第六十二話 新たな芽
次の国、都へ行く。紅葉達の判断を誰も引き留めようとはしなかった。薄々、夜弥が『勇使』と云うことで察していたらしい。旅立つ前、各々で最期の語らいを始める。何処でもそうだが、友人となった者達と別れるのは寂しいものだ。いつか出会える、そう思いたいがこのご時世だと難しいかもしれない。
「むぅ…みんなが行っちゃうのは寂しいなぁ」
「はは、何言ってるの雨近。雨近には、みんながいるでしょ?」
「そうだけどさぁー」
雨近が雛丸に抱きつきながら、グリグリと頭を彼女の胸に押し当てる。雛丸にとって雨近は妹のような存在だ。雨近の頭突きに「痛い痛い」と笑いながら雛丸はよしよしと雨近の頭を、彼女が満足するまで撫でた。
「頑張ってね雛姉!」
「もっちろん!」
「へへ♪」
ギュッ、と抱き締め合う。それを見てほっこりとしていた薙の隣に夜弥がやって来た昨日のようにタバコを吸っている。その姿を見るとなんだが昔に戻った気分になる。
「お主らも頑張れよ」
「わかってるよ」
「吸いすぎんなよ?」
「お前もか!!」
薙がそう言うと夜弥が頭を掻きながら顔をしかめた。その表情が面白くて薙は思わず笑ってしまった。夜弥も小さく、友人の武運を祈り、微笑んだ。灰色の吸殻が足元に落ちて行った。燈梨はいつものようにアークを後ろから抱き締めながら紅葉と白桜に釘を指すように言い放つ。
「稽古は怠るなよ?此処でおれたちがやったことは少しでも力になってるはずだから」
「燈梨の言う通り。いつでも待ってるしな!」
「うん!今度来た時は僕もアークにイタズラするね!」
「おやおや…ほどほどにしなさい紅葉」
「白桜さん止めて?!ねぇ止めてよ?!」
「賑やかになっちゃうねぇ」
紅葉が抱き締められた状態のアークにデコピンをすると、アークは顔を真っ赤にしながらそう反論した。紅葉がイタズラ成功と言わんばかりの悪戯っ子の笑みで鶯に手を出すと二人はハイタッチをかわした。白桜と燈梨が楽しそうに笑う。楽しそうに彼らは笑い合う。暫くして、ではそろそろ、と云う時だった。夜弥が突然、ハッとした様子で辺りを見渡した。その行動に紅葉達を覗く全員が一斉に緊張が走った。真剣な、それでいて緊迫感を孕んだ彼らの表情に紅葉達も気づき始めたらしく、武器に手を伸ばす。と、突然廃ビルが揺れた。しかも、上下左右に。先程の緊迫感から云って地震ではないことは明らかだった。突然の事態にそれぞれが足に力を入れて踏ん張ったり、壁を支えにしたりと耐える。紅葉は近くにいた薙の腕を反射的に掴んで守るように引き寄せた。ほぼ反射的だったので薙もそれに抗う事はなかった。白桜も揺れに驚いて足元にしがみついて来た雛丸と雨近を抱き締めるようにして支えた。一方、燈梨はまさかのアークに頭を掴まれて、自身の胸元に引き寄せられていた。アークは無意識無自覚らしく、燈梨は揺れの中、珍しく真っ赤になっていた。夜弥と鶯は自力で耐えると云う、大黒柱のような強さを見せていた。と、揺れが止んだ。
「なんなんだ、いきなり…」
困惑した表情と声を漏らす薙。遠くの方で天井か床が崩れたのか、ドォンと云う音と地響きが響いていた。誰もが警戒し、周囲に視線を注いでいた。そこで紅葉はまさかと薙を振り返った。紅葉の視線に薙も驚愕したように声をあげかける。この国で今一番脅威なのは、ただ一つ。
「まさか、『神獣』?!」
「恐らくはそうだろうね……でもこれはt「!土方ぁあ!!」」
