第九十三話 責任逃れ
「そいつに決まってるじゃねぇか!!」
「…え……」
その声に振り返ると都の住人の一人であろう男性がこちらを指差しながら、仁王立ちしていた。その顔には怒りと憎しみが溢れんばかりに滲み出ていた。指差している方向は何故か紅葉達。そして、その指先の方向にいるのは、
「………え、僕?」
紅葉だった。紅葉は酷く困惑した様子で薙や雛丸、白桜を振り返る。彼らもどういうことだと紅葉以上に困惑した様子だった。だが、その男性は間違いなく紅葉を指差している。まるで親の仇を目の当たりにしたかのように、紅葉を射ぬかんばかりに睨み付けていた。それはまさに自分に向けられた敵意だった。どういうこと?僕じゃない。紅葉はふるふると首を左右に振りながら顔を歪めていく。
「…な、に、を、申しているのですか?紅葉が…彼が、そんなわけないでしょう!」
白桜がバッと腕を横に勢いよく振りながら否定する。そして紅葉を庇うように背中に隠す。薙と雛丸も紅葉が元凶だと云う事実を否定するかのように男性を睨み付ける。男性はその自分よりも射ぬかんばかりの、刃物のような視線に一旦たじろいた。しかし、それを許してはくれなかった。男性が叫んだのを皮切りに次々と都の人々が怒声や罵声を叫び出したのだ。
「嘘をつくな人殺し!」
「見たんだからな!お前が刃物を振り回しながらこの都を破壊していくのを!」
「よくも殺そうとしてくれたな!」
「お前の云うことを誰が信じるか!」
「お前のせいだ!」
「全ての元凶のくせにノコノコと戻って来やがって!」
「人殺しは死ねば良い!」
「殺せ!」
「お前が全てを指示しているのは知っているんだからな!」
「極悪非道な化け物が!」
その数々の罵声から紅葉は耳を両手で塞ぎ、その顔はどんどん歪んでいく。絶望、その表現が正しいのかどうかは分からないほどに紅葉は見る見るうちに衰弱していった。違う、僕じゃない。僕じゃない!!そう叫びたくても無数の敵意と憎悪が紅葉に突き付けられ、言葉が出るのを恐怖し、拒む。この空間にいる全ての人々の瞳が紅葉を刃物のように貫いているような感覚に陥る。足元から奈落に突き落とされているような、足元なんか定まらない。いや、足なんて元からないんじゃないかと現実逃避してしまう。フラッと後方によろめいた紅葉を支えたのは白桜だった。倒れかける紅葉を抱き締めるように支え、大丈夫だとその背中を擦る。自分の瞳から何かが失われていく気がする。それでも紅葉の手を諦めずに、奈落の底から引っ張り出してくれたのは、彼らだった。薙と雛丸がキッと喚き散らすように叫ぶ人々を鋭く睨み付け、反論する。
「彼は妾達と帝の任を遂行していた。此処に着いたのもついさっきだ。そんなやつに襲撃なんか出来るはずがないだろうが!」
「そうだよ!ずっとボクたちと世界中を回ってたんだから!」
嗚呼、君達があの時のように輝いて見えるよ。紅葉は膝から崩れ落ちそうになるのを白桜にしがみつきながら耐える。大丈夫、此処には僕を信じてくれる人がいる。紅葉は薙と雛丸の言葉に元気つけられ、自分も主張しようと声を張り上げようとした。だが、
「お前達も共犯なんじゃないのか!」
「帝がお作りになられた『勇使』のくせに、『勇使』を侮辱するな!」
「「は!?」」
人々は、彼らをも否定した。自分が疑われた時よりも心臓が引き裂かれるような痛みが体中を駆け巡った。やめろ、やめて。薙と雛丸が反論しない事を良いことに人々は次々に罵声を浴びせてくる。紅葉を犯人と見て疑っていない。違う、僕は。ギュッと添えられていた白桜の手を力任せに握りしめる。彼の手が震えていることに白桜は気づいていた。怖いのだ。自分を否定されているようで。白桜は震える彼を安心させるように紅葉の手を握り返した。大丈夫、私達はなにがあろうと紅葉の味方だから。
「誰が何を言おうとも、私達は、紅葉の味方です」
「そうだよ紅葉!紅葉が元凶なわけ絶対ないんだから!」
「妾が認めたお主が、んなことするなんてことの方が信じられねぇわ。妾達は、信じてるからな」
「…兄さん、雛丸、薙ちゃん……」
視界が滲む。それは恐怖か悲しみか嬉しいのか。複雑過ぎて自分でも分からない。けれど、信じてる人がいるだけで存在出来る。そんな気がした。紅葉は腹から声を張り上げ、罵声も怒声も弾き返すほどに大声で叫んだ。これが、真実だ。
「僕は、やってない。僕は元凶なんかじゃない!!」
