第三話 日常の放課後
あれからなんの連絡もないまま放課後となってしまった。
しかし、ラインには送る度に既読をついているところを見るに、高確率でからかっているな。
「今日のおかず1品抜きだな」
携帯をポケットにしまい、今日だけで何度吐いたかわからないため息をひとつ。
こっちの気苦労も知らずにのんきにやっているみたいだし、これくらいの仕返しはしてもいいと思うの。
駄々をこねるだろうが、知ったことか。
「というか、学校の手続きがどうのと言ってたけど、結局会わなかったな」
まぁ、学校に通うってだけでうちの学校に来るとは言ってないしな。
京平が言っていた転校生ってのも別人ってことだろうな。
「まぁ、いっか。透、そろそろ帰ろうか」
鞄を肩にかけ俺は立ちあがり、透のいる方を向く。
そこには女生徒にもみくちゃにされている透が俺の声に反応して人波を掻き分け、てててっと小走りでこちらに向かってくる。
その時女生徒たちからはもれなく「なに透くんとのふれあいを邪魔しくさってんのよ!?」的な表情でにらまれた。なかには中指だけ伸ばしている子までいる。
さすがに女の子がそれをやるってのはどうなのよ? おーこわやこわや。
『(^_^;)』
「お疲れさん。あいかわらずモテモテだな」
『σ(^_^;)』
茶化すように言うと、透は困った風な笑顔になって頬を掻く。
透はモテる。特に同性に。
小動物のような見た目に天然での愛くるしい仕草で陥落した者は数知れず。
同学年はおろか、下級生や上級生、果ては先生までと彼女を愛でに来るのだ。
一部カルト的なやつまで出始め、仲がいい俺や京平などは度々嫌がらせという名の命のやり取りを幾度となく繰り広げたこともある。
まぁ、今は透が何とかしてくれたので大分沈静化したが、それでも危ないやつはたまに出てくることがある。
閑話休題。
「それより、そろそろ帰ろうぜ」
『ヽ( ・∀・)ノ』
そう言うと透は笑顔でうなずいた。
俺は透の鞄を手渡し、透もそれを受けとる。
『(* ̄▽ ̄)ノ~~ ♪』
透は振り向き女生徒たちに手を振って別れの挨拶をする。
それだけで女の子たちから黄色い歓声が上がり、中には倒れる者まで出る始末。
付き合っているといつまでたっても帰れなさそうなので、俺も透も無視をして教室を出た。
――――――――――
しばらく透と一緒に帰り、途中の商店街で別れた俺は、今日の晩飯の献立を考えながら店を物色していく。
「お、武瑠ちゃん。今帰りかい?」
「まあね。今日はどれがおすすめ?」
魚屋に寄るとおやっさんが今日も元気のいい声で俺に近寄ってきた。
おやっさんの元気一杯さに挨拶してからどれがいいのか聞いてみる。
「どいつもおすすめだよぉ。うちの母ちゃんよりなん十倍も鮮度があるから、どれもピチピチだよ」
がっはっはっと一人ウケて爆笑しているおやっさんに奥さんと比べたらそりゃそうだろう、と言いかけたがそれを声に出すことはなかった。
なぜなら、おやっさんのすぐ後ろには能面をつけたような顔をした奥さんが彼の背後に立っていたのだから。
奥さんは黙って人差し指を口につけしゃべるなと合図する。
俺は冷や汗をかきながら黙って高速でうなずくしかなかった。
普段表情豊かな人が何の感情も見せないのは怒りや笑顔よりも怖いな。
「あん? どうしたよ武瑠ちゃん。なにかある、ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!」
俺の様子に不思議そうにして後ろを振り返ったおやっさんは叫び声をあげる。
逃げる間もなくおやっさんは奥さんにアイアンクローをかまされ持ち上げられた。
大の大人を軽々持ち上げるとか・・・・・・
「武瑠ちゃん、こんばんわ。今日は鰆が美味しいわよぉ」
「あっはい。じゃ、じゃあそれで」
能面の表情が一変して笑顔を向けられ、怖くなった俺はそういう以外になかった。
おやっさん、イキロヨ・・・・・・
俺は心の中で合唱し、物言わなくなったおやっさんを見やった。
「・・・・・・ん?」
ふと隣に誰かいる気がして目を向ける。
そこには少女が一人、陳列されている魚をじっと見つめていた。
頭頂部にはピンっとした猫耳がピコピコと動き、尻尾がくるりとなっている。
(亜人種の娘か。でもここら辺では見ないやつだな)
何とはなしに少女を見ていると、視線を感じたのか俺の方を見上げる。
髪の色と同じ緑色の、眠たそうな半眼がこちらをじっと見つめる。
見た目は小学生くらい。短パンに長袖の黒のパーカー着ているその子は俺の顔をじっと見る。
「・・・・・・なんだ?」
無表情の少女に見続けられ、少々居心地が悪くなった俺は声をかける。
彼女はなにも言わずしばらく見つめあっていると、少女は俺に近づきいきなり抱きついてきた。
「んなっ!?」
あまりの出来事に俺は身動きとれず固まってしまった。
少女はそんな俺の心情などお構いなしに俺の体に顔を埋めすんすんと鼻を鳴らす。
数秒もかからず少女は俺から離れるとなにかを考え込むように虚空を見つめた。
「んっ」
かと思えばなにか納得したように頷き、ふんすと満足気(に見えた)少女は何処かへと行ってしまった。
「な、なんだったんだ。いまのは」
固まったままの俺は返ってくることはない答えを口にした。