第八十三話 依存性の双璧
「そうだよそうだヨ!みんな、みーんないなくなっちゃった!でも、でもネ、あの人は言ってたノ。また会わせてくれるって!」
ミオの輝かんばかりの笑顔と裏腹に、その言葉に紅葉達は固まった。まさか、群青が言っていた悪魔の囁きって、その事だとでも云うのか?!
「この世界の何処かにいるあの人の…あの人の力を吸う邪魔者を消せば、主様もリンの主様も帰って来るって。だから、また、みんなで笑い合うために邪魔者は殺さなくちゃいけないんだヨ。そう言ってたもん♪」
アハハ、と楽しそうに笑うミオ。嗚呼、情報は手に入った。その人だがなんだが云う人物が、彼らを操っている黒幕か。ならば、正気に戻せば、勝機はある。
「殺した人は、どうなった?そいつを探せば良いだろう?なんで、そんなことに頼る?」
薙がそう言うと、ミオではなく、リンが煩わしそうに答えた。ついでと云うように薙を捕らえている影を増やし、屈服させる。それに薙が軽く呻き、紅葉が心配そうに彼女を見た。
「張本人のくせに、何を言っている?」
「「「「…………はぁ?」」」」
その答えに今度は紅葉達が呆気に取られる番だった。張本人、とはどう云うことだ?殺しの?ならば、双璧が紅葉達を執拗に狙う理由にはなるが、力を得るためと云う理由にもなる。けれど、後者は合っているとしても前者はどう考えても違った。双璧は、「邪魔な紅葉達を再び会うために殺そうとしている」だけなのだ。つまり、その張本人は…?もしかしたら、薙の質問の意味を理解していないと云う可能性もある。
「……どういうこと?」
「どういうこともなにも……」
雛丸の問いにリンが怪訝そうな表情を返す。黒幕であろう人物も張本人と云うのも身に覚えがない紅葉達にとって、疑問の一つにしかならなかった。するとリンは何故か納得した様子で頷いた。それに納得いっていないー恐らく双璧を抜かす全員ー雛丸が呟くように言い放った。
「…よくわかんないけど、勝手に納得してるんだけど」
ミオは既に飽きたのか、雛丸の首筋に置いていた切っ先をブラブラと空中で揺らして遊んでいる。
「……異変。異変についてはどうです?」
思いきったように白桜が聞いた。帝から受け取った任。神子が告げると言っていた原因。神子が告げようとした途端に襲って来た事から異変に関係しているのは目に見えていた。だが双璧はその問いににっこりと笑っただけだった。その笑みこそが答えだ。音信不通の『勇使』も恐らく、双璧に巻き込まれたか、その紅と云う人物によって巻き込まれた可能性が非常に高い。「みんな」と云うのは恐らく、音信不通の『勇使』達の相方の可能性もある。だって、『隻眼の双璧』の『勇使』は音信不通組であるから。ついさっき、神子が来る前に帝に報告を入れた際、そのような連絡が来た。「『隻眼の双璧』の『勇使』から、報告が来ていない。音信不通組と同じように」。つまり、死亡説はほぼ確定してしまった。そして音信不通組の相方の行方も。
そう考えているとだんだんと紅葉達を捕らえている影が力を籠めて来、傷に痛みをもたらしていく。その時、ミオが雛丸に長剣を向けたまま、乙女のように、それでいて狂喜染みた笑みを浮かべた。
「それで一緒、ずっとずっとずっとずっとずっと一緒。もう、離れないでずっと一緒にいられるノ!主様は、ずっとアタシと一緒だヨネ…」
「……(死んだ人を生き返らせる能力は、ない。それを知っていて、現実逃避しているの?)」
痛みに意識を辛うじて保ちながら、紅葉は思った。あの人と云うのがなんらかの力を持っているのか、それとも嘘か。嘘の方が可能性が高い。なんにせよ、双璧には自分達の声は届かないだろう。そんな気がしてならない。ミオの言葉に一瞬、悪寒がした。それは狂喜染みた笑みのせいか、はたまた『勇使』に対する凄まじい想いのせいか。それともその両方か、紅葉達を殺そうとする執念と殺気か。
「そうか、良いことを聞いた」
「弱者の強がりだな。お前らは勝てない、決して」
情報を吐いてくれた事に薙は素直な感想を述べた。だがリンは薙の言葉を死に間際の戯言だと思ったらしく、鼻で嘲笑った。ズズ…とリンの足元に広がっていた影が彼の持つ脇差に吸い込まれていく。恐らく、紅葉達を捕らえている影や影に身を隠す技は脇差の効果であろう。すると、リンの言葉に薙も雛丸も嘲笑った。それに今度は双璧が不思議そうに首を傾げた。
「何が可笑しいノ~?」
「だって、まだわからないじゃん。全ては変わる。ねぇ薙?」
「嗚呼、そうさ。かつて、神であった者が巡りに巡って人間になったように、な。どうなるかわかんねぇだろ?」
自らの『勇使』の言葉に紅葉と白桜はニヤリと笑った。双璧に至っては何言ってんだと云う表情だったが、まだ自分達は諦めていない。希望がある。意思がある限り、その事実は、未来は変わる。
「そんなの、アタシ達が勝つに決まってるでしょ!?リン!」
ミオが「さっさと殺っちゃお!」と言いたげに片割れに声をかける。リンは少し残念そうに顔を歪ませた。ミオが長剣を雛丸に向けて突き刺した。それが、こちらにとっても合図だ。
「〈乱舞・双〉!」
バッと雛丸を捕らえていた影が彼女の凄まじいほどのスピードに切り刻まれる。雛丸を捕らえていた影がなくなったことによってリンが一瞬よろめいた。雛丸は凄まじいスピードで長剣を向けていたミオの手首を狙って、ナイフを振り上げた。瞬きを一度でもしてしまえば、ナイフの軌道はもう見えない。まるで自分のようだとミオが思ったのも束の間、手首に走った痛みで我に返り、慌てた様に後退しながら長剣が飛んだ方向を視線だけで追う。リンが冷静にも紅葉達を捕らえる影に指示を出そうとする、がまた軽く引っ張られてつんのめった。なんだと前を向いた時、足元へ、脇差へと影が戻って来ている事に気づいた。まさかとミオの方を向いた。その表情は、面白いほどに驚いていた。
「ね?分からないでしょ?」
にっこりと笑う紅葉が、薙が、雛丸が、白桜が悠然と立っていた。その瞳には、尽きることのない意思が、光が宿っていた。




