第六十話 夜の帳
白桜は自身の背中でスヤスヤと眠る紅葉を起こさぬよう、ゆっくりとした足取りで薙達がいる部屋へと向かっていた。彼の先には同じく眠そうになっているアークとそんな彼の手を引く燈梨がいる。彼らはあの後、何時間も何時間もぶっ通しで稽古に励んだ。恐らく、一週間滞在しての稽古相手だったあの時よりもキツイものだった。いや、絶対キツイ。それでも、自分の中で実力が大きくなったと云う実感がわいていた。そんな厳しい稽古を終えたのだが、紅葉は疲れきってしまい、燈梨の「終了!」の宣言と共に崩れ落ちてしまった。んで、そのまま眠ってしまった。疲れがドッと出たらしい。鶯の自慢のお茶で体力回復や腹ごしらえはしていたのでよかったが、燈梨の厳しいと言っていた意味が本当の意味で理解できた。それはアークも同じらしく、目を擦っていた。一緒にいた方が良いだろうと云うことでこうして移動中である。鶯は一足先に薙達の元へ行っている。場所を確認後、階段を上る彼らのところへ戻ってくる寸法である。
「アーク、頑張って歩けって」
「んん……我、眠い…」
前方で燈梨が眠すぎて千鳥足になっているアークを叱咤する。白桜はそれを後ろから見ながらやっぱりまだ子供だなと微笑ましく思った。
「あ、いたいた。みんな、こっち」
すると階段の上から鶯がひょっこりと現れた。薙達がいる部屋を見つけたらしい。眠そうなアークを見てクスリと笑うと部屋の方向を指差した。辺りはほぼ真っ暗だが、薙達がいるであろう部屋からは仄かに炎の明かりが漏れている。燈梨はアークに声援を送りながらさっさと歩いて行った。あんだけ飛び回って走り回って、紅葉と白桜の攻撃を受けたと云うのにぴんぴんしている。どんだけ体力が余ってるんだと白桜は苦笑した。先に行ってしまった二人の後ろ姿を見ながら鶯が紅葉を背負った白桜を待っている。階段の最後の段を上り終え、ホッと息をつくと背中で紅葉が蠢いた。
「起きちゃったかな?」
鶯が少し心配そうに紅葉を見上げると、白桜の背中から覚醒しきっていない紅葉が顔を覗かせた。
「……んにゅ…?」
「紅葉、寝ていて良いですよ。私が運びますから」
「…ありがと…兄さん…むにゃむにゃ…」
相当疲れているらしい。紅葉は白桜の好意に甘えるように背中に顔を埋めると、再び穏やかな寝息を立て始める。ギュッと白桜の服を握り締め、夢の中へと旅立つ。旅立つ前、紅葉は朦朧としながら昔を思い出していた。小さい頃、こうやって白桜におぶられていた。その揺れが安心出来て、優しくてまるで子守唄のようでいつも眠ってしまっていた。それは今も同じで、とても安心する。白桜も紅葉と同じように昔の思い出に思いを馳せた。あの時のようだと優しく笑い、鶯を振り返ると彼も白桜と同じように優しい顔をしていた。
「燈梨の稽古に着いて行けるって、相当だよ。お疲れ様」
「いいえ。稽古を頼んでいる身としては着いて行かなければと思いまして…本音を申しますと」
「ん?」
「私も疲れました」
白桜の弱音に鶯はそうだよねと頷き、早く行こうと促した。先程の稽古では怪我は負わなかったが、それ以上に疲れが蓄積している。まぁ白桜は大鎌を振り回す紅葉に比べて少し体力が残っていた状態なので、いつ体力切れで倒れても可笑しくはない。白桜は先頭を歩く鶯と仄かな優しい炎の明かりを頼りにゆっくりと足を踏み出した。
…*…
部屋に入るとごうごうと燃える焚き火を薙達が囲んで座っていた。座った薙の隣には船を漕いでいる雛丸がおり、眠け眼で視界に入った白桜に向けて腕を伸ばしている。その反対側には夜弥の膝を膝枕にして既に眠っている雨近がいる。雨近がかぶっていた帽子は彼女の胸の中で抱き潰されている。一方、彼らより先に行った燈梨とアークは、アークが限界だったらしく燈梨の右腕に寄りかかるようにして眠っている。
「お疲れ。紅葉は寝ちまったのか?」
「ええ。疲れてしまったようです」
「…白桜…?」
「雛丸、寝ろ」
「…………うん」
鶯の力を借りて薙の隣に寝ている紅葉を下ろす。すると薙に寝ろと促された雛丸がコクンと頷いて、座った白桜の隣に四つん這いになって移動するとその腕に両腕を絡め、抱きつくような態勢になるとその腕に顔を埋めて、スヤスヤと寝息を立てて眠ってしまった。まさか自分が来るまで我慢していたとは思わず、白桜は思わず小さく笑った。
「微笑ましいなぁおい。家族か?」
夜弥が笑いながら言う。一日の限度であるタバコの本数を過ぎたため、口が寂しいのか火をつけていないタバコを咥えている。鶯は彼がそのタバコに火をつけないように、監視するような目付きをしながら燈梨の隣へ腰を下ろしている。
「そうかもな。まぁ紅葉と白桜は実質家族だし、そうとも言えるかもな」
「それはおれらにも言えるんじゃないか?」
「ふふ、かもねぇ」
薙の少しドヤ顔した表情に燈梨が笑いながら言うと、それに同意するように鶯が頷く。と、やはり疲れていたのか白桜が袖口で口元を隠して欠伸をした。
「白桜、お主も寝たらどうだ?疲れただろう?」
「齊藤の稽古は厳しいからな。普通なら一時間でぶっ倒れるところを一日中だろ?紅葉と同じようにおぶられても無理はない」
「そうでしょうか…」
「そうだよ。さっき僕も言ったけど、寝て良いよ」
白桜はほぼ全員に寝るよう促されて、少々心配そうな表情をした。それに鶯が大丈夫だと笑う。
「大丈夫。見張りは僕たちがやっておくから」
「そうそう気にしなさんな♪」
「そうですか…それではお言葉に甘えて眠りますね…薙様はどうされます?」
自分の腕に寄りかかるようにして寝ているアークを愛おしそうに見た後、白桜に向かってなんとも男らしく笑ってみせた。白桜が薙にも訊くと彼女も燈梨のように笑ってみせた。
「妾はまだ眠くないからな、こいつらとちょっくら話しでもしてからにするよ」
「そうですか。それではお先に失礼致します……お休みなさい…」
「お休みーって、もう寝てんじゃねぇか」
夜弥が仕方ないなと云うように笑う。既に白桜はスヤスヤと寝息を立てながら寝てしまっている。この後、少しお喋りをして薙が眠り、夜弥、鶯、燈梨が交代で見張り番をした。そうして、廃墟と化した国での一日が過ぎて行った。
…今から言っておきます。今作も長いです…なんでかなぁ。書きたいものが多すぎるのじゃ…




