第五十三話 強者
雨近と夜弥に連れられて彼らがやって来たのは廃ビルだった。扉も窓も全てない。それでも悠然と建ち続けるその建物には威厳とも云える何かがあった。
「紹介したい奴って、誰なんだ?雨近」
自分の腕を引っ張る雨近に連れられながら薙が問う。彼女に引っ張られるがままに建物内に入る。カツーン、と踵がコンクリートに当たるたびに甲高い音が反響した。中に入った彼らを振り返り、雨近は笑って言う。夜弥のタバコの煙が紅葉の顔にかかり、後方で紅葉の文句の声と夜弥の愉快そうな声がした。
「ちょっとしたお姉ちゃん達」
ニィと笑ったその笑みに薙と雛丸の背筋に悪寒が走る。だがこれは、信頼しているからこその行動。悪寒を感じ取ったのは背後にいた兄弟二人も同じだった。心臓を貫くような殺気。その殺気に身構えた次の瞬間。
「紅葉!」
「う、え?!」
白桜が紅葉を横へ勢い良く押し出した。そして扇を取り出す。途端、白桜目掛けて頭上から何かが振って来た。それを扇で防ぎ、白桜はもう片方の手を振って来た顔目掛けて突く。紙一重でかわしたその人物は後方へ一回転すると態勢を低くし、続けざまに白桜へ接近。そこへ紅葉の大鎌が通路を阻むように大きく振られた。大きな一撃にその人物は驚いたように身を引いた。その隙を突くように紅葉が大鎌を軸に回し蹴りを放つ。武器の柄で防ぐ人物。その人物の力を利用するように相手の後方に回り込む。だが、人物は冷静に紅葉を対処する。軸にしていた大鎌を引き寄せると獲物を狩るように引く。
「?!は?!」
「うん、背後を取るのは良い方法だな」
引き寄せた大鎌は人物の足の下だった。素早すぎて全然見えなかった。驚く紅葉に人物はそう感想を漏らす。人物は体を半身ほど回転させる。そこには先程まで気配のあった白桜がいなかった。何処だろうと辺りを見渡す。頭上から白桜が二扇を人物に向けて振り下ろす。人物が白桜を見つけた、と言わんばかりに振り返った。少しの隙に足が浮き、紅葉は大鎌を取り戻すと一旦後退。そして近くの壁を蹴って再び人物に向かって跳躍。挟まれる形になった人物は余裕綽々と云った様子で武器を構え直した。そして頭上の白桜の二扇を防ぎ、トン、とコンクリートを蹴って軽く跳躍。白桜の背後を空中で取るとその背後に向かって踵落としを食らわせる。身を捩ってそれを受け流そうとするが脇腹に食らってしまい、コンクリートに叩きつけられる。
「っ」
が、直前に片手を付き、クルリと回り、紅葉が跳躍してくる方向へ背中を向ける。紅葉がその背を台にして上空の人物に向かって大鎌を振った。空中で態勢を直し、大鎌のリーチに入られたが紅葉は大鎌を回し、柄の方を人物に突き刺した。しかし、人物はそれを読んでいたようで足を振り上げその突きの方向をずらす。そして反撃の隙を与えぬままに紅葉の顔前にまで一気に迫る。紅葉は悔しそうに顔を歪めた。早い。それ以上に言い表す言葉がない。人物は紅葉のその表情に満足そうに微笑んだ。
一方、白桜は紅葉が上空で人物と応戦している際、背後から軋んだ音がしたのに気がついた。慌てて扇を開き、交差させた。交差させたと同時に白桜の背後からニョキッと金属製の何かが伸びて来た。そのなにかはほぼ手探りで白桜の扇を掴むとそのまま回転しながら彼の前方に舞い降りた。かと思うと素早く蹴りを繰り出した。間一髪、腕を交差させて防いだがジーン、と云う痺れるような痛みが白桜の腕を襲う。軽く腕を振ってもその痺れは抜けない。それでもと白桜は新手を睨む。新手は余裕そうにステップを踏む。かと思うとあり得ないほどのスピードで白桜に迫った。