第九十話 出会いの運命
薙が突然先程のように歩き出し、雛丸が慌てて追いかける。白桜も気付き、追いかけつつも紅葉を心配そうに振り返った。紅葉は大丈夫だと云うように大きく足を踏み出した。薙が見つけたその光は暖かくも優しく、そして残酷だった。その光の向こう側は壊れた廃墟、建物の外だった。そしてその光景に息を呑んだ。全てがぼろぼろとなり、瓦礫が散乱し、全てが廃墟と化していた。いや、廃墟のように見えるだけで壊されたのはごく最近だ。廃墟のように見えたのはもしかすると光の当たり方も影響しているかもしれない。瓦礫や崩れた建物には血であろう真新しい紅い液体がこびりつき、何が起きたかを連想させる。全てが廃墟となった奥、他に比べれば最小限の被害で収まっている城のような建物。和風のお城と云うよりも洋風、洋風と云うよりも和風、と云うような表現が難しい城だった。その中でも特徴的なのはこちらを一望できそうなベランダのような場所だ。そこには浸入を防ぐためなのか、何故か屋根と手すりの間に格子がされているのが此処からでも良く見える。
「……どう、いうこと?」
「何が起きたんだ一体!」
怯えるような、驚愕の声が静かな都に響き渡る。目の前の光景に驚きが隠せず、困惑してしまう。誰か、誰か説明して。そんな思いは空しくも響き渡り、四散していく。
「…此処の人達はどうなったの?何処に行ったの!?」
「此処は帝が住む都なのでしょう?!……あれ、ちょっと待ってください」
「?どうしたの兄さん」
紅葉に続けて叫ぼうとした白桜が何かに気付き、声を潜めた。紅葉がどうしたと問うと白桜は少し間を開けてから答えた。
「この間、帝から連絡がありましたよね?」
「嗚呼、あったが…!まさか、あのあとに何かが起きたということか?!」
「え!?ってことはボクたちが双璧と闘ってる時くらいってこと!?」
「その可能性が高いでしょうね。瓦礫に埋もれるようにして広がっている液体の状態から察するに、時間はまだそんなに経っておりません。つまり、そういうことです」
白桜の推察が正しければ、犯人は『隻眼の双璧』ではないことは明らかだ。と云うことは、黒幕がなんらかの理由で『アルカイド』を襲撃した可能性が高い。狙いは紅葉達のように帝か、はたまた別の『勇使』か。考えれば考えるだけ、可能性はどんどん増えていく。だが、今やるべきことは。
「生存者を探そう。話はそれからだ」
「そうだね。大怪我負ってる人がいるかもしれないし!」
この状況、帝が迅速な指示を出している事は確実だが、見落としがないとも限らない。だから、探そう。いや、本当は誰かに出会いたかった。この状況を、混乱する脳を、霧を晴らして欲しかったのだ。『勇使』二人の言葉に兄弟が力強く頷いた。その時だった。背後でタイミング良く、物音がした。静まり返ったその空間に響いたその音は大きく反響し、緊張をさらに警戒させ、緊張させた。武器に手を添えながら、警戒しながら後方を振り返った。生存者か?それとも敵か?ピンと貼り付けた糸が紅葉達を絡め取る。後方を振り返ると瓦礫の山だった。元々は道だったのだろうが瓦礫によってその機能は失われている。その瓦礫の山の頂上へ誰かが音を立てながら上ってくる。ゆっくりとその姿を現したのは布で口元を覆った中性的な人物だった。その手には刃物を持ち、逆光でその表情は微かにしか読み取れない。だがこれだけは言えた。紅葉達を見つけてとても驚いていた。その人物の特徴的な口元の布に紅葉は見覚えがあった。記憶の渦を高速で探っていくが、気のせいだったのかその見覚えを見つけ出す事が出来ない。すると人物が声を漏らした。
「紅葉?」
「え?」
「紅葉だろ?まさかこんなところで会えるとは」
低いと云うような、高いと云うような中くらいほどの高さの声。けれどその声の端々には誇りと意志が宿っている。そして、少し弾んでいた。その声を聞いて紅葉は思い出した。そうだ、君は。知り合いかと驚愕した様子で紅葉と人物を交互に見やる三人。そんな彼らを気にしつつ、人物が瓦礫の山から転ばないように降りて来る。
「萊光?萊光なの?」
「嗚呼」
「久しぶりー!!」
ようやっと頭の中で人物と名前が合致し、紅葉は嬉しそうに笑った。そして、こちらに降りて来た人物に抱きついた。人物はその抱擁に驚いたようだったが、懐かしいと云うように柔らかく微笑み、抱き締め返した。「萊光」と云う名に薙と雛丸は顔を見合わせた。まさか、いや、あり得るのか?再会を喜び合う彼らとまさかと考え込む彼ら。取り残されてしまった白桜はとりあえず、紅葉に聞くことにした。
「紅葉、お知り合いですか?」
「うん。市場での友達。一人で買い物する時とか、一緒に買い物してたんだ!」
「それはそれは…弟がお世話になっております」
「いえいえこちらこそ…」
そういうことか。白桜は納得して人物に向かって深々と頭を下げた。それに人物も頭を下げ返す。紅葉は二人が頭を下げ合う光景に少し恥ずかしそうに笑った。と服の袖をクイッと引っ張られた。なんだと振り返ると雛丸がおり、少し困惑した表情をしていた。
「雛丸?」
「紅葉、『勇使』の原型となった人だよその人」
「…………はぁ!?」
「え、知らなかったの?!」
雛丸が勇気を振り絞って言ったような事実に紅葉は驚き、身を乗り出した。がそれは雛丸もであり、知っていたと思っていたので大きく目を見開いていた。蚊帳の外状態だった白桜は納得したように人物を見つめた。だが、薙と雛丸が驚愕していたような雰囲気は失礼ながらあまり感じられない。やはり『勇使』の原型となった人物だからだろうか。恐らく帝の部下となる『勇使』には常識としてあるのだろうが相方である二人にとっては自分達と同じかそれ以上の人、と云うことしかわからない。紅葉が「ウソでしょ?!」と人物を勢い良く見上げた。すると人物は肩を竦めた。
「知ってると思ってたが、知らなかったのか」
「……ホントなの?!ええー…」
クスリと口元の布を下ろしながら笑う人物に紅葉は驚きを通り越して呆れてしまった。自分に呆れているのか、知っていると思っていた人物に呆れているのかわからないのだが。人物は真剣な表情で腕を組む薙を見つめた。彼女がなにを、いや、彼らが何を求めているのかに分かっていると言わんばかりに口角を軽く上げた。その笑みが紅葉にとってはとても懐かしかった。
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