第1話
撃ち貫いた敵の足から光のパイルを抜き取ると、悲鳴など我関せずトールは腕を一振りして刀へと形状を変化させた。足を押さえてのたうち回る敵の捕縛を他の面子に任せると、刃先を盗賊に向けたまま、一歩ずつ、じわりじわりと詰め寄っていく。
「く、来るな!来るな!」
「来るなで来なけりゃ国家は介入しませんって」
でたらめにナイフを振り回す相手に対し、茶化した表現でトールは応じた。二人の間合いには既にトールが発動させた魔法陣が地面に描かれている。ちらりと足元に目をやったトールはまた一歩相手に近寄る。怯えるあまり全身を震わせていた盗賊はいよいよ耐え切れなくなると、言葉にならない言葉を叫びながらトールに刃を向けて突進する。
魔法陣に踏み込む直前、トールが指を鳴らすと、地面から光が走り出して盗賊が踏み込んだことを合図に光が天井へと伸びていく。驚き戸惑った盗賊がその場で立ち止まると、亀裂が地面に走り出して途端に足元が崩れていく。
「う、うわぁぁぁーーーっ!」
深手を負わせるほどの地盤沈下は望まず、それでいて一人で這い出るには困難な生き埋め状態にする。体半分を生き埋めにした状態は捕獲という観点からは申し分ない出来である。
胸元から取り出した禁煙パイポを咥えながら、トールはしゃがみこんで盗賊を見下げた。
「こんな簡単なトラップに引っかかるレベルで助かったよ。しかし食えないね、おたくら。どう見たって魔術に興味のある面じゃない」
「うるさい!お前こそあれを横取りしてどうするつもりだ!」
「アレ?アレって何のこと?あんたの言ってること、よくわかんねえな」
「ほざけ!ありゃあただの道しるべだ!謳える人間がいなけりゃここで通行止めだ!」
「はいはい。続きはじっくりと聞いてくれるおじさんたちがいるから。思いの丈は気の済むまでそっちで吐いてね。ほら、連行して」
「てめえ!覚えてろ!」
「三秒ぐらいなら留めといてあげるよ」
背を向けたトールは出入口へ向かって歩いていった。もともと管理が行き届いている洞窟だったようで、壁面には等間隔で魔導のかがり火が一帯を灯しているため薄暗さは一片もない。足場を気にせずさくさくと歩いていくと、やがて洞窟の出入口に差し込む光が見えてきたかと思えば、その光が人影に覆われる。
トールと正反対に盗賊のもとへと向かおうとする初老の男性は、引き連れた数人の手勢と共に入口付近ですれ違う。足を止めたものの、二人共に顔を合わせることはしない。
「手間かけさせたな。さすがと言うべきか。しかし老獪な手段を取るには若過ぎんかね」
「いい歳なんだから自ら身の危険を犯したりしませんよ。そんじゃ、あとはよろしく」
片手を上げてトールは再び出入口へと歩いていった。途中ですれ違った正規兵はトールを一瞥すると、軽く会釈しただけで一団に追いつこうと走り去っていった。トールもまた目で追うことはせず、呑気に両手を伸ばして階段を上がって姿を消していく。
上官に敬礼して救援に来た旨を告げた正規兵は、しかし上半身だけが埋まっている盗賊に目を奪われて目をぱちくりさせた。
「こりゃ、鮮やかな手際ですね」
「だろう。王国軍にもほしいもんだ。その気になりゃいつだって筆頭騎士になれる」
「奴は……一体」
出入口へと正規兵は顔を向けた。上官である初老の男性はふっと笑うと、人命救助と犯人確保を部下に命ずる。
「おい!放せ!放せつってんだろ!」
押さえつけた盗賊が握っているものを部下が取り上げようとしたが、意地でも放すまいと盗賊も必死の抵抗を見せる。思いのほか手こずる部下の姿に耐えかねた男性は無言のまま近寄ると、腕をひねって盗賊が握っていた石の欠片を取り上げる。
「石碑、いや、詩か?それとも……」