第四十六話 二人の道
薙と紅葉が一斉に跳躍すると先程の一人、少女が凄まじい勢いで二人に迫った。目を一度閉じたら既にそこにはいない。自分の数メートル前にいて。もう一度、目を閉じたら、もう目の前にいる。その素早さに驚きながら薙が刀を振った。それを少女は片腕を上げて制する。少女の手には長剣が握られていた。クルン、と薙の刀を絡め取るように回す。薙が必死に抵抗し、刀を滑り落とす。態勢を低くして足を刈る。少女はなんのその、と云うように刈られる前に後方へ退避。そこへ背後から回り込んだ紅葉の大鎌が迫る。が少女は紅葉が思うよりも早く、大鎌のリーチに潜り込み、驚く彼の腹を膝で蹴り上げた。痛みに態勢を崩す紅葉の胸ぐらを無理矢理掴み上げ、回転をつけながら頭上へと放り投げる。何処にそんな力があった!?と驚くような光景だったが相手が相手なので納得してしまう二人がいた。紅葉は上空へ飛ばされ、空中で態勢を立て直す。とそこへ薙の素早い追撃と一太刀を軽々とかわした少女が紅葉に向かって跳躍してきた。大鎌を振る。それを長剣で防ぐとズイ、と紅葉の懐に迫る。紅葉は大鎌の柄を短く持つと少し長くなった方に脚を引っかけ、クルンと回す。途端に大鎌の刃が少女の首筋目掛けて振り下ろされる。少女は数秒遅れてその事に気付き、顔を横にずらしてかわす。懐に迫って来た少女の突きを紅葉も紙一重でかわすと片手を突く。余裕の表情でかわした少女は無防備な紅葉のその腕を掴んだ。少女が嗤う。その笑みに背筋に悪寒が走った。あ、これヤバい。そう瞬時に思った。
「紅葉!」
「逃がさないヨ~♪」
落下しつつある二人の足元で薙が叫ぶ。薙が近くにあった木を足場にこちらに向かって跳躍する。紅葉が少女の手中から腕を引き抜こうとした、その時。少女が思いっきり、紅葉を投げた。まさかの行動に紅葉は受け身も取れずに地面に激突した。彼と入れ違いになって薙が落下する少女の背後に向かって刀を突く。背中と刀の隙間に長剣を滑り込ませ、半回転しながら二人は何度も何度も切り合い、防ぎ合う。バッと薙が少女を弾き、蹴りを放つ。両腕をクロスしてダメージを軽減させる少女。だが態勢を崩し、背中から落下して行く。全身を打った紅葉が痛みに顔を歪めつつも勢い良く起き上がると爪先に力を入れ、落ちてくる少女に向かって跳躍しながら大鎌を振る。すぐに動けなかった少女の背中に浅い一線が刻まれる。着地した少女が長剣に目を移すとその切っ先には紅い血がついていた。その血を舌で舐め取る。怪訝そうな表情をする紅葉。大鎌を構えていると薙が隣に着地した。チラリと見た彼の目に飛び込んで来たのは利き腕とは逆の腕を真っ赤に染めた薙だった。出血の多さでか額にはうっすらと汗が滲んでいる。先程の攻防戦で負ったようだ。
「薙ちゃん?!大丈夫?!」
「ん?嗚呼。紅葉も、大丈夫か?」
「へ?」
薙に問われ、紅葉は首を傾げた。確かに全身が痛むが薙が言っているのはその事ではないようだった。薙の視線を追うように紅葉が片手を頭に向ける。ヌルッとした感触に慌てて手を引っ込める。血だった。落ちた際にぶつけたのだろう。紅葉はその血を強引に拭うと薙を見た。薙が彼の真剣な瞳に気付き、頷く。そして、ポンと軽く腕を叩きながらニヤニヤと薄ら笑いを浮かべる少女に向かって駆けた。少女も長剣の切っ先を槍のように薙に向けながら迫る。残り数メートル、というところで少女が長剣を突き、振る。その一撃を薙は頭上へ回転しながらかわし、少女の背後に回り込む。そして容赦なく刀を振り回す。しゃがみこみ、片足を薙の顎を目掛けて上げる。それを予知していた薙がステップを踏むように後方へ下がり、刀を振り下ろす。長剣を横にし、防がれた。ガッと薙を刀ごと弾く。弾かれた薙が片足でバランスを取りながら回転を付けてもう一度攻撃する。腰を屈めた苦しい状態で薙の素早い追撃を防ぐ少女。反撃の隙を狙っている、と背後で気配がした。目を見開くと薙が得意気に笑っていた。嗚呼。少女も同じように嗤った。そして、交差していた刃を抜き、薙に向かって回し蹴りを放った。そのまま長剣を振る。蹴りを腕で防いだものの、長剣は辛うじて間に合わず、肩に少し刻まれた。その時、背後から少女を襲うものがあった。少女はそれを間一髪で上空へ跳躍してかわし、着地する。少女を見失わないよう、半回転した薙が呆れたような、文句があると言いたげな顔をしながら流し目で言う。
「おせぇぞ紅葉」
「ごめんね薙ちゃん!久しぶりでちょっと手こずっちゃった!」
「……だからあれほど定期的に練習しておけって言ったのに!」
「だって、僕、大鎌で薙ちゃんも兄さんも雛丸もいるからあんまし使わなくても大丈夫だっただけ!」
「…………はぁ」
そう背後に向かって叫び、呆れたようなそれでもちょっと嬉しそうに薙は口元を綻ばせた。トン、と軽やかな音と共に隣に並ぶ紅葉。その紅葉の頭上には白い表面に赤色でなにやら紋章のようなものが書かれた長方形の紙が浮いていた。その紙がクルンとその場で一回転すると美しくも凛々しい鷲が現れた。爪は異常なほどに尖っており、もはや凶器レベルの尖り様である。その鷲は紅葉と薙に向かって軽く頭を下げた。鷲の出現に少女は軽く目を見開いていたが、クスリと口角を三日月のように歪めた。
「(嗚呼、面白い面白い面白い面白い面白イ!!)」
少女の心中を覆う感情を察したかのように薙が刀を構え、紅葉も大鎌を構える。片腕を軽く鷲に向けて出せば、鷲は嬉しそうにその腕に止まった。そして、ゆっくりと少女を威嚇するように羽を広げる。薙の片腕から滴り落ちる血が二人の足元を紅く染めて行く。そんな彼女を紅葉が心配そうに見下ろした。けれど、薙は笑う。その笑みに紅葉もまた笑った。
「行くぞ紅葉」
「任せてよ薙ちゃん!」
カツン、と武器の刃物同士を擦り合わせ、甲高い音を奏でる二人。そんな二人の姿に少女は大きく跳躍した。少女の表情は微かに歪んでいた。




