第八十二話 紅く染まった双眼
昔々、あるところにとても仲の良い人達がいました。そのうちの一人は孤児でした。その孤児には名前がありませんでした。ですが、孤児が一番信頼していた人物が名前をつけてくれました。その名前は孤児にとって新しい命でした。名前を受け取った一人にとって、その人物は名付け親であり最も信頼する人であり唯一無二の主でした。それは同じ側にいる幼子も同様でした。彼らは互いに信頼し合い、尊敬し合い、認め合いました。それらは彼らを強くしていき、いつしか彼らは最強と呼ばれるようになりました。
同じ側であった彼らも、主である彼らと共に生活するに連れて、同じ信念を持つ者として認め合っていきました。彼らにとって、主である片割れがいるだけで十分でした。彼らの世界を構成する一部ではなく、大部分だったのです。名を貰った孤児も、存在意義を見出して貰った幼子も。主である片割れがどうだったのかは、もう知る由もありませんが。日々の生活をただただ、ゆっくりと送り、たまに仕事をこなす。それが何よりの、彼らの幸せでした。
しかし、彼らの幸せを奪う出来事が起こったのです。
最強と呼ばれていた片割れが、死んでしまったのです。圧倒的な実力の差に、敵わなかったのです。それは、相手の実力と云うよりも意志が強かった、と言っても過言ではありませんでした。もちろん、彼らも抵抗しました。しかし、片割れがいなくなってしまった瞬間から、すでに彼らの瞳から光は失われていたのです。所詮、依存でした。片割れに依存していたのです。片割れを殺した人物は囁きます。それは、悪魔の囁きでした。
…*…
紅葉達の攻撃は、双璧にはあまり効いてはいなかった。むしろ、こちらの体力を奪われているに過ぎなかった。それでも、紅葉達は諦めると云うことをしなかった。
「…早…すぎるっての…!」
真っ赤に染まった左足を乱暴に掴みながら紅葉が言う。片手で大鎌を弄び、勢いをつけて構える。彼の隣には刀を構えた薙がいた。そこから少し離れたところには雛丸と白桜がおり、こちらも同じように満身創痍だった。こちらが満身創痍であるにも関わらず、双璧は、リンとミオは余裕綽々といった表情で武器を構えていた。二人のスピードは相方である『勇使』と長年一緒にいたからこそ身に付いた代物であり、彼らから見て新人に近い紅葉達が易々と突破できるものではなかった。
フラリ、と貧血でよろめいた。嗚呼、自分はまだまだ未熟だな。そう思うとなんだが、まだ可能性はあると云う自信が湧いてくる。紅葉は双璧に気づかれぬよう、周囲に視線を巡らせる。雛丸と白桜がいるところは紅葉の固有能力の範囲内だ。治療すれば、延長戦に持ち込める!紅葉は軽く、薙にアイコンタクトし、固有能力の使用を合図した。それに答えるように、柄を握り締めた。そして、固有能力を発動させ
「予測は出来てる」
「っ、紅葉っ!」
れなかった。低い低い、まるでおちょくっているような声と共に白桜の悲鳴にも似た声が響いた。途端、リンの影が恐ろしいほどのスピードで紅葉に迫ると足元から紅葉を侵食した。まるで鎖のように影は紅葉を捕らえ、体の半分を黒く覆い隠す。
「い……ああああああ!!」
影が手のように蠢いたかと思うと、容赦なく左足の怪我を抉った。その痛みに、我慢できぬほどの凄まじい痛みに紅葉が絶叫する。抉られた直後、体を脳天から突き刺されたような痛みが走った。今までに経験したことがない痛みだった。壮絶な痛みに紅葉の視界が歪み、頭が朦朧とする。痛みに叫ぶ体を労るように片足をついた。辛うじて大鎌を手放してはいないが、地面に刺し入れる勢いで影は紅葉から大鎌を奪おうとしている。紅葉はそれを防ぐのと痛みで意識を失わぬよう保つのが精一杯だ。
「紅葉!」
「来、ちゃ…」
薙が紅葉に駆け寄ろうとし、紅葉が痛みの中で叫ぶ。しかし、時既に遅し。別の影が薙を捕らえた。それを皮切りに雛丸も白桜も影に身動きを封じられる。薙は刀をうまいこと奪われ、両手を地面に縫いつけられていた。雛丸と白桜は間一髪というところで武器を奪われずに済んだが、やはり紅葉のように重傷であろう怪我を弄られたらしく、その顔は痛みに歪んでいる。体力が減り抵抗が少なくなるこの瞬間を狙っていたのか、はたまた誘導させられたのか。彼らに聞かない限り不明だ。ミオが愉快そうに薙に近づくと長剣の切っ先でその首筋を撫でた。恐怖。その一つの感情が薙の脳を駆け巡った。しかし、紅葉のミオを睨み付ける殺気に我に返り、内心微笑んだ。ミオは怯えた様子のない薙がつまんなくなったのか、今度は雛丸の方へと歩き出した。リンは影で彼らを捕らえているせいか、微動だにしない。
「……邪魔、だと言ったな。何故だ?」
まるで影に捩じ伏せられているかのような状態の薙が声を絞り上げる。リンが煩わしいと言いたげに首を捻った。
「決まっているだろう。目的のためだ。そのためには邪魔者は消す。それだけの事だ」
「ソウソウ~♪力を得てくれれば、また一緒っ♪」
リンに同意するように、光が失われた瞳をまるで乙女のように歪ませながらミオが言う。やはり、「また一緒に」と云うところから『勇使』の死亡説がさらに濃厚になった。だが、「力を得てくれれば」と云う肝心の人物が見えてこない。群青が何か知っているように叫んでいた悪魔の囁き。その囁きが人物なのだろうか?
捕らえられたとしても彼らは諦めない。強い意志を持ち続けながら、誘導する。誘導されたのならば、やり返すまでだ。
「殺したの?」
「はぁあああ?!」
雛丸がそう問うとミオが怒鳴るように叫んだ。そして長剣の切っ先を突き付けんばかりの勢いで雛丸に突きつけた。虚ろな瞳には憎悪が宿り、長剣のように雛丸を射ぬかんばかりの睨み付けられている。この問いに此処まで反応すると云うことは、やはり…?雛丸が首に突き付けられた長剣の鋭さに体を硬直させる。白桜が彼女を睨み付ける。
「なーんにも、なぁ~んにも知らないくせに。知った気になってバカみたいバカみたいバカみたいバカみたいバカみたいバカみたいバカみたいバカみたいバカみたいバカみたいバカみたいバカみたい!アハハハハッッッ!!」
「ミオ」
リンが軽く呆れたように彼女を嗜める。それでも彼女は止まらない。自分達が勝つと云う自信がそうさせているのか、はたまた「殺した」が禁句だったのか。
「だって、だってそうじゃん!リン!?コノ子達はなんにも知らない!アタシ達の存在意義も、その目的も!ねぇ教えてアゲヨウよ?もう、会えるんだからさ!」
「……やはり、死亡していたのですか」
白桜が驚きつつも呟いた。薙と雛丸の話と記憶が確かなら、彼女はこのような性格ではなかった。リンはほとんど変わっていないが、人見知りで、優しい子だった。いつもは相方かリンの背後に隠れていて、でも、「いざとなったら頼もしい子」だと相方は嬉しそうに笑っていた。その優しい笑みは、もう何処にもない。あるのは、狂った『隻眼の双璧』だけ。
「そうだよそうだヨ!みんな、みーんないなくなっちゃった!でも、でもネ、あの人は言ってたノ。また会わせてくれるって!」
双璧は前々から考えてたんですがね…難しい




