第八十六話 さあ、最終手段を
袋の鼠とはまさにこの事ではないだろうか。そう思いながら、紅葉は薙と雛丸と共に跳躍した。この状態で攻撃してくる事に気づかない双璧ではなく、背中合わせとなり武器を構える。白桜は五芒星を、能力を維持しているため、移動は出来ない。だが、その代わりに自分達にはあまり縁もゆかりもない、関係もない、だが場所によっては重要な属性を付与することができる。
「〈土術・土嵐〉、〈水術・雨降らしの鐘〉、〈木術・自然香色〉!」
白桜が叫びながら交差した二扇を頭上へ上げ、クルリと回す。そこから三色の光が放たれ、駆けて行く三人の武器に纏う。薙は木、雛丸は水、紅葉は土だ。共通能力を付与された武器を手に双璧へと駆ける。最初の一手は薙だ。刀に木の葉が舞った状態でリンに斬りかかった。先程よりも共通能力のお陰で力が強くなっている。ブルブルと震える腕を見てそう感じたのはどちらだっただろうか。脇差が持つ影の力は、この中にいる限り使えない。それでも実力は上だ。そうリンは思っていた。力づくで薙を弾き飛ばし、後方へ飛ぶ彼女に向かって回し蹴りを放ち、続けて足を刈る。後方へ倒れて行く薙を追いかけようとするが、彼女の体が刻まれた線の外側に移動したことに気付き、歯ぎしりを起こした。薙はそれに気づいていたためにわざとリンの攻撃を受けたようだった。その次に紅葉が大きく踏み込み、上段から大鎌を振り下ろした。大鎌の刃には土を表す砂嵐がまとっており、それに触れればダメージを負うことは容易に想像が出来た。リンとミオはその一撃を避けるように左右へ飛んだが、紅葉の攻撃はほぼ中心に食い込んだため、二人は線のギリギリまで後退してしまい、炎の壁のような土の壁と水の壁の攻撃を背後で受けてしまった。背中にくる痛みに顔を歪めていると紅葉が大鎌を抜き放ち、ミオの方へ迫った。リンの方には再び雛丸が接近する。背後に土の壁が立ちはだかっており、何も出来ないと感じたミオは長剣を横にし、紅葉の上段切りを防ぐ。ガッと勢いがあり、ミオは片膝をついてしまった。グググ、と紅葉が力を籠めれば、大鎌の刃が長剣を押し、長剣の刃がミオの首筋を掻き切ろうと襲ってくる。力の押し合いで勝てるとは思っていない。だが。ミオはヌルンと大鎌から抜け出し、素早く紅葉の脇を通りすぎると背後に回り込む。前のめりになった紅葉は大鎌だけを背後へ振り回した。ミオは上空へ飛び、その一撃を回避し、再び素早く大鎌のリーチに潜り込むと紅葉が振り返るよりも早く長剣を突き刺した。
「………邪魔っつってんデショーーー!!!」
「そんな事言ったって、妾には関係ねぇな」
ミオの長剣と紅葉の背後に一瞬にして滑り込んだのは薙だった。突き出された長剣を刀で絡め取ると頭上へ掲げ、無防備になった腹へと蹴りを放った。背後にいる紅葉の背を使い、勢い良く蹴った。その勢いを殺し切れず、ミオは勢い良く後方に飛んで行った。ズザザッと足に力を入れ、ギリギリで線に触れるのを回避する。バッと顔を上げたミオの先では両膝をついた薙の両肩を台にして勢い良く紅葉が飛び出して来ていた。紅葉が大きく振りかぶった大鎌がミオの首筋を狙って迫った。