瞬きをしたら姿を見失う、そんな感じで、あいつみたいで。そう思った途端、寒気がした。白桜は痺れが抜けて来た片腕で素早い一撃を防ぐと上段からもう片方の扇を振った。カキンッと甲高い音がし、躊躇うように後退した。その時、頭上から腹と足元を攻撃された紅葉が落ちてきた。猫のように空中で体を捻り、上手い具合に着地するが足を捻ったらしく、軽くよろめいた。それを白桜が支える。新手と人物が兄弟二人の前に並ぶ。兄弟二人が考えている事は同じだった。嗚呼、強い!凄まじいスピードと攻撃の強さ。薙と雛丸には到底及ばないだろうが、確実にこのまま闘い続けたら体力が先になくなるのは紅葉と白桜だ。そう確信した。ふと紅葉が薙達の行方を思い出す。ハッとして振り返ろうとした。
「はいはーい!燈梨姉もアーク兄もそこまでそこまでぇ!」
雨近が彼らの間にスキップ混じりでやって来たのだ。目の前の二人が敵か味方か、混乱状態でわからなかった。
「なっ?!危ないですy……ん?」
「…名前、知ってるってことは…」
危ないと忠告しようとした白桜が違和感に気づく。それは紅葉も同じだった。混乱状態の兄弟を差し置いて雨近は目の前の二人に向かって歩いて行く。途端、殺気まみれだった二人の表情がほぐれた。その表情は安心や信頼と云った、自分達もよく知る感情と表情だった。それに面食らったように紅葉がこぼす。
「仲間…?」
「そうだ。俺達のお仲間は、警戒心が強くてなぁ、ちょっくら力量を試させてもらった」
紅葉の言葉に夜弥がタバコを吸いながらそう言う。その言葉に毒気を抜かれた白桜が安心したように紅葉にもたれ掛かった。慌てた様子で紅葉が白桜を支えると云う先程までとは逆の態勢になる。それにしても、警戒心が強いからかはわからないがこんなにも強いとは思わなかった。敵ではなくて本当に…いや、もしかすると敵と思われる可能性もあったかもそれない。自分はあの一週間で成長したと思っていたけれど…紅葉は軽く息を吐く。と雛丸が白桜を心配して近くに来ており、薙もおり、紅葉をよくやったと云うような誇らしげな表情で見上げると肩を叩いた。それが嬉しかった。
「にしてもよぉ夜弥。敵襲かと思ったじゃねぇか。ヒヤヒヤしたぞ」
「そうだよ!びっくりしたぁ…」
「敵はいつどこから現れるかわかんねぇ。なら、ちょうど良かったんじゃねぇの?」
薙がからかうように言い放てば紅葉もそれに賛同する。しかし、その安心仕切った怠慢を先程まで白桜が相手をしていた新手、少年が一刀両断する。嗚呼、確かに。友人と一緒でも安心は出来ない。だがそれでも彼らは、安心を求めていた。とそんな少年に向かって雨近や夜弥、人物の女性が口々に言い出す。
「カッコつけ~」
「安心くらいさせろや」
「本っ当に、素直じゃないんだから~こんにゃろ」
女性がこれでもかこれでもかと少年の頭を撫でまくる。それに少年の凛々しく、少し近寄り難かった表情は崩れて行き、耳まで真っ赤にしながら、女性の続いての抱擁から逃れるように叫ぶ。
「やめてってばぁああああ」
「………えーと、これは」
白桜が困惑したような声を上げ、雛丸と顔を見合わせる。先程の少年がまるで嘘のようだ。プッと雛丸がもう無理と言いたげに笑い出し、少年が恥ずかしそうにそれでいて少し安心したように女性の背後に身を隠した。それに良かったと云うように女性が男のように笑い、「まるで薙ちゃんじゃん」と紅葉も楽しそうに笑い出す。これにつられないわけがないのが雨近であり、夜弥は本日三本目のタバコを手にしながら「こういう奴らだ」と言いたげに白桜に視線を向けた。白桜も小さく笑った。




