第八話 阿吽の双子
「やった、やったね薙ちゃん!」
「落ち着け紅葉。まだ終わってない。しかも断られる可能性もある…断らないがな」
「雛様も落ち着いてくださいませ」
「あ、うん!」
彼らが落ち着いたのを見て彼は再びため息をつく。なんでこんなに元気なんだろう?疲れないのか?内心そう思っていた。少年に至っては彼らの様子を見て微笑ましそうだ。と、白桜が少年達二人が何をしようかなんとなくだが分かったようで雛丸に視線を向けた。それに気づいた雛丸が笑顔で言う。
「ボク、雛丸!よろしくね!」
「白桜と申します。以後お見知り置きを」
「嗚呼、そういうことか。妾は薙。こいつは紅葉だ」
「ちょっと薙ちゃん!あ、よろしくぅー!」
彼らが口々に自己紹介を始める。その行動に彼は面食らっていたが少年が言いたかった事と同じだったのだろう。不機嫌そうに顔を歪めた。一方、少年は一人一人に頭を下げている。そして名前を覚えるように一人一人と目を合わせた。クイッと彼と繋がれたままだった手を引くと彼は諦めた様子で頷いた。その様子に紅葉が微笑ましそうに笑って言う。
「仲良いんだね~」
「ッ。あ、当たり前だろ?」
「…これデレた?」
「デレたね」
頬を軽く染めながら言う彼をからかうように紅葉と雛丸が顔を見合わせて悪戯っ子のように笑う。が、それを無視して彼が言った。無視されて少し二人は面白くない!と不満そうだったが、彼にしてみれば無視しないと進まない、と云う判断でもあった。二人はまぁいっか、と分かっているようですぐさま機嫌は直った。少年は楽しそうにクスクス笑っている。
「オレは阿形。んでこっちは弟の吽形……吽形が"よろしく"、だって」
そう言って、少年はニッコリと笑いながら彼らに軽く手を振った。
阿吽と名乗った彼は朱鷺色のショートで左のこめかみを三つ編みにしている。三つ編みと同じ側、顔の左側に爪で引っ掛かれたような三本の線が刺青されている。瞳は菫色をしている。服は薄い桃色と朱を主体とした狩衣、靴は草履である。
吽形と呼ばれた少年は同じく朱鷺色のショートで瞳は菫色をしている。顔の下半分と喉元を覆う黒いマスクをつけている。服も同じく薄い桃色と朱を主体とした狩衣、靴は草履である。
二人は双子のようで顔の刺青とマスクがなければ間違ってしまうほど瓜二つである。そして、二人の頭と背後には犬の耳と尻尾があり、人間ではない事を物語っていた。そのふわふわの尻尾に興味をそそられたらしい紅葉がキラキラとした瞳で二人ー双子の背後で揺らめく尻尾を見る。それは雛丸も同じで紅葉と同じように瞳がキラキラと輝いている。それに気づいた吽形はニッコリと微笑ましそうに笑った。なんとも大人びている、そう薙は感じた。いや、紅葉と雛丸が子供っぽいだけなのか?すると、クイッと阿形が吽形の手を引いて突然歩き始めた。驚く吽形が「説明しないの?」と言わんばかりに片割れの手を軽く引くと阿形はいまだ警戒心が滲んだ声で告げる。
「吽形が言ってる場所に案内する。そこ、色々複雑だから、さっさと来ないと置いてくぞ」
「!大変!早く行こっ」
「紅葉、そのように急がなくても大丈夫…嗚呼、言った側から」
阿形の言葉に急ぎすぎたらしく、紅葉が転びかける。それを白桜が瞬時に腕を掴んで支える。紅葉がやっちまったテヘペロとしているのを薙が呆れつつも笑い、雛丸が可笑しそうに笑う。その様子を見て吽形は仲が良いんだなと微笑ましく思った。だからきっと、強いんだとも。
…*…
紅葉達一行が阿形吽形兄弟に連れられてやって来たのはある街の裏側だった。深い森の奥にあの化け物達からの侵入を防ぐために張られたのであろう数十メートル強の薄い膜が突如として現れた光景は、なんといっても摩訶不思議であった。その膜は街全体を包んでおり、その目と鼻の先と云う距離にこれまた巨大で背丈が異常な膜がある。膜と云うよりも壁の上に結界と表した方がしっくり来る。壁の質が違う事からこの国に隣接している別の国か都だと思われた。本当に壁で交流、移動を遮断させているのを見て、彼らは驚きを隠せなかった。なるほど、帝が文を送ってきた理由も頷ける。そして、案外隣と近いところに移動したと云うことにも驚いていた。色々と文明の事情やらなんやらあるだろうが、何故交流したり移動したりしないものかと思うのは、案外自由に生活してきたからだろうか、と紅葉は高い膜と壁を見ながら思った。
双子は膜のある場所で停止した。そして阿形が吽形から手を離し、キョロキョロと街の中を窺った。街の裏側と云ってもある一軒家の真後ろだ。中から見える部分もある。
「なんで裏側から入るの?入り口から入れば良いじゃん」
雛丸が素直に疑問を口にした。それに阿形が明らかにめんどくさいと言わんばかりに顔を歪めて雛丸を振り返った。その表情をやめるようにと吽形が軽く腕を振っているが彼は気にも止めない。
「………さっきも言っただろ?此処、複雑だからって。それ」
「ちゃんとした説明を要求しまーす」
ふふ、と悪戯っ子のように笑いながら雛丸が言う。それに阿形は軽くため息をついた。その視線が一瞬、別の方へ向いた。
「此処、奇病を発症してから余所者嫌いになってんだよ。余所者に奇病移したくないって事なんだけど」
「おや、優しい街なのですね」
「普通、奇病を隠して発展させようとしそうだけどな。良い街」
阿形の説明に白桜が感心した、と云うように言い、薙がそう呟けば双子は苦笑した。それに白桜が首を傾げ、薙がうむと考え込んだ。阿形が何もないと思い、作業に戻る。阿形は膜に手を当てた。すると手を当てた膜にスゥ…と人一人が屈んで入れるくらいの大きさが出来た。目を丸くする彼らを阿形が悪戯っ子の笑みで振り返る。吽形がマスクに隠れた口元に手を当て兄と同じ表情をする。
「それでは、ようこそ?」
そう言って、挑発的に膜に出来た入り口を阿形が見せた。
阿吽で思い付いた双子書けて私は満足です。




