第六十八話 二人の行方
暗くなった空を仰ぎ、少年は眼下を見下ろした。移動させられたのは明らかだったが、遅い、と云うわけではない。本音を云えば、少し作戦が変更になるな、と云うくらいだった。少年がいるのは木の上。正確に云えば、木の枝の上だ。眼下に広がる光景は今まさに移り変わろうとしている。ガサッと隣で音がした。視線を横にずらすとそこにいたのは、幼馴染だった。
「準備は?」
コクリと頷くのが視界の隅に見えた。少年は腰に携えていた刃物に手を伸ばす。その際、手首につけていたブレスレットが柄にぶつかった。その甲高い音がなんだか、声援に聴こえて少年は頬を綻ばせた。嗚呼、でもそんな事に意識を奪われている場合じゃない。改めて眼下に意識を戻すと一人の青年、紅葉の後頭部に銃口が当てられていた。銃口を当てる敵は躊躇がない事を二人は知っている。
「行くぞ」
「…う……ん……」
バッと大きく跳躍し、引き金を引こうとしている敵の首を勢い良く、掻き切った。こっちだって、躊躇はない。
…*…
「………ぎ…………って………ね…」
声が聞こえる。暗闇の中から薙を引っ張り上げようと必死になっている声だ。その声は少し、涙声だった。この声は…
薙はゆっくりと目を開けた。
「ねぇ薙ってば!!」
完全に覚醒した薙の耳に柔らかい雛丸の声が響く。雛丸は目を覚ました薙を見て、心底安心したと云うように零れかかっていた涙を袖口で拭いた。薙は少し困惑しながら、遠くに見える真っ白に近い水色の天井を見る。背中に伝わってくる冷たい感触から自分は横たわっている事がわかる。その状態のまま右へ視線をやり、左へ視線をやると二人の周りにはこちらを心配そうに見ている女と子供や恐怖に怯えている女と子供、何処かに向かって叫んでいる者がいた。全員、女。子供も女だが、向こうには男の子供がいるようで誰かに向かって声を投げている。彼らが同じところにいないのは、鉄格子で遮られているからで…鉄格子?そこでハッと意識が浮上した薙は勢い良く起き上がった。そうだ。妾達は。
「雛丸!二人はどうしっ?!」
「まだ安静にしてた方が良いよ!薙、顔か頭かわかんないけど、頭部に一発やられてるんだから」
金槌で殴られたような痛みに薙が顔をしかめれば、雛丸が心配そうに顔を歪めながら小さな手で彼女の背を擦る。だがさすがにもう一度横になりたくはなかった。まるで自分が敗者のような感覚に陥るから。まぁ捕まった時点でどうなのかと思うが。それを視線で示した時、自分の足についている物に気がついた。足枷。自分が捕らわれた時につけられた足枷だった。あの時、雛丸は気絶していたはずだ。薙が殴られた事実を知っていると云うことは誰かに聞いたと云うこと。そして、足枷。
「……捕まっちまったのか」
「……うん…ボクが、転ばなきゃ…!」
捕まった、その事実に雛丸が呟き、唇を噛み締める。薙が慌てた様子で雛丸に言う。
「お主のせいじゃない。対抗出来なかった自分がわりぃんだ。分かったか?危険は常に付き物、だろ?」
な、と白桜がやるように雛丸の頭を大丈夫だと撫でる。それに雛丸は小さく笑った。そして雛丸は自分を庇って怪我を負った白桜が無事かどうか、顔を歪ませた。
「…白桜、大丈夫かな…」
「紅葉も…此処にはいないっぽいが、大丈夫だ。そうだろ?あいつらは死んでない。いや、死んでも死にきれなさそうだろ?」
「ふふ、かもね」
薙の言葉に雛丸は少し元気を取り戻したようだった。だがやはり、不安で心配なのか、ギュッと薙のコートの裾を握った。捕らえられているのが女と子供だけのところを見るに男は対象外。大怪我を負っていたとしても無事な可能性は高い。足枷があり、鉄格子。武器があれば容易く脱出できるだろうが、薙と雛丸には武器がなかった。つまり、押収されたのだ。自分の愚行から刀が取られたのは分かっていたし、此処の異変である化け物を使用し、銃器を駆使していた時点で武器所持者から武器を押収しないと云う考えはない。さて、どうしたものか。薙は背後が壁であることに気付き、もたれ掛かった。自分と同じように頭を負傷していたのであろう雛丸が少し遠慮がちに薙に寄りかかって来た。コートの裾は掴んだままだ。
「雛丸」
「うん、分かってる。でも、今はこうさせて……不安で仕方がないの。大丈夫だって云うけど、大丈夫だって分かってるけど、けど!」
「大丈夫、大丈夫」
荒れるように言い放つ雛丸を落ち着かせるように薙が彼女の肩を叩き、真似事のように頭を撫でる。しばらくして落ち着いたのか、眠たそうに船を漕ぎ始めた。薙は出ることさえ困難な天井を見上げながら、か細く息を吐いた。その息の意味は自分でもよくわからなかった。




