第七話 その少年達、何処に
雛丸は背中に隠している二人の少年達を横目に見た。ちょうどその時、片割れの肩が跳ねた。それに気づいた雛丸は両手の刃物を交差させた。それを確認したかのように目の前に化け物が現れた。雛丸と少年達に向かって鋭くなった爪を振りかざした。雛丸はその一撃を片方のナイフで防ぐと近づいて来た化け物の顎を蹴り上げた。その化け物は人間のようだが獣と云う方がしっくり来る。顎を蹴り上げられた化け物は後方に仰け反った。仰け反ったその化け物の顔面に雛丸は軽やかに飛び乗るとそこから回転しながら飛び降り、反撃の隙を与えぬ前に化け物をナイフと短刀で真っ二つに切断した。それでも化け物は両の鋭い爪で雛丸を攻撃しようとしてくる。真っ二つにわかれた体から生えた腕が両側から雛丸に襲いかかる。
「うわ？！キモチワルいなーもー！」
心底気持ち悪い、と云うように雛丸が顔を歪め、ベ、と吐き出すように舌を出した。しかし、それらの攻撃を雛丸は全て紙一重でかわすと最期の一撃とでも云うように両の刃物を自分に向かって伸びる腕に突き刺した。そして、踏みつけた。その事が改心の一撃になったらしく、化け物は力なく地面に真っ二つの体を横たえた。影に消えて行く化け物から武器を引き抜きながら雛丸は近くで舞を踊るように闘う紅葉に向かって叫んだ。
「紅葉ー！零れてるよー！」
「あーはいはい！ちょっと待って！」
雛丸にそう言われた紅葉は首を軽く回した。そして、真剣な瞳で自分を囲む化け物達を見る。残り数体。こいつらで最後のようだ。紅葉は一気に自身に襲いかかって来た化け物達に向かって大鎌を振った。その大振りな一撃は一、二体を影に戻したが、リーチの範囲に迫った化け物もいた。その化け物が恐らく人間であれば目の部分であろう場所から伸びた刃物と刃物のように伸びた片爪を紅葉に振った。目に突き刺さるかと思った刃物を顔を横にずらしてかわし、片爪を大鎌の柄で防ぐ。力の押し合いになる。紅葉がバッと化け物を精一杯の力で弾くとその腹に蹴りを放ち、大鎌を振り回す。そして背後に迫っていた最後の化け物の攻撃を後方に跳躍し、態勢が崩れた化け物の頭に大鎌の刃物を叩き込んだ。
「どんなもんよーって、ね！」
あんなにもいた化け物が一気に倒されれしまった。その事実に少年達は目を疑った。あの、片割れでさえも苦労する化け物達をこんな短時間で？少年の一人はもう一人を盗み見ると彼は明らかに彼らを疑っていた。突如現れた者達、しかも強い。警戒しない方が可笑しかった。雛丸が刃物を納めながら、少年達に近づいて来た。そして親しみ深そうな笑みを浮かべて言う。
「大丈夫だった？」
「………嗚呼、助けてもらわなくてもどうにでもなった」
その言葉に少年ー喋っているもう一人は彼とするーは驚愕し、彼を振り返った。繋がれた手に力が入る。彼は警戒した表情で雛丸を睨み付けている。その声は警戒と緊張からか少々硬い。雛丸はその表情に何故か眩しそうに目を細めた。
「ふふ、頑固だねぇ」
「ちょっとー化け物って狂暴じゃなかったの？！」
と、紅葉が大鎌をマジックのように消しながらこちらに向かって歩いて来た。白桜は二つの扇を畳んで帯に仕舞いつつ、薙は刀を納めながらやって来る。少年は紅葉の台詞にえ、と驚いたようで目を見開いた。狂暴じゃなかった？どういう意味？紅葉はそんな少年の心情など思いもよらずに白桜にそう言う。白桜はそんな弟の頭を優しく撫でながら宥めるように言う。
「紅葉が強かっただけですよ、きっと」
「ん～そうかなぁ」