その真剣な、事実しか言っていない声色に人々は一瞬押し止まったが、紅葉の願いは届かなかった。最初に紅葉に噛みついた男性が一言も発さなかった青年を振り返った。青年はこの騒動を苛立たしげに傍観していたらしく、ちょうど静まり返った事に少し安心したようだった。それは傍らに侍る萊光もそうだった。俯き加減で睨み付けるように眼光鋭い瞳が注がれている。青年の表情が犯人である紅葉がなかなか自供しない事に苛立っていると読み取った男性が勝ち誇ったように叫んだ。
「帝様!こいつらは裏切り者です!人殺しです、犯罪者です!此処にノコノコと帰って来たこいつらを、断罪しましょう!」
「「「「「そうだそうだ」」」」」
男性の言葉に賛同した人々が大きく声を上げ、紅葉達四人を憎悪に満ちた瞳で睨み付ける。犯人を祭り上げ、見世物にしている。そう思うのは無理もなかった。男性の懇願に青年は重いため息を吐いた。そのため息には怒りと軽い幻滅が宿っていた。それらの方向が自分達に向けられるのではないかと、一瞬体が固くなった。だがそれは、逆転する。
「貴様らには、幻滅した。元凶さえ見抜けないなんて、それでも『アルカイド』の者か。まるで、魔女狩りだな」
「………え」
呟くように吐き出された一つの声は紅葉達だったのか、はたまた人々だったのか。青年は肘置きに肘を置き、頬杖を着いた。その怒りの矛先にいるのは、紅葉達では決してなかった。
「帝様、どういう…」
「どうもこうも、私は元凶は"よく知る人物"だとは言ったが、紅葉だとは一言も言っていない。それに、私と彼女達の相方は初対面だ。元凶を此処に入れるなんて愚行は起こさない。襲撃してくれと言っているようなものだ。それに」
一回瞳を閉じ、そして開ける。細く、眼光鋭い瞳が人々を貫く。ほとんど変わらないその表情が青年の感情を増幅させる。
「私が作った『勇使』を侮辱していると言ったな?そこにいるのは私の任により、音信不通となった『勇使』の痕跡捜索及び異変の原因調査を行っていた、最重要任務についていた『勇使』とその相方だ。貴様らは、我が部下である『勇使』を侮辱するだけでは飽きたらず、私までをも侮辱するか。彼女達が、『勇使』達がいなかったら襲撃にも気づけなかったし、異変にも気づくことなくこの世界は滅ぶところだったのに。貴様らは、そのような功績を持つ彼らを殺せと云うのか」
「…っ、けれど証拠などないでしょう…」
怒りのままに吐き出された青年の台詞に紅葉達は心の底から安心した。紅葉が他の『勇使』達を振り返ると彼を見て、うんと頷いた。嗚呼、なんだ。彼らも自分達を疑っていると思っていた。けれど、それは違った。信じているからこそ、知っているからこそだったのだ。そういえば、罵声の間間に人々を止める声が響いていた。そのほとんどは罵声で掻き消されていたが、彼らも薙達のように……そう思うと再び、紅葉の目尻に涙が溜まってくる。涙もろくなるのはしょうがないと、こんな状況で思った。絞り出すように言った男性に向かって青年は鼻で笑った。そうして背筋を伸ばした。
「誰に向かって言っているんだ?〈真実の眼〉、作動」
スゥと薄く笑った青年の瞳が仄かに光を放つ。そして、彼ら全員の頭上に何処かにプロジェクターがあるかのように映し出される。
「薙、私が送った文を上へ投げろ」
「あ、嗚呼」
薙が困惑した表情で懐から巻物となった帝からの文を取り出すとそれをプロジェクターとなった天井に向かって投げた。すると巻物はまるで水に飲み込まれたかのように天井に波紋を描きながら呑み込まれて行った。そして、天井に映し出されたのは任務内容が書かれた紙。その紙から今度は抜け出してきたかのように天秤が降りてくる。そして天秤は、すぐにカコン、と傾いた。固唾を飲んで見守っていた都の人々はハッと息を呑んだ。それは恐怖と懺悔、後悔にまみれていた。『勇使』達は当然だろうと云うように頷いていたが紅葉達には効果も意味もわからずさっぱりだ。
「これって一体、なんなの?」
「〈真実の眼〉、真実か嘘かを判別する天秤を召喚などする能力だ。天井に映し出されたプロジェクターに加害者か被害者の物を投げ込めば、即座に天秤が降下して来、真実か嘘を教えてしてくれる。紅葉達の方から見て右が上に上がっていれば紅葉達のいうことは真実、ということだ」
大丈夫だよと云うように萊光が雛丸の問いに答える。その説明に気になるところはあったが、紅葉達は改めて空に浮かぶ天秤を見た。紅葉達、そして恐らく人々の方から見て、右。目の前の天秤は、左が大きく下がり、右が勝利を告げるかのように大きく上がっていた。つまり、紅葉達が真実。その結果に満足そうに青年は微笑んでいた。
説明難しい…わかんなくなったらスルーです




