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第2話

 久々に宿酒場で酒を嗜んでいるトールは、実に上機嫌だった。先の事件を解決したことで国から依頼報酬がたんまり来たため、当面の資金に目途がついたからだ。散財さえしなければ二週間は過ごすことができる。


 国から国へ気のままに移り住む傭兵は依頼がなければ毎日が休日であり、生計を立てるにはその日暮らしではなく数週間やひと月先の生活を見据えて過ごさなければならない。長年の生活で思い知った彼なりの自戒でもある。


 「珍しいわね。羽振りの良い仕事でも片付けたの?」


 背後から声をかけてきたエスタにトールは上げたグラスを振って応えた。手持ちが乏しいときには決して見せない余裕の仕草にエスタも「ふふ」と笑みを返してカウンターの中へと入る。バーテンダーという職業柄、着ている服は男性向けだが、後ろではね上げた銀髪の美しさと凛とした顔立ちには気品さが備わっている。出勤日数自体が多くないためバーで見かけることはあまりないが、この街でエスタを支持する男性が非常に多いことはトールの耳にもよく入ってくる。


 「ギースのじいさんから話をもらってね。ガノス一味を一掃してきた」

 「ああ、あのコソ泥集団ね。ってか、騎士団ともあろう立場があんな三下に手こずるって、それはそれで考えものね」

 「今回ばかりはそうでもなくてね。どこから手に入れたかは分からないけど、洞窟の奥に遺産術式レガシー・スコアが仕掛けられてた。早い話、解除できる人間がいなかったんだよ。それで俺におはちが回ってきた」

 「僥倖ね。それで、同業者としての所感は?」

 「どっちの意味だよ。俺は盗賊でも山賊でもないよ。少なくとも今のところは」

 「まさか。遺産の使い手としてのトール・クルサードって意味よ」


 一瞬、眉間を狭めたトールは、すぐにふっと苦笑する。


 「本当にたまたま、どっかでくすねた産物だったんだろう。連中、ろくに使い方を知らなかったし、俺が逆に利用したぐらいだからね。あの世でマリアも泣いてるだろうさ」


 静かにグラスを置いたエスタはシェイカーに酒を入れると手際良く振ってグラスの口に注ぐ。トールたちがいるカウンターは宿酒場でありながら室内の最奥部にあり、大衆居酒屋として盛況を見せる入口付近とは扉を挟んで別室になる。それが故に落ち着いた雰囲気で酒をたしなみたい人間はみな、こちらの部屋を好んで利用していて、時折やってくる旅芸人がジャズを演奏するとなおしっとりとした空間となり利用者を喜ばせる。高くない料金設定もトールが御用達にする要因のひとつだった。


 「マリアの遺産……因果なこともあるものね」

 「世界って案外狭いもんさ。数は多くなくても機会はある。たとえば、今日みたいにね」


 ポケットから煙草を取り出そうとするトールに、エスタは作ったカクテルをすっと差し出す。


 「一応、国に貢献したんだよ?一本ぐらい許してくれよ」

 「貴方の銘柄、好みじゃないの。自重するならおごったげる」


 グラスには見惚れるような淡い水色のカクテルが注がれていた。エスタの得意とするオリジナルカクテルは見た目も味も評判の逸品だが、値段も相応に設定されている。常連のトールですら一度も注文したことのない品だ。


 そのグラスに添えられた小さな箱にトールは目を落とした。見た目は三本入りの禁煙パイポのケースだが、ケースフィルムの内側に折り畳んだメモが挟まれている。


 トールがカクテルに一口つけるのを見届けると、顔を近づけてエスタは話を切り出した。


 「魔女の遺産が人の心を狂わせることなんて、あったりするのかしら」

 「可能かどうかで言えば、造作もない。なんたって魔女の所業だ」


 冗談半分ではなく、ただの相槌でもない。トールが実直に言葉を返していることを受けてエスタは続ける。


 「ねえ、王国南部の領主はご存知?」


 グラスを置いたトールは、少し考えて「あぁ」と思い出すように呟いた。


 「南部っていや、ハイゼルターク家のお膝元か。代々頭が固くて商人泣かせだよな」

 「領主のひとり娘が失踪したのは商工会による積年の恨みつらみ。そんな噂が全国的に広がってもう一年ほど経つかしら。そういえば噂の果てって聞かないわね。知ってる?」

 「ゴシックにはとんと疎いもんで」

 「そ。では本題。泣かされているのが商人だけじゃないって言ったら」


 エスタの眼差しは真剣そのもので、目を逸らすことを許容しない感覚をトールに与える。どうやら厄介ごとの話みたいで、乗ることはできても反る術はなさそうだ。

 ひとつ息をつくと、トールは箱の中から一本を取り出して禁煙パイポを咥えた。


 「それ、成り行き次第じゃ大事の案件だよね?汚名を被せられて国外追放とか、俺、やだよ」

 「安心なさい。そうなる前に確実に処理される。偉い人たちからの肝入りよ」

 「処理と墓場がイコールになってないことを祈るよ。ニアリーも勘弁だ」

 両肘をカウンターにつけて、エスタは妖しく微笑む。片手には虹色の欠片が握られていた。

 「なんだい、その宝石は」

 「キースさんから貴方にって。今日の現場に落ちてたらしいの。心当たり、ない?」

 「ないね。すぐに質に入れたいぐらいに」

 「あなたには悪くない話だと思うわよ。なんといっても」


 彼女の口の動きに、トールはしばらく半信半疑にならざるを得なかった。

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