第十四話 HEART OF ERROR
ベルフェゴールSide
「‥‥‥‥」
――――前門にガム、後門の処刑人。おまけに両腕は切り落とされている。ハンデがあり過ぎて
戦闘として成り立ってねえな。ただのリンチだろこれ。
「よし逃げよう」
「!逃がすか!」
ちっこいのは、こっちに手を伸ばすが、その短い腕は届かない。
―――届いたとして、何ができんのか。
身体が宙に浮く感覚とともに、スタート地点へと引き寄せられる。
このまま俺たちのスタート地点に置きっぱなしのレースカーへと引き寄せられれば。
―――ん?何だ?あの、ピンクの…‥
「‥‥ガムか!」
突如として弾丸のような速度で飛んできたガムは、俺の右足にまとわりつくと、
輪のような形に変化した。
「ぐお!?」
右足が地面に着いた。自分で着けたのではない。と言うか、足が上がらない。
まるで数百キロの重りを付けられているようだ。
「足が‥‥!」
「上がらないでしょ。今二百キロだもん」
「このガムは、あの時俺に撃って外した奴か」
「大正解。そして、お仲間が拾いに来るまで、眠っててもらうから」
俺に伸ばしたほうの手が、引き伸ばされ、ぐにゃりと曲がる。
手をガムでコーティングしてたのか。
それが首に絡みつき、心が落ち着くような匂いを発する。
恐らく催眠香だろう。
(だが、これなら眠ったふりをすれば……)
プルルルルルルル
天音side
携帯端末が震える。画面には、五十嵐・天音と表示されている。
「もしもし?どうしたのよ。今から眠らせるとこなのに」
「もういい。お前はそいつから離れてろ」
「?」
まあ、アイツが言うなら何かしら考えがあるのだろう。首に巻き付けたガムを
引っぺがし、少し離れる。
「‥‥あのバカ!」
「え?」
後ろ襟を、明さんに掴まれ、後ろへと引き寄せられる。
次の瞬間、轟音とともに木々をなぎ倒し、一台の車が突っ込んできた。
「「!?」」
その車は、男を撥ね飛ばし、何かを振り落とすと、そのままどこかへと
走り去った。
「え、ウソ‥‥。死んじゃったの?」
男は腸をぶちまけ、頭が半分無くなっている。素人目で見ても、確実に
死んでいることが分かる。
「逆にこれで生きてたら、それこそ化け物だな」
むくりと起き上がったそれは、平然とそう言い放った。
「な、何であんたはそう平然としてられんのよ。清道!」
「いやー、俺も死なない程度に轢きたかったんだけどな。減速できなかったんだよ」
清道はそれから、少し口角を上げた。
「あ、そういや間違えて減速するという機能を消しちゃってたんだった。
悪い悪い」
「‥‥‥あんたには、人の心ってものがないの?」
「そんなものはとっくにエラーしてるよ」
天音side
――――そういえば…‥
「伊月どこ行ったの?」
「そこに転がってるだろ」
清道の指さす先に、伊月は血塗れで転がされていた。
「ちょっ、伊月!!」
「ま、時速80キロから落ちたらそうなるわな」
「それから落ちてこれだけで済んだら十分奇跡的ですがね」
「そうだな~…‥!?」
清道は、明さんの姿を認めると、目に見えて青ざめた。
「あの‥‥何で姉御が……?」
「貴方が私のスマホに受信機を付けてくれたじゃないですかぁ。
そして、今あなたのスマホは彼女が持ってる。お分かりですか?」
「‥‥‥」
先程から、清道は何を青ざめているのだろうか。今から殺されるわけでもあるまいし。
「ところで、確認するまでもないですが、彼をひき殺したのは貴方ですか?」
「‥‥いやぁ、な、仲間を助けるための正当防衛って言うか‥‥」
「どう考えても過剰防衛のように思えるのですが」
明さんは清道の髪を掴むと、ズルズルと森の奥へ引っ張っていく。
「ちょちょ、待って待って!いいじゃん別に。泣き落とし作戦も成功して、
あいつも助かったわけだしさぁ!!」
「泣き落とし?彼にですか?」
そういえば効いてなかった気がする。
(私が噛みついて離したぐらいだしね)
「っていうかさぁ!アイツの相手ほっぽりだしてきたんだよなぁ?ずっとここに居たら危険だろ」
「あ、それもそうか」
そこの戦闘向きじゃない人でもかなり強かったし、あの人が来たらヤバいかも。
「でも車二つともお釈迦になっちまったからさ、作ってくんない?」
「ええ?」
造れるものなのかと一末の不安を抱きつつ、取り敢えずガムを膨らませ、
形だけでも作ってみた。
それの後部座席に二人が乗り込んだ。後部座席に二人…‥ん!?
「ちょっと!アンタらがそこに座っちゃったら誰が運転すんのよ!」
「こんな形だけの車を運転しようと思ってもできねえよ」
「だから、このガムの形自体を変えられる貴女しかこれを動かせないんですよ」
清道の言葉を、明さんが継ぐように話した。まぁ、理屈は分かるが…
「私運転したことないわよ」
「大丈夫ですよ。能力の使用は手足を動かすのと同じこと。
自分の身体のように操ればいいんですよ」
‥‥本当に大丈夫だろうか。私はうんうん言いながら気絶した伊月を何とか助手席に乗せ、
ハンドルを握った。
フィリップSide
「ゲボっ」
俺の手の中で苦しそうに、血を吐く。男の方は、車の裏側に隠れて出てこない。
意気地なしめ。
しかし、中々強力な能力を持つ小娘だ。このまま殺してしまうのは少し惜しい気がする。
「‥‥そうだ」
「ん?」
こいつに乗ればいい。