第九十二話 その意識、何処へ
萊光に連れられてやって来たのは、ある建物だった。その建物も襲撃によって崩壊寸前になっており、天井から上が丸見えである。萊光の案内で紅葉達はその建物に入る。萊光は中まで進むとある部屋へと入って行った。入るとすぐに壁に近寄って行き、そこにある本棚を横へずらした。埃が舞う中、現れたのは四方二十センチほどの空間。窪んだ空間の中には黒っぽいレバーがある。
「なにそれ?」
「見てればわかる」
雛丸の問いに急いでいるんだと言わんばかりに投げやりに答えると萊光はレバーを下げた。途端、何処からか、ガコンと何かが動いた鈍い音がした。何事だと紅葉達が辺りを見渡すのなんざ気にも止めずに萊光は部屋の中央に駆け足で進む。と、紅葉の目にピンと張られた糸が見えた。その糸は目を凝らさなければ見えないほどに細い。紅葉が気づいたと同時に薙達も気づいたようで驚愕した声を漏らしていた。ピンと張られた糸は天井からぶら下がっており、何処かで糸を巻いているのか、糸の先、床のある部分がゆっくりとその姿を現し始めていた。細くそして太く丈夫な糸が持ち上げていたのは埃に埋もれたコンクリートだった。人一人出入り出来るくらいの大きさのコンクリートが徐々に持ち上がって行く。ゆっくり、ゆっくりと。その光景を紅葉達は息を凝らして見ていた。息を凝らさないと、その仕掛けがなくなってしまう。そんな錯覚に陥っていた。その錯覚を産み出したのは、萊光なのかはたまたこの建物なのか。
「隠し扉、ですか?」
「嗚呼。敵には悟られないように限られた数人しか知りえない」
ガ、コン、と鈍い音を立てて、コンクリートが完全に持ち上がった。コンクリートの下から現れた空間は目を凝らしても真っ暗で、微かに風が吹き込んでいる。萊光が顎でその空間を示すと先に消えて行った。入れと云うことらしい。紅葉達は怪訝そうに顔を見合わせ、萊光の後に続いて足を踏み入れた。コンクリートの下には階段があり、少し降りたところに萊光が何処から持ってきたのかランタンを手にして立っていた。紅葉と雛丸が興味深そうに地下空間をその場でぐるぐると回りながら見渡す。その間に薙と白桜が入って来た。白桜が頭を下げながら地下空間にやってくるとガコン、と再び音がして、真っ暗になった。自動で隠し扉は閉じるらしく、真っ暗な空間で萊光の持つランタンだけが頼りなさげに輝いていた。地下空間はシン…と静まり返っており、微かに寒い。
「全員いるな。行くぞ」
ランタンを振って、全員がいるのを確認すると萊光が歩き出す。その後にゆっくりと紅葉達はついて行った。まるでこの静けさが彼が「複雑」と言った事実を主張しているようで、背筋が凍った。だがこの先に自分達の知りたい真実がある。そう思うと怖くても足が勝手に動くかのようだった。誰も何も話さず、コンクリートで覆われた道を進んでいく。暫く歩くと前方に両開きの扉が見えて来た。扉は木製だが、立派な装飾が施されているため、古いと云うよりは古き良き、と云う印象を与えた。萊光はその扉の前で立ち止まるとトントン、トン、トトンとリズミカルにノックした。その叩き方が味方と云う証なのだろう。だが、扉はそんな簡単には開かなかった。
「『神無月』」
扉の向こう側から緊張し、警戒した声が聞こえて来た。合言葉か。味方が敵に囚われ、ノック数を吐いてしまった場合に備えているのだろう。徹底している。「神無月」と云う言葉に萊光が間髪いれずに即答した。
「『天命に従いて、我が主よ、月と太陽となりたまえ』」
「萊光だね、お帰りなさい」
正解である合言葉を言った事で、両開きの扉はようやっとその重たい腰を上げた。扉を開けたのは少女で、薙と雛丸の表情がピクリと動いた。その動作で彼女が『勇使』だと云うことが容易にわかった。と云うよりも『アルカイド』を拠点にする『勇使』がほぼ全員集まっているのだから、現れたのが『勇使』と云えば当然か。合言葉だけで名前までわかったのは『勇使』同士と云うことなのか、外に出た者専用の合言葉があるのか、謎である。少女は帰って来た萊光に軽く微笑みかけると彼の背後にいる紅葉達に気付き、軽く頭を下げた。