「そう云うことにしておけ。化け物にだって強い弱いあるに決まってるだろ？紅葉に当たって残念だったなぁ化け物が」
「ちょっ、僕だけじゃないよね薙ちゃん！？」
ギャーギャーと戯れるような紅葉と薙、そしてそれを愛しむように見守る白桜。その光景を見て、少年は彼らがなんだが分からなくなった。だが、あちらだとしたらこの不明は理解できてしまうのだ。雛丸の肩を叩き、後方へ引く薙。雛丸がそれに素直に従うと薙は少年達二人に向き合った。彼はいまだに四人を睨み付けていたが、それに臆する事なく、薙は言う。その後ろで紅葉が興味深そうに覗き込んで来る。
「傷はないか？」
「嗚呼。一応助けてもらったんだから礼くらいは言わせてもらう。感謝する」
彼が言う。その彼の服の袖を少年が引っ張った。彼がなんだと少年を振り返る。良く見れば二人の顔は瓜二つ。双子なのだろうか。少年は何も言わずに彼に何かを視線で語りかける。それに彼は重いため息をついた。少年の声なき言葉に薙の肩越しに見ていた紅葉が嬉しそうに微笑んだ。
「ホント？！」
「は？紅葉、何言ってんだ？」
突然耳元で叫ばれた事に薙は驚愕した様子で彼を振り返った。それに紅葉が「へ？」とした間抜けな表情で返す。彼が小さく「嘘だ…」と呟いた。小声を聞いた雛丸が首を傾げると少年が優しい笑みで雛丸と背後に控えていた白桜に頭を下げた。そこで確認できたのは、口元を覆うマスク。その事実にまさか、と呟いたのは誰であっただろうか。それよりも早く、彼が叫んだ。
「なんで、言葉がわかった？！」
その鋭い視線は紅葉にのみ向けられていた。大切なものを守るように、取られぬように威嚇するように、その視線は鋭い。紅葉は薙が顎を振って言えと促すのを見て、うんと頷きながら言う。
「え、うーん、なんとなくかな？口が見えないけど、目で言ってるのはわかったし……"助けてもらったんだから、お礼くらいしよ。話聞いてあげようよ"って…それで僕、嬉しくて叫んじゃったけど」
「う、嘘だろ……合ってる」
「あ、でも後はわかんないよ？！たまたまだし！」
彼がぶつぶつと何かを呟く。それを紅葉と少年が心配そうに見る。彼はたまたまなら、そこまで一言一句正確に読み取れるか？と不思議そうに首を傾げた。と、白桜が少年を見て声をあげた。
「心配するもなにも、驚いているだけですよ。仲がよろしいのですね」
「ん？」
「はい？」
白桜の言葉に彼が呆気に取られ、暫くして納得したのか小さく頷いた。
「……お前、顔に出てんだよ」
「あーなるほどね！ボクにも分かるもん！驚いている！」
雛丸がそんなに顔に出てる？と頬を引っ張る少年に向かって微笑みかける。薙は半信半疑で紅葉を見上げた。紅葉の場合、表情ではなく当てずっぽうな気もする。まぁ良い。納得したのか、彼は諦めたように軽くため息をついた。
「で、吽形がそう言うから聞いてやるけど」
「ん？待て。何故、話を聞いて欲しいと分かったんだ？」
薙が彼に問う。そういえばそうだ。自分達は「話を聞いて欲しい」だなんて一言も言っていないのにどうして？その問いに答えるように彼が少年に視線を移した。
「人の感情に敏感なんだ。だから、人の仕草でその人が何を思ってるのか大体分かる……ん、なに……吽形が"詳しい話はこの近くにある安全な場所で聞く"って……うん、分かってる」
彼がはぁ、と軽くため息をつきながら言う。紅葉達にとっては嬉しい提案だった。そのため、紅葉は薙の肩に手を置いて小さく喜んでおり、雛丸も少年に向かって感謝の笑みを向けている。だがその前にまだ何かあるらしく、嬉しそうな二人を残りの二人が宥めた。
