第五十話 新しい地
何処かの寂れた、いや、廃墟と化したその場所を我が物顔で歩いていく異形な、それでいて神々しい姿をした何か。その何かから身を隠すように息を、気配を殺す。と、ある気配を感じ取った。その気配は懐かしくて、同じで。嗚呼、隠れているのがメンドクサイ。そう言わんばかりに何かの視界が入らないところを選び、全力疾走する。背後からもう一人が呆れ顔でついてくる。もう一人も気づいているのだろう。頬が綻んでいる。それに何かの死角に入ってしまえばこちらのもんだ。相手は自分達なんか興味ないはず。そう自分に言い聞かせる。
「早く!」
「慌てるな!」
嬉しくなってそう叫ぶと背後の一人が叱った。けれど、この嬉しさは止められなくて。走るスピードを上げる。背後の一人から苦情が漏れたが無視した。背後の一人の荒い息も足音も聞こえなくなるくらい引き離し、走ってしまった頃、前方に見覚えのある二人が見えた。嬉しくて思わず頬が綻ぶ。手に持っていたものを投げ出して大きく跳躍し、抱きついた。驚く一人と笑う一人が両の瞳にうつりこんだ。
…*…
目を開け、紅葉は全身から噴き出す汗に身を委ねた。なんだあれは?いや、誰だ?自分にしか分からない気配と同じようなオーラと凄まじい悪寒。今思い出しただけでも震えが止まらない。ブルブルとその時の恐怖を思い出してしまい、震える紅葉を抱き締めるようにして薙の固有能力に引っ張り込んだ白桜が後ろからギュッと抱き締めた。
「紅葉?大丈夫ですか?」
「……うん、大丈夫。ありがと兄さん!落ち着いた!」
心臓の音が紅葉を落ち着かせてくれた。白桜を振り返りながらお礼を言えば、彼は安心したように笑い、頭を優しく撫でてくれた。白桜の腕の中から出ると薙と雛丸も心配そうに紅葉を見ていた。
「……どうした?」
「あのね、『隻眼の双璧』の後ろに誰かいたんだよね。僕の勘違いかもしれないけど…」
紅葉が緊迫した声で言うと薙も雛丸も白桜も息を呑んだ。雛丸が小さく、いや、大きく手を挙げながら叫ぶ。
「ボクも見た!……気がする」
「?!ホント!?」
「まぁ、気がするだし…」
雛丸の方へ身を乗り出すように紅葉が言う。あの時、雛丸には見えていないものと思っていた。けれど、気がすると云うように『勇使』であるためになにかを感じ取ったのかもしれない。自分だけじゃかった事が紅葉には少し嬉しかった。薙がうむ、と唸り、手で顎を掴むようにしながら言う。
「妾は分からんかったが…」
「失礼ながら私もです」
「ま、目撃情報があるんだ。『隻眼の双璧』の主、または仲間と見た方が良いな」
「そうですね。『隻眼の双璧』の事に関しては警戒するしか方法がありませんね」
薙と白桜のまとめに紅葉と雛丸が力強く頷いた。『隻眼の双璧』に関しては帝にも報告はしたが依然として不明だ。帝も連絡が取れる『勇使』とも協力して探っているにはいるが、やはり限界がある。とりあえず、帝からの任の遂行を最優先とするしかない。相手は相当の手練れなのだ。無理をしてこっちが終わってしまっては意味がない。そこまで考えて紅葉は我に返ったように辺りを見渡した。辺りは廃墟の山で自分達がいるところも元は教会だったのだろうか、天井がなく、ただただ美しいステンドグラスが微かに残った光を放っているのみである。辺りには『隻眼の双璧』はいないようだ。それにホッと胸を撫で下ろし、薙を見る。薙も一応、警戒心を解いてリラックスした表情だ。雛丸がトテトテとまるで子供のように薙に近づき、二人して何やら話している。それを見て、紅葉は自身の胸元の服を握りしめた。強い味方だった者が自分達を狙っている。恐怖がないと言ったら嘘になる。が、それ以上になによりも失いたくないものがある。そのためには、強くなるしかない。
「紅葉」
「!なに、兄さん?」
考え込んでいると白桜に声をかけられた。藍色に染まった爪が紅葉の頭を撫でる。
「…思い詰めすぎないでください」
「……でも、強くなりたいよ。自分はいつまで経っても、弱いなんて思いたくないっ」
「紅葉、それは私もです」
「え…?」
自分よりも強く、美しい尊敬する兄が?一瞬にして考えていた事が散っていく。そして、少し嬉しかった。白桜も自分と同じだった事が。白桜がまっすぐに見つめる先、そこには薙と紅葉がいる。白桜は紅葉の頭を優しく撫で、自分達を呼ぶ二人のもとへと歩いていく。紅葉も急いであとを追った。




