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第3話

 王国南部、ガーデンハーデン地方は北地区と南地区が二極化している地方として知られている。美麗な建物が並び景観に優れている北地区に対し、南地区は旧市街化して道は狭く建築年数の長い民家が大多数を占めていて色褪せた家屋がそこかしろにある。


 それもあってか廃れた雰囲気が前面に出ていて、元々良くはない治安の悪さに拍車がかかっている。下町情緒溢れる旧市街はトールとしては好むところだが、スリやごろつきと遭遇することが珍しくないだけに気を許す暇がない。


 故に、彼は旧市街を庭としているガイドに案内を依頼した。昔、冤罪で裁かれそうになったところを助けた人間であり、現在も情報屋として交流を取っている旧知の仲だ。


 「この通りはスリの巣窟になってるんでね。角を曲がって迂回した方が懸命でさあ。しっかし、話題になったことって言われてもですねえ。ここいらで話題になることっていえば、もっぱら箱庭のどこにいい女がいるかとか下世話な話ばっかだ」

 「目的がそういう街だからね。そりゃそうだろう」

 「俗な話以外は雲をつかむような噂ぐらいですぜ。行方知れずの領主の一人娘を目撃したとか、父親の侯爵様が変な魔導にご執心とか。せいぜい国民が当てつけで作った話に過ぎんでしょうけどね。ああ、そうだ。魔導とくりゃ郊外の洞窟の話は?ほら、造形遺産でしたっけ?あれに登録されるかもって評判の」

 「洞窟遺跡……ガレリアスか」

 「詳しくは存じないんですがね。どうも、あそこの警備の数が極端に増えてるらしくてですね。なんでも目玉にしていた遺産が盗難に遭ったってもっぱらの噂ですわ。あっしは魔導なんてからきしなんでぴんとこないんですが、あれってマリアの遺産って呼ばれてる代物なんでしょ?旦那がご専門にしている」

 「専門はよせよ。たかが傭兵には荷が重い。でも、マリアの遺産があるなら元々警備も相応に敷いているはずだけどな」

 「まあ、本当かどうかも怪しい酒場のよた話ですわ。おっと、終点だ」


 二人は立ち止まって数十メートル先を見据えた。


 旧市街の最奥には壁に囲まれた箱庭の世界があった。壁の出入口には門兵がいるものの、この手の兵士は通常の兵士とは役割が異なり街の治安維持を務めとしていない。彼らが動くことがあるとすれば閉ざされた壁の中で面倒ごとが起こった時だけだ。出入口に近づいたトールにまるで気を留める様子はなく、悪びれず煙草を吸っている。


 「正規兵の服装をしない方がいいんじゃないのか。あれじゃ評判も落ちるだろう」

 「元はただ腕っぷしが強いだけのゴロツキですからね。あいつらにとって重要なのは迷惑な客の取り締まり。国公認の警備員みたいなもんです」


 しかし、と案内人はトールを横目でとらえてほくそ笑む。


 「旦那も好きですね。こんな真昼間だと営業してない店のほうが多いってのに。相当たまってんですかい」

 「興味なくはないけどね。生憎、用があるのは別のところだ。ありがとな」


 小袋を手渡すと「毎度」と小気味良い返事をしてガイド役はそそくさと来た道を戻って行く。噂話の裏付けるために情報収集をしたいところでもあるが、取り掛かるべき最優先事項が目の前にある以上はそうも言っていられない。


 いよいよ箱庭の世界に足を踏み入れると、旧市街ですら景観区に思えるぼろぼろの平屋通りが細道の両側に並んでいた。舗装という舗装が痛んでいて、探さなくてもそこかしろにがれきが転がっている。旧市街以上のスラム化は否めない。しかしながら、ここはただのスラム街ではない。昔も今も常に需要を満たしている街でもある。


 まっ昼間から客引きの女性が街角に立ち、男性が近くに寄ろうものならば腕をつかんで小屋へと連れて行こうとする。歓楽街と言えば聞こえはいいが、実質は一晩の夢で成り立っている街。それが箱庭の世界と呼ばれる現在地だ。


 「おっと」


 道ばたの石に足をひっかけると、軒と軒の脇道へ蹴り飛ばした小石が転がっていった。何気なく石ころの行き先を追っていると、ポリタンクを抱えた少女が脇道の向こう側を横切っていく。遠目から見ても白いワンピースは薄汚れていて、この街に縛られたひとりの人間であることを窺わせる。


 「あれは……」


 首元に見えた特徴的な模様をトールは逃さなかった。姿こそすぐに消えたが、尋ね人の特徴と一致している。すぐさま、彼は脇道に入って潜り抜けようとした。顔の輪郭はろくに判別できなかったが、少女と会って確認したいことがあったからだ。


 日陰の中を、身を横にしながら軒沿いに歩く。トールを挟む軒のどちらもが、壁に無数の亀裂を従えた外面がぼろぼろの住居で、箱庭の街がいかなるものかがそこに表れている。


 箱庭の街、レイラアドリアはかつて王国南部を代表する繁栄した都市であった。南部地方の領主が王国からの独立を謀って失墜するまでは国内でも指折りの都市だったとは過去にトールが文献で得た情報だ。


 もはや見る影もないこの街に住まうのは貧困の末に流れ着いた者か、あるいは金銭などの事情を抱えたが故に住むことを強いられた者の二者で、共に最終的には同じ道をたどっていく。


 それにしても、とトールは頭を掻いた。レイラアドリアで一夜の夢を売るにしては横切った少女の年齢はあまりにも若過ぎる。


 ようやく向こう側へと出たトールは左右を見渡した。少女が進んだ方向に向かって灰色の街並みをしばらく直進すると、ついに見失った少女の背中を見つけることができた。


 ぼろぼろの井戸に身を寄せて、細い腕で水を汲もうと懸命にロープを引っ張っている。震える腕でなんとかポリタンクに水を入れては、桶を井戸の底に戻して再び水を汲む。そんな光景を何度か続けていたが、いよいよ腕力が尽きたのか引っ張り上げた桶を抱えたまま動けなくなってしまった。


 「ほら」


 桶を引っ張りポリタンクへ給水すると、ふたを念入りに回してトールは少女に手渡した。驚いて目をぱちくりさせていた少女だったが、トールが笑むと少女にも笑顔がこぼれる。


 ぼさぼさに伸びた茶色の髪にぼろぼろの白のワンピース。少しやつれてはいるが緑色の瞳は澄んでいて、不思議なことにどこか上品さを感じる。


 少女の口が大きく動くと「えっ」とトールは思わず口を開いた。トールの問いに応じて再び口を動かした少女は途中ではっと気づいて口を押さえる。


 少女からは声が出ていなかった。言い直そうとした時も声は発してはいなかった。


 悲しげに視線を落とす少女の頭を、ぽんとトールは軽く撫でた。


 「聞こえたぞ。ありがとう、だよな」


 ぽわっと頬を緩めた少女は、次に赤面すると急ぎ顔を背けた。その純粋さにつられて苦笑したトールだったが、遠くから悪意を感じ取るなり目を吊り上げる。


 「伏せろ!」


 少女を抱え井戸へと隠れたトールたちに嵐のような矢が襲い掛かった。間一髪で凌いだトールはわずかな隙間から相手を窺う。


 武器を構え、敵意をむき出しにする彼らの胸章にトールは驚きを禁じ得なかった。


 「国立猟兵団?なんで奴らが」

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