第七十五話 彼女達が知った事実
時間は少し遡り。一方その頃。
最初は牢屋の外に向かって声をあげていた人々も疲れたのか、眠りについたりとしており、とても静かだった。その静寂はどのくらい時間が経ったのかを教えてはくれない。格子の向こう側には少し広い空間があり、扉がある。その奥には何があるのかは分からない。薙はそこを注意深く、観察するように睨み付けていた。足枷がなければ、どうにかして鉄格子を破壊して逃げ出せるが到底無理だ。鉄格子を破壊しようとした者がいたのだろう、格子には所々傷が目立つ。自分達は、人質だ。薙は確信していた。これど、無抵抗な者達ばかりではない。皆、虎視眈々と機会を狙っていた。
「…ん、薙?」
「雛丸、起きたか?」
「うん…」
眠気眼を擦りながら雛丸が目を覚ました。一睡したためか先程よりも気分や顔色が良さそうだ。
「逃げる気?」
「出来たらな。でも、難しい…」
薙が悔しそうに壁を拳で殴りかけ、周りに人がいることに躊躇したのか、途中で諦めた。周りの人々は薙の心情に気づいているのか、苦笑していた。薙はそれにすまなそうに周囲を見回した。その時、唯一の出口と思われていた扉が開かれた。数人が驚愕したように扉を凝視した。扉の向こう側にはもう一つ部屋があるようだ。その部屋は真っ白に近い水色の此処とほとんど同じ色であった。その部屋からやって来たのは二人の銃器を持った人だった。二人は突然元気を取り戻したかのように声を荒げた。一人が煩わしそうに銃器を天井へ向け、躊躇なく撃った。ガキン、と音がして銃弾が跳び跳ねた。銃弾は鉄格子に当たって潰れた。途端、シーンと静まり返った。相手が自分達を殺すことに容赦がないのは知っていた。それを再び、目の当たりにしたのだ。彼らを恐怖が再び包み込んだ。それに敵は愉快そうに微笑んだ。けれど、恐怖に包まれていてもなお、希望は失われていなかった。
「あいつら?」
「嗚呼、殺しても良い奴らだ」
その言葉に薙は違和感を感じたが分からず、思考を断念した。その時、その二人がこちらの牢へ入ってきた。逃げようとする者がいないよう、一応、入り口付近で一人が銃器を向けている。そしてもう一人が目的の人物を探している。と男の目が薙と雛丸を捕らえた。ニィと笑ったその笑みを雛丸が睨む。男はズガズガと彼女達に歩み寄ると乱暴に薙の手を掴もうとした。
「触るなっ!」
パチン、とその手を払った。薙は男を睨み付けながらゆっくりと立ち上がった。男は不機嫌そうに顔をしかめていたが、薙が素直に従う事が彼の怒りを沈めているようだった。雛丸が薙のコートの裾を不安そうに引っ張った。大丈夫だと安心させるように頭を優しく撫でると彼女も立ち上がった。女二人分の睨みなんぞ痛くも痒くないと男は鼻で嗤い、薙達の背後に回ると銃口を当てた。雛丸は不機嫌そうに顔を後方に向けた。薙は真剣な表情で雛丸の手を引いた。彼女達を心配そうに人質の女性や子供達が見上げる。その優しくも暖かい瞳に薙は大丈夫と微笑んだ。雛丸も大丈夫と小さく手を振った。それを邪魔し、嘲笑うように男達は二人へ銃口を向けた。
「捕獲!」
「ちょっ、なにするの?!」
「雛丸!」
扉の向こう側の部屋へ連行された二人を待っていたのは大勢の男達と人型をした化け物達だった。薙と雛丸が暴れる事など予測済みだったと言わんばかりに、一斉に二人に襲いかかった。拳を握り締め、ストレートで雛丸の腕を掴んだ二人の男の顔面へ薙が反撃する。顔が漫画のように内側に食い込んだような錯覚を見ながら、薙の前方から男二人が消え失せる。雛丸が突然しゃがみこみ、足を回した。そして数人の敵の足を刈って倒れさせる。足が重い。両足を鎖で繋がれ、行動範囲は限られる。その事に顔を歪める、足は無理だと勢い良く立ち上がった。立ち上がったが、よろめいてしまった。そこをつき、男が雛丸の腹を殴った。凄まじい痛みに思わず前のめりになった。
敵を殴った薙を背後から別の敵が襲いかかる。足を振り回し、それに攻撃を仕掛けようとするが足枷の存在に動かない足で気づいた。薙がハッと足元へ目をやった隙をついて敵が彼女を殴った。一度殴られ、意識を朦朧とした事が薙の頭を過り、反射的に後方へ仰け反った。その一瞬のうちに薙は再び羽交い締めにされた。離せと暴れる薙の目に同じように捕まってしまった雛丸が目に入った。自分達は近距離攻撃が得意であるが慣れない物がある分、行動を制限されてしまう。それプラス敵が多いなら尚更。抵抗する二人を男達は意地悪げな表情で見つめていた。攻撃された一人が怒り心頭で薙の胸ぐらを掴み上げた。
「てんめぇ!!」
「やめろ。大事な情報源だ。革命軍の内部を吐いてもらわなくちゃいけないんだからな。そのあとなら良い」
「…革命、軍…?」
男がギロリと薙を睨みつけながら納得がいっていない様子で手を離す。雛丸の怪訝そうに呟いた言葉は薙にしか聞こえなかった。敵はなにを勘違いしているのか、自分達二人が彼らの敵であろう革命軍の身内だと思ったようだ。まぁあの大勢の人質の中で武器を持っていたと云う点から見れば二人しかいない。しかし、薙達を連れて行こうとした二人は「あいつら」と言った。そして、「殺しても良い奴らだ」と。と云う事は誰かが指示した可能性が高い。しかも、薙と雛丸の顔を知っている人物。此処に知り合いはいない。だが、『隻眼の双璧』がなんらかの方法でこちらに来ていない場合だが。『勇使』同士は顔を知らない。もし直感的に組織側に『勇使』がいるのならば、嘘の情報を男達に与え、自分達にこうする意図が見当たらない。だとすると、やはり自分達を狙っているあの二人しか思い浮かばない。しかし、証拠もないしどうやって移動したと云うのだ?国や都同士に設けられた壁は薙のような固有能力か、夜弥の云う企業秘密くらいしかない。まぁその企業秘密もなんとなく予想できるが。
その時、二人を見ていたある一人の口から聞き慣れた名前が転げ落ちた。
「ホント、リン様達には感謝しかねぇよなぁ」
本日も二つです。




