煮の壺を渡して小太郎から降りる。
「しゃちょー、遅刻だよ?」
「重役出勤だよ。VIPは遅れてくるもんさ」
「おおー、ぶいあいぴー?」
「覚悟は、よろしいようですな」
「ハイヤーの運ちゃんのおかげでな」
「ハイヤーって何さ…」
「ハイヤー!シールバー!ってな?」
「多分くだらないことだろうから死んでください」
懐からトラ子ブラシを取り出し、おもむろに自分の頭を梳く。ボリュームが少なくなった場所がふっくらするように工夫する。
「っ!貴様!それはトラ子のブラシ!なんて事をする!」
「いーじゃん、ちょっとした身嗜みにぶにゅ!?」
トラ子ちゃんが駿馬の顔面を両手でホールドしてくる。肉球がちょっと気持ちいい。
「ああ…もう使えない。トラ子の玉毛がハゲてはかなわん…」
「ハゲはうつらねえよ!…いや違う、ハゲてねえし!」
「時間の問題。トラ子を巻き込まず一人でハゲよ。ブラシの替えは明日にも購入せねばならぬ…」
「おのれ…全身毛だらけ娘が…」
「仕方ない。そのブラシはもはやブラシならぬハゲ、いや刷毛も同然。下賜しよう」
「もう肉球オイルマッサージしてやらんからな…」
「トラ子に裂かれますよ?坊…」
「…そんなにしょっちゅうはしてやらんからな…」
気を取り直し、気合いを入れて扉に手をかける。
「さあ、採用面接始めるぞ!」
楽しい会社ゴッコの始まりだ。