紅葉が漏らした呟きを拾い上げ、鶯が何かを言おうとしたその瞬間。夜弥の悲鳴にも似た声が響き渡った。途端、物凄いスピードで鶯になにかが襲いかかった。そのスピードは燈梨やアークとの差はほとんどなかったように思う。瞬きをした瞬間、先程までそこにいたはずの鶯は消えていた。そして、少し遅れて土煙と重い音が響いた。何事だと振り返ると壁に大きなクレーターが出来上がっていた。しかも壁の前にいたのは神々しくも何処かまがましい雰囲気を放つ化け物だった。あれが、『神獣』。ライオンのような巨体とたてがみで前足は何故か人の手。本来ならば顔がある部分には『創造華』で信仰されている神であろうの上半身がくっついていた。その部分にはたてがみもあるのでまるでフリルのようになっている。しかし、その上半身の顔は異形で歪んでいた。それもそのはず。背中を壁にした鶯の手が少し高い顔に食い込んでいたからだ。助けに行こうと紅葉と雛丸が駆け出しかける。が、その前に化け物、『神獣』が横に倒れた。え、と唖然とする紅葉達とは裏腹に鶯はパンパンと手を叩いて埃を払う。
「このくらい、どうって事ないのに。夜弥は心配性だね」
「え?……あ、ホントだ」
鶯がにっこりと笑って云う。アークが疑問に思い、夜弥を振り返る。他も彼の声に興味を注がれて夜弥を見ると彼は片手を横に突き出していた。片手を覆うように少し不気味な空間が展開されている。恐らく固有能力だろう。鶯も燈梨やアークのように強いとは思っていたが、まさか『神獣』を一発で沈めるとは…驚異的な力である。夜弥は居心地が悪そうに片手を下げながら言う。
「……相棒を心配して当然だろ土方」
「は?夜弥、お主の相棒って雨近じゃないのか?」
こんなことを訊く時間ではないのだが、気になりすぎて薙が問った。その疑問は紅葉や雛丸、白桜もらしく「えっ?」と豆鉄砲を食らったかのように目を丸くしている。しかし、当の本人や鶯、雨近、燈梨やアークに至っては訊くことの方が「えっ」らしい。少しの沈黙の後、理解したかのように夜弥が「嗚呼」と声をあげた。
「沖田は友人で、相棒は土方だ。沖田とはお前達を通して一回組んだが、ちょっと違うってなってな」
「そーそー夜弥兄のことは信頼してるけど、なんか違ったんだよねー!あたし、お腹の中にあれいるし!」
雨近が夜弥の言葉に付け足すようにハンマーを持った手を挙げて主張する。友人であった薙も雛丸も雨近が相棒だと思っていたようで面食らっていたが、『勇使』の中にはたまに相性が合わなかったり諸事情で相方を変更する者がいたことを思い出したらしい。しかも夜弥の場合は薙と雛丸の記憶が正しいならば候補の時に二人に出会った。その時は相棒だったのだろうが。そして雨近の事情。薙と雛丸は納得した様子だったがなにも知らない紅葉と白桜に至ってはあれとは?である。
「えっと…お訊ねしますが、あれとは?」
「あ、そっか!薙姉達は知ってるけど白桜兄達は知らないもんね!あたしね、お腹の中に鎌鼬がいるの!」
「「ん!?」」
「腹が空きすぎて、祠に封じ込められていた妖怪を保存食だと勘違いして食ったんだと。今のところ異常はないが、万が一に備えてってのもある」
「……………いや妖怪って食べれるの?!どんだけお腹減ってたの?!保存食と勘違いってする?!大丈夫なのそれ?!」
まさかの事態に紅葉が「いやいや!?」と目をぱちくりさせながら雨近に詰め寄る。あり得ないったらありゃしない。だが、にっこにこの雨近や燈梨やアークの「だよなー」と云う表情を見ると事実らしい。嗚呼、ほとんど「元」だから、情報交換の時、鶯ではなく雨近だったのだろう。まぁ久しぶりに友人同士で話したかったと云うのも裏にはあるのだろうが。まさかの事実に紅葉が「えー…」と困惑した表情を浮かべる。それは白桜も同じだった。
「まぁそうなるよね」
「でもでも!こうして生きてるし、問題ないっ!」
鶯が苦笑し、雨近がえっへんと胸を張る。まさかの事実に驚いたは驚いたが、彼らなりの判断であり事情であることには間違いない。雨近のドヤ顔と鶯の苦笑で水に流そう。とりあえずの疑問が解決し、現状に戻る。再び警戒する。鶯が近くのガラスがない窓から下を慎重に覗き込んだ。
「どう?」
アークが問う。鶯が苦々しげに表情を歪めただけで大方、現状は想像がついた。鶯が『神獣』に襲われる前に言おうとした事からも紅葉達も予想していたようだ。
「……集団の奴等か…!」
今日は二つで!…最初にダァー!とやったのでスピードが早い…すいません…安全運転で参ります…