雛丸は後方に弾かれたナイフの代わりにもう片方の短刀を突き刺した。ガキン、と脇差と短刀が交差し、火花が散った。クルンと空中で後転し、うまく着地すると雛丸に向かって脇差が振り下ろされた。二つの刃で防ぎ、再びクルンと回転して脇差を弾く。脇差を弾かれたが、すぐさま態勢を立て直し、武器を振るう。素早い一撃を横にずれてかわし、足を刈ろうと回し蹴りを放つがリンは素早い瞬発力でかわし、追撃を雛丸に向けて放つ。影がいまだに覆う脇差で雛丸の目を狙って振り回せば、紙一重でかわしたが、彼女の頬に一線刻まれた。それでも雛丸はクスリと笑う。懐へ一気に迫ってきたリンの殴るような突きと振りに雛丸は一つ一つを丁寧にかわし、防ぎ、背後の存在に気づく。トン、と跳躍して攻撃の合間を縫い、リンの頭上へ飛び上がる。そして彼の肩を勢い良く蹴った。後ろへ仰け反って行くリン。だが、後方にあるのが何かに気付き、足を踏ん張った。そこへ雛丸が空中で静止しているような形で攻撃を加える。激しい攻防戦を繰り広げていると雛丸の刃に付与した水の滴が突然、リンの腕を拘束するかのように、まるで蛇のように巻き付いた。その何処かで見た事がある神秘的かつ妖艶な現象に雛丸は思わず白桜を振り返った。そうして、再び笑った。その笑みにリンが軽く首を傾げた。その時、雛丸の刃から、リンを捕らえようと動いていた水が刃のように尖りリンの右目の眼帯を抉った。バッと脇差で水を素早く弾き、雛丸の首を掴んで地面へ叩きつけた。
「いっ」
「まだ策があるのか?」
虚ろな瞳で雛丸を見下ろしながらリンが云う。雛丸の視線には振り下ろされようとしている脇差の切っ先があった。雛丸は背中の痛みに軽く呻き、ニヤァと笑った。ガッと容赦なく首を掴むリンの手にナイフを突き刺す。突然の痛みにリンが手を離す。解放された瞬間にリンの首に両足を絡ませ、肩を足場に跳躍する。リンがブンと振り返り様に脇差を振ったが、空を切った。体力が限界に近いためか、スピードが落ちてきている。そう感じ、焦燥に駆られるのは無理もなかった。自分の方を見下ろしながら跳躍する雛丸に向けて手を伸ばす。と、雛丸が言った。
「どう思う?」
雛丸の足を掴んで叩き落としてやろうと思っていたリンはその言葉に手を引っ込めた。何故、そこまで求める事が出来る?自分達とは、何が違う?線の向こう側へと飛んで行った雛丸の足元には五芒星の尖った先が刻まれていた。そこでカツンと踵を合わせ、音を鳴らす。それに紅葉と薙が気付き、今まさに交戦していたミオから距離を取る。切りかかっていたものがなくなり、前のめりになったミオの肩からカーディガンがはだけ落ちた。『隻眼の双璧』を捕らえて逃がさない監獄の外から、雛丸はにっこりと口角を上げて笑った。
「白桜ー行けそう?」
「………は?行けるって、なにが…」
雛丸の無邪気な声にミオが不審げに声をもらす。いや、行けるかなんて、だいたい予想はつくじゃないか。その事実に辿り着いた瞬間、ミオは大きく目を見開いた。そして、
「あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!弱者ごときが!!調子にノリやがってぇえ!!」
「先に調子に乗ったのはそっちでしょ!」
「まぁ、そう言われてしまえばそうなのだがな」
絶叫した。怒りか否や。その絶叫に紅葉が対抗するように片腕を上げて抗議するとはからずもリンが賛同したので「え」と止まってしまった。もちろん、ミオもである。何故、シーンとなったかリンは分からず首を傾げていた。まぁ、とりあえず。白桜は伏せていた瞳を開け、交差していた二扇を舞を踊るかのように振った。二扇に五つの光がどこからともなく現れ、纏う。そして彼は、監獄に収容されている『隻眼の双璧』に向けて、能力を放った。
「〈秘術・五磔神牙〉!」
さあさ、勝負がつきそうです!




