第五十八話 相棒の片割れ
一方その頃。
ズドォン、と地震のように廃ビルが上下に振動している。パラパラと頭上から粉が落ちてくるが、天井は落ちて来ないところを見るに稽古は此処よりも上の階で行われているようだった。
「ねぇねぇ、なんで薙姉も雛姉もあの二人にしたの?」
足を伸ばして座っている雛丸の腕の中にちょこんと座った雨近が疑問そうに彼女達を見上げ、問った。その近くには壁に寄りかかって座る薙がおり、窓の近くの壁には四本目のタバコに火を付けている夜弥がいる。
彼らは既に情報交換を終えていた。この『創造華』が廃墟と化した原因は異変である化け物であった。化け物は『創造華』で信仰されている神とその兄弟を象っているために、容易に手が出せない状態だった。そうこうしているうちに化け物によって次々に破壊され、今の廃墟となったと云う。化け物は信仰している神を象っている事から『神獣』と呼ばれている。自分達が抗わない事には何も始まらない、と抗う事が徐々に出来てきたが、それは時既に遅しと云うものだった。またその『神獣』を使い、世界征服を目論む集団もいると云うのだから、大変である。これは帝にも伝えられている情報であり、被害が一番酷く、深刻化しているため、『創造華』の住人もどうにかしようと抗っている最中である。『勇使』である夜弥によると『神獣』が出現した原因は不明であり、世界各地で異変が現れたのと同時であった。ただ、他とは違うのは異変に信仰を逆手に取られた事とそれが原因で崩壊までの時間が短かった事である。薙と雛丸は帝からの任を所々かいつまんで教えたが、それでも此処では『勇使』が行方不明になったと云う情報は入っていないと云う。まぁ、状況が状況なために分からないだけかもしれないが。しかし、『隻眼の双璧』に襲われたと云うことは言わないでおいた。相手の目的が殺意を持って行われている以上、『勇使』の間に不安を煽るようなことはしたくなかったからだ。異変との関連性も不明であるし…可能性としては関与は著しく高い。帝も驚いていたが、恐らく……。
夜弥はこれ以上、異変での崩壊が進むようならば『創造華』での最高責任者のもとを訪れる気でいるらしい。帝は「世界の均衡を保つ」、つまり世界規模での崩壊等でしか動けないのは承知の事実。異常が世界規模であれ、文明を発展させて崩壊させていったのは自分達のせいだ。帝のせいではない。誰のせいだと言われたらそれは絶対に原因不明の異変のせいである、うん。夜弥は最高責任者に一人でも多くの人命を救う案を提出する気でいると云う。国と都を隔てる壁を壊す時間くらいなら『創造華』にいる『勇使』全員で稼げるからと。既にこれも帝に一応の対策として献上されており、帝は了承している……「世界の均衡を保つ」と云う帝だけが出来る、統一している者である仕事に帝がいつか……この話は置いておこう。
そんな情報交換が終わり、しばし休憩を取っていたところに雨近の質問だ。突然、と云うことには驚いた二人だったが何を当たり前なことを聞く?と言わんばかりに笑った。
「それは愚問っつぅもんだぜ?雨近……妾は、あの瞳に惹かれた。諦めないその意思に惹かれた。こいつしかいないって」
両腕を組みながら薙が懐かしむように言う。自分を見上げた時の、諦めない、真剣で凛々しい瞳が脳裏に焼き付いて離れない。あの時も、全てを諦めているように見えて、その瞳の奥には消える事のない炎を抱いていた。冷たい手は、今や温かくかけがえのないものとなっている。自身の手を優しい眼差しで見つめる薙。雛丸が雨近が何か言う前に自身の手を雨近に見せるように伸ばした。彼女は不思議そうに首を傾げていた。
「この牡丹色はね、白桜の色だよ。白桜の方には、ボクの色が塗ってあるの。ボクも、薙みたいに惹かれたんだよ……自分の意志を失うことなく、輝かせる白桜に。白桜じゃなきゃ、ダメだった…」
雛丸は自分の爪に塗られた鮮やかな牡丹色を指先で愛おしそうに撫で、ギュッと手を握る。あの時、惹かれ合った。支え合わなければ、倒れてしまいそうだった。けれど、それでも自分の足で立ち上がろうとしていた。その姿が、とても美しくて目を奪われた。あの時憧れたその手は今や、自分を暖めてくれる優しい手になった。自分にも恩返しが出来るようになった。
二人のその答えに雨近は「んん?」と不思議そうに首を傾げた。そんな彼女の頭を雛丸が優しく撫でた。この中で最年少である雨近には少々難しかったのかもしれない。問ったのは彼女だが。
「所詮、運命なんてもんなんだろうな」
夜弥が灰色の煙を吐き出しながら言う。その煙は天井へ昇って行き、ゆっくりと消滅して行った。
「そこらにいる奴じゃ何も埋まらないし、出来やしない。自分に合った、補ってくれて、信頼し合えて、支え合って、背中を預けれなけりゃ意味がない……そんなもんに出会えた俺らは幸せもんかもしれねぇなぁ…」
「ふふ、そうだね!夜弥の言う通り!」
雛丸が笑って言う。それに夜弥も小さく笑った。雨近も今度こそは納得が云ったようで、うん!と力強く頷いていた。ふと、薙は疑問が浮かび、それを夜弥に問った。
「お主は?お主はどうなんだ?」
「あっ、それ気になる!夜弥が良いなら聞いても良い?」
薙がそう訊くと雛丸もだったらしく、腕の中の雨近をギュッと抱き締めながら夜弥を見上げた。夜弥は軽く瞳を伏せ、敵わないなぁと笑った。雨近が夜弥にだけ分かる、小さな表情でお腹を抱えた。それに夜弥は大丈夫だと瞳を逸らした。
「……俺も、運命って云うもんに乗っからせてもらうよ」
「あ!夜弥兄、一日四本までって鶯兄とあたしとの約束でしょー!?」
「ったく、そういうところは目敏いんだから。あんまし無理すんなよ沖田」
四本目を吸い終わり、五本目を取ろうとしていた夜弥に雨近が叱咤する。夜弥はケラケラ笑いながら軽く彼女に向かってデコピンした。雨近はむぅと両頬を食べ物を詰め込んだリスのように膨らませながら、胸を張って言う。
「わかってるもん!」
「っくはは!」
喉の奥から笑い声を上げながら笑う夜弥。それが嬉しくて雨近も笑い、薙と雛丸も笑った。




