第六十七話 離脱戦線
スパン、と続け様に二回、銃声が響いた。それと同時に白桜の体が痛みに震え、苦痛をもらす。白桜は素早く立ち上がると背後に迫っていた銃器を持った民間人に向けて蹴りを放った。その蹴りは顔面に当たり、民間人は後方に倒れて行く。だが、最後の足掻きと云うように銃口を白桜の胸元にいる雛丸に向けた。白桜はまた再び素早く雛丸を抱え、庇った。スパン、と良い音と共に白桜は自分の体が後方に仰向けで倒れて行くのが分かった。そして、敵は背後の木に頭を打って気絶した。
「い、ったぁ…白桜!大丈夫?!」
白桜が倒れる際、放り出される形になった雛丸は倒れている白桜に駆け寄った。二回と先程の銃弾は白桜に致命傷を与えていた。白桜の顔は大量出血で血の気が引いており、頭に一撃あったことが響いているのか、意識は朦朧としていた。視界が紅く染まっている。左肩と脇腹、そして頭、最後は何処か、痛みで判断さえ出来ない。雛丸が白桜の傷に息を呑んだ。
「無事…ですか…」
「!うん!白桜が助けてくれたお陰で無傷だよ!」
「よ、かった……早く、逃げ…て」
「ヤダ、白桜を置いてなんて行けないよ!?」
自分の手を掴んだ雛丸は震えているようだった。牡丹色の爪がこんな状況なのに目に止まる。白桜は震える、白くなった手を動かして泣きそうな雛丸の頬を撫でた。その途端、自分の手が滑り落ちたと同時に白桜の意識は闇へと葬られた。雛様が無事で、良かった…視界の隅に自分の瞳の色である牡丹色が見えた。
力なく、自分の手の中に落ちた白桜の手。自分の瞳の色に塗られた手。二人の証が力なく地面に横たわる。その事実に雛丸の目が見開き、顔色が変貌する。白桜が気絶したと云うのは分かっていた。それでも、自分の脳はこの状況を理解してくれない。銃弾が飛び交う中、雛丸は叫んだ。
「白桜!ねぇ白桜ってば!!」
懸命に彼に声をかける。だが、彼の意識は戻らない。悲鳴のような絶叫が自分から発せられる。早く逃げなきゃ。白桜を置いて行けない。反発し合う思いが雛丸の思考を遮断し、状況の理解を遅らせた。背後に迫りつつある敵も忘れて、ナイフと短刀が手元にあることさえも忘れていた。ようやっと気持ちの整理がついた時にはもう遅かった。雛丸の視界も暗転した。
…*…
雛丸の悲鳴が聞こえた気がした。紅葉は心配そうに後方を振り返りかけ、やめると薙の手を力強く掴んだ。薙が握り返してくれる事でいくらか安心する。他の人々が悲鳴と云うか雄叫びのような声を上げながら逃げ回る。何処まで逃げれば良いのか、迷ってしまう。その時、他の人々の悲鳴が響いた。
「もう追い付いて来たのか?!」
薙が驚愕の様子で声がした方向を振り返ると人が倒れかけていた。そして背後を見ると銃器を持った狩人と化け物が迫っていた。
「兄さんと、雛丸は!?」
「っ!分からん!」
「……無事でいて…!」
背後に敵が迫っている「あとを追う」と言った二人はどうなったのだろう。不安が胸を横切る。きっと無事だと信じて前進する。と、紅葉はなにかを感じ取り、後ろを走る薙を振り返り、思いっきり前方へ放り出した。薙が前のめりになって前方へ転がる。その途端、銃声が響いた。紅葉を勢い良く振り返った時には紅葉の胸から血が噴き出していた。右と左の中間辺りに銃弾が当たったようだった。痛みに顔を歪めながら紅葉が両膝をつきながら崩れ落ちる。紅葉は薙が無事だった事に嬉しそうに微笑みながら倒れ込んだ。その事実に薙は唖然とした。生きている、それは間違いない。分かってる、分かってるんだ。けれど、その時の薙の心中に浮かび上がったのは、怒りだった。囲まれている事に気配で気づくとゆらりと立ち上がり、抜刀した。
「ああああああああああ!!!」
自分でも馬鹿な事なのは分かっていた。でも、そうしないと狂ってしまいそうだった。そんな彼女を薄れ行く意識と視界の中、紅葉は見ていた。ごめんね、心配させて。でも、無事で良かった。薙ちゃん、逃げて…その言葉が薙に届いたのかどうか分からない。だが、その意識は闇へと消え去った。
薙は無我夢中で刀を敵に振り回していた。無謀な事も分かっていた。我を失っていた。よくもよくもよくも!逃げよう、でも。
我を失っている闘い方なほど、捕らえるものが楽な事はない。我を失っている、つまり武器を無我夢中で振り回しているに過ぎないからだ。隙を見つければ、後は簡単な事だった。それを薙は見余っていた。そして、彼女もまた、その隙をつかれ、大勢によって捩じ伏せられた。最初から無謀だったのに。脳の片隅で思ったのは、誰だっただろうか。男達に羽交い締めにされながら大声で喚き散らす薙。薙の固有能力で逃げても良かったがあれは戦闘には向かない代物だ。まさしく移動系。刀は捕らえられた時に弾かれ、敵の手中だし、足には万が一を備えてか捕らえられた瞬間に足枷がつけられ、思うように動かない。両腕は羽交い締めであるし、男と女では力の差が歴然としている。敵改め男達は銃器を捕らえた女達に向け、逃げないようにしていた。化け物も低い唸り声を上げながら、恐怖を煽る。
「?!雛丸!」
薙の目に気を失った状態で米俵のように担がれている雛丸が止まった。痛みに苦痛な声を漏らしている雛丸。状況が状況なだけに女達からは悲鳴が上がり、それに男達がうるさいと怒鳴る。雛丸が此処にいる、ってことは白桜は!?後方を慌てて振り返った薙はハッとした。何故、集められているのは女性だけなんだ?一緒に逃げていた男性は?それが示す事実に薙の顔が顔面蒼白になっていく。男の一人が倒れている紅葉に向かって銃口を向け、仲間に指示を仰いだ。
「どうする?」
「んーそいつ男?殺ろすk「!やめろ!!」」
反射的に薙は叫んでいた。そして自分を羽交い締めにしている男の足を思いっきり踏みつけた。男が痛みに叫ぶ。だが、ご丁寧に手を離すことはしなかった。悔しそうに歯を食い縛る薙。男はこういうことがあるせいなのか、「生きが良いなー」と下品な笑いを浮かべている。暴れる薙が邪魔だったのか、別の男が薙を殴った。頭がくらくらし、女達が再び恐怖に悲鳴をあげている。くらくらする視界と意識の中、自分が移動させられている事に気づく。無事でいろ。ただただ、そう思うしかなかった。そして薙は糸が切れた操り人形のように首を凭れ、気絶した。
本日は二つです!考えたらこうなった。ちょっと反省してます、はい。




