第六十六話 危険地帯、何処に
背筋を凍らせるほどの殺気を漂わせた数十体もの化け物と武器を持った明らかに民間人ではない者達だった。その姿を確認した途端、「あ、これは」と紅葉達四人の心中は満場一致した。
「なにあれどういうこと?!」
「とりあえず逃げますよ!」
ほぼ全速力で逃げ惑う人々と共に彼らも逃げる。化け物は恐らく此処の異変であろう。だがなにぶん、数が多すぎる。それに民間人では決してない者達。彼らに統一性はなかったがその瞳は明らかに、逃げ惑う人々を嘲笑い、蔑んでいた。そしてその手に持つ武器。遠目からではほとんどが銃器であり、まるで自らを狩る者と思っているかのような風貌だった。その時、スパン、と弾けるような音が森の中に響き渡った。しかもその音は一回ではなく、二回、三回と続く。その音と共に前方や後方で悲鳴を上げながら人々が倒れていく。時折、木に当たってもいるようだが、これは誰がいうまでもなく狙撃だった。銃声が合図だったのか、身のこなしが軽そうな化け物が逃げ遅れた人々を襲う。背後でする悲鳴は助けを求めたのか、それとも死を悟ったのか、紅葉達には分からなかった。
「これさ!戻って対戦できると思う?!」
「いや、あの数だ!妾達の方が圧倒的に不利なのは間違いない!それに銃器の性能はスディで分かってるだろ?!」
「これでムーナさんみたいな固有能力保持者いたら終わりじゃん!」
「逃げて対策を考えるしかないな!」
「薙様に賛成です!」
背後の人々が気になったのか雛丸が苦しそうに声をあげる。だが、今の自分達には勝機などなかった。多くの人々が逃げ惑っている以上、闘いの被害が彼らに及ぶ可能性があった。苦渋の選択でもある。その時、雛丸の体が空に浮いた。遠ざかって行く彼らの背と自分の足の指先に来る微かな痛みに雛丸は自分の状況を理解した。木の根っこに足を取られたのだ。駆けていた勢いも相成って、前のめりに倒れ込む雛丸。それにいち早く気づいたのは白桜だった。
「!雛様!」
「え!?雛丸!?」
白桜の緊迫した声色に紅葉と薙が振り返る。だが、雛丸が転んだ瞬間にも敵は逃げ遅れた人々を狩りながら近づいてくる。それに距離も遠すぎた。今から雛丸を助けに向かっても二人一緒に狩られるのがオチだった。白桜は素早く後方に視線を巡らせ、脳をフル回転させる。それは相方であり相棒であり主でもある雛丸も同じだった。
「先行って!」
「でも!」
「雛様と私はあとから追いかけます。紅葉と薙様は早く!」
仲間のために、友人のために。此処に来る前、ワガママを言った夜弥達が脳裏に浮かんだ。薙はクッと唇を噛み締めて紅葉の手を強引に取ると駆け出した。後方を顔だけで振り返りながら叫ぶ。
「後で落ち合うぞ!」
「了解!」
立ち上がりかけている雛丸が大きく、腹から声を上げる。紅葉は白桜に視線を投げ掛け、彼が頷いたのを見て自らも頷いた。そして自分を先導するように手を引っ張っている薙を振り返り、自らが前方に走り出た。少し目を見開き心配する彼女を安心させるように軽く笑うと他の人々と共に駆けた。
その選択が正しかったのか否や、誰にも分からない。
…*…
立ち上がりかけていた雛丸の背後に化け物が迫っている事に白桜は気づいた。他の人々はほぼ全員、雛丸よりも前にいる。つまり、標的は雛丸しかいない。それに先程よりも大きくなった喧騒で殺気も気配も感知しずらくなっている。そのため、雛丸は気づいていなかった。白桜は片腕を雛丸に向けて伸ばしながら共通能力で今まさに必要なものを吐き出す。
「〈鎖ノ牢獄〉!〈絶対の壁〉!」
凄まじいスピードで重々しい鎖が白桜の腕に蛇のように巻き付いたかと思うと、間一髪で雛丸を救出した。白桜が手加減しているのか雛丸の体に巻き付いた鎖に痛みはなかった。突然いなくなった雛丸に驚く化け物を遮断するように巨大な石の壁が敵の行く手を阻む。だが、防御系であるにも関わらず、いつ壊されるかは時間の問題だった。白桜は自らの方へ引き寄せた雛丸を共通能力を解いて自らの腕に落下させる。怪我はないようなので、ホッとひと安心だ。横抱き、お姫様抱っこになった事に驚いたように頬を一瞬染めた雛丸に詫びを入れる。
「申し訳ありません、雛様。掴まってください!」
「うん!わかった白桜!ありがと!」
雛丸が自分にしがみつくのを流し目で確認するよりも早く、白桜は跳躍した。早く、時間稼ぎが出来ている間に少しでも遠くへ逃げないと。他の人々と共に全速力で駆けて行く。敵は石の壁に苦労しているのか、動きが鈍い。けれど、逃げ切れるかどうかは分からない。森を突っ切るか、はたまた何処かに逃げ込むか。他の人々は宛があるのかさえも不明だ。恐らく、敵の目を欺こうとして森の中に逃げ込んだ可能性が高かった。紅葉と薙が逃げ去った方向へ、他の人々と共に駆ける。その時、背後で大きな音と風圧が響いた。それに気づいた雛丸は白桜の肩越しに後方を覗き見た。後方では敵が白桜が作った石の壁を化け物で壊していた。恐らく、先程の音と風圧は壊した時に起きたものだろう。雛丸が目を見張ったのは、それではなかった。大きく宙を舞う、幾数もの瓦礫だった。
「白桜!」
「!?」
雛丸の悲鳴のような少し甲高い声が耳元で響いた。横目で背後を振り返ると隕石のように落下してくる瓦礫が目に入った。
「(何処に落下するか不明な以上、当たらない微かな確率に賭けて立ち止まるのは無謀な考え……此処は)」
トン、と地面を力強く蹴り、スピードを上げる。スピードを上げたとしても小さな瓦礫からは逃れられないだろう。だが、逃げる分には代わりない。雛丸がギュッと白桜の服を握りしめる。ドガン、と音がして近くに瓦礫が落ちてくる。当たる可能性も視野に入れながら、白桜は足を早めた。その時、明らかに何かが違う音が雛丸の耳元で響いた。思わず顔を上げると白桜の後頭部から血が微かに吹き出し、彼の頭から跳ねるように飛んでいる人の手のひらサイズの瓦礫があった。そのさらに背後ではその瓦礫を投げたであろう敵がいたが、雛丸には分からなかったし、白桜も分からなかった。白桜が先程の雛丸のように前方に倒れて行く。だが、意識はまだあるらしく、ヨロッと前のめりになったまま、片膝をついてうずくまった。胸元に雛丸を抱き抱える白桜。彼は頭から流れる血をそのままに申し訳なさそうに雛丸に云う。
「申し訳ありません、雛様。油断、しました」
「そんな、白桜は悪くないy「伏せて!」」
雛丸の心配の声は緊迫した白桜の声に遮られた。白桜は一瞬だが、背後からの殺気と気配に気づいたのだ。そして、それらから守るように雛丸をさらに抱え込んだ。何が起きているのか、理解できず困惑していた雛丸のもとにもその現状はすぐに訪れた。
ちょっと早めにー