「いらっしゃい。帝が待ってる」
少女がランタンの明かりでも分かるほどににっこりと笑い、中へ促した。萊光が先へどうぞとランタンを振るので紅葉達は少々遠慮がちに部屋の中へ入って行った。中はとても広く、一見ダンスホールのようだ。両壁には定間隔の距離で部屋を明るく照らすようにランタンが取り付けられている。部屋、いや大広間には傷を負った都の人々から『勇使』まで多くの人々が集まっていた。大広間の奥には古びた玉座に腰かけた青年がいた。その青年からは威厳さと誇りが漂い、そして優しい雰囲気を持ち合わせていた。青年は紅葉達を見つけると彼らを労るように優しく微笑んだ。
「主殿、命令通り帰還した」
「嗚呼、お疲れ様萊光」
低めの声が柔く響く。萊光は先程扉を開けてくれた少女にランタンを預けると青年のもとへと歩き出す。まるで当たり前だと云うように人混みが左右に割れ、一本道が出来上がる。その道を悠々と歩き、青年の前まで行くと萊光は跪き、こうべを垂れた。フッと柔らかく笑った青年は紅葉達を細めた目で見るとこっちに来いと呼んだ。紅葉と白桜は戸惑っていたが、薙と雛丸が胸を張って進んでいくので慌てて追った。その時、紅葉達は異様な空気を感じ取った。侮蔑するような、負の感情。怒り、憎しみ、憎悪、侮蔑。それら全てを含めた視線と感情が何故か誰かに向かって注がれる。その居心地の悪さに胸を張って進んでいた『勇使』もあとを追っていた兄弟も顔を微かにしかめた。その悪い雰囲気を青年も萊光も感じ取ってはいたが、大丈夫だろうと思ったのか何も言わない。青年の前に、跪く萊光の隣に四人は立ち止まった。青年は懐かしい『勇使』に向かって労るように笑いかけ、そして彼女達の相方である兄弟達に目を向けた。
「薙と雛丸の相方か。頼もしそうだな」
「嗚呼、頼もしいぜ。久しぶりだな」
「久しぶり!」
青年にそう誇らしげに薙が返すと紅葉が少し照れたように頬を綻ばせた。薙と雛丸が挨拶をし、青年に向けて軽く頭を下げた。
「御初に御目にかかります、白桜と申します。以後お見知り置きを」
「え、あっ……僕は紅葉、です…」
自己紹介をした方が良いと感じた白桜が頭を軽く下げながら、言ったのに対し、紅葉も慌てた様子で頭を下げながら言う。青年はその様子を見て微笑ましそうに笑った。その笑みに紅葉は軽く面食らった。恐らく彼が帝だろうが、なんとも誇りと威厳を持ちながらも優しい人だろうかと思った。自分が想像していた帝とは全然違う。良い意味で。青年は彼らに頭をあげるよう促すと、萊光は青年の傍らに侍った。そこがいつもの彼の位置なのだろう。青年が先程の表情から打って変わり、スゥと真剣な表情へと一変した。それと同時に空気も変わる。さあ、真実を聞こう。
「集まってくれた、いや、来てくれた事に感謝する。襲撃も異変も全てを説明したいところだがその前に、全ての元凶について話したい」
青年の言葉に紅葉達は驚愕で大きく目を見開いた。と同時に先程のような異様な空気が漂った。その異様さ、不気味すぎる。青年はそれを無視して頷いた。
「全ての元凶は、よく知る人物だ」
「「「「!?」」」」
よく知る、人物?!先程よりも大きく目が見開かれる。その衝撃的な事実に紅葉達は顔を見合わせた。頭の中でよく知る人物が浮かび上がるが、誰も彼もが元凶では決してない。では誰だ?
「誰なの?その、よく知る人物って…」
雛丸が少し躊躇気味に問う。事実を知りたい。けれど、その先に進むのが少し怖い。嗚呼、でも、僕達は決めているんだ。紅葉がギュッと拳を握りしめたその時だった。青年が口を開くよりも早く、怒りが滲み出た大声が響いた。
「そいつに決まってるじゃねぇか!!」
……数がぁ~




