第四十一話 実力の果てに
「そこまで云うならさ、紅葉がやってみてよ!」
「え」
グラスの中身をイッキ飲みし、千が悪戯っ子の表情で云う。それに紅葉は面食らったように視線をあっちこっちにさ迷わせる。
「オレにアドバイスしてること、出来ないワケないよね?」
「あ、じゃあ、紅葉ボクとやる?」
「なんでそんなやる気なの雛丸?!いや、出来るけど?!」
グイッと視線をさ迷わせているのが出来ないと捉えたのか、千が紅葉に向かって背伸びをし顔を近づける。休憩時間に千にしたアドバイス、紅葉は出来る。が何故やる気になっている雛丸がいるのかが知りたい!膝の上に侑氷を乗せたままの雛丸が腰の武器に手を伸ばすのを紅葉が慌てて止める。その様子に薙が笑い、京も笑いながらお代わりはどうかと大和に聞く。
「あんまり悪戯しないでください千」
「えー?兄ちゃんもやるじゃーん?」
京が千を嗜めると人差し指を口元に立てて千が振り返る。その笑みは酷く妖しく、妖艶だった。まるで、雛丸のようだと思った紅葉が一瞬顔を背けた。それに京がまぁと肩を竦める。暫く笑った薙がお代わりを求めながら言う。
「そんなら、妾とやるか?二対二でも良いぞ?」
「あ、本当?じゃあお願いしても良いかな」
「嗚呼、もちろん。紅葉は強制」
「飲ませて薙ちゃん!」
薙の提案に大和が乗り、選ばれなかった雛丸が「えー」と残念そうに声をあげる。一方紅葉は飲み終わっていないにも関わらず、薙に袖を引っ張られたのでグラスを落としそうになった。薙が早くしろと袖をグイグイ引っ張ってくる。白桜が代わりに紅葉のグラスを受け取り、テーブルに置いた。
「うっし。紅葉やんぞ!」
「京、休憩終了。弟と一緒にやれ」
「えぇーもう少し休みt「や・れ」はいなんでもありませんすぐやりますお母様(早口)」
大和の指示に京が文句を垂れた途端、大和がにっこりと笑った。黒い、笑っていない笑みだ。その笑みを直接食らった京は「楽しみー(棒)」と明らかな棒読みな言葉と早口を吐き出しながら白桜にお代わりが入った瓶を預け、縁側に飛び出して来た。その勢いに千がオーバーリアクションで驚いていた。薙に依然としてグイグイ袖を引っ張られていた紅葉はやる気満々の彼女の背中を見て、しょうがないなぁーと云うように小さく笑った。
「その次、ボクと白桜ね!」
「まさかの連戦?!」
「やっちまえ兄さん!」
「その前に紅葉と薙様ですけれどね」
雛丸が白桜を振り返りながら言うと彼は優しく笑った。薙が靴を履いて中庭に出ようとする。ついでに全員、どうせ中庭に出るのだからと靴を履き始めた。靴をなんとか履き終わった紅葉が「よっしゃああ」と息込むと紅葉が「うるさい」と彼の背中を叩いた。なんだかんだ言って激励していることは知っているので紅葉が満面の笑みを返すと薙の頬が紅く染まり、プイッとそっぽを向いた。紅葉はしょぼーんとした。
「………なんだかんだ言って紅葉も薙限定でタラシだよね」
「言わぬが仏、ですよ雛様。と云うか誰でもそうなるのではありませんかね。信頼する相方なのですから。私にとっても雛様はそうですよ」
穏やかに優しく白桜が笑う。白桜にとっては当たり前の事を言っているのだろうが、それでも雛丸は嬉しかった。ほんのりと紅く染まった頬のまま、白桜に向かって両腕を伸ばす。彼女の膝の上にいた侑氷がなにかを察した様子で座ろうとしていた大和の元へとゆっくりと歩いて行った。
「白桜、抱っこ」
子供のようなその甘えに白桜は一瞬、キョトンとしていたがクスリと柔らかく笑った。そして雛丸の伸ばされた片手を引っ張り上げると自分の腕の中に引き入れ、そのまま座った。
「甘えたさんですね雛様」
「むふふ、良いの!ボクのお父さんだから!」
「ハイハイ」
雛丸が輝かんばかりに微笑み、白桜が優しくそれこそ親が子供を愛おしむような笑みで返した。だいたい慣れていて此処から紅葉が突っかかるまでがテンプレであった紅葉と薙だが、二人の周りに花が飛ぶ幻が見えたので和やかに見つめていた。その一連の動きを見ていた京と千兄弟は呆気に取られたように顔を見合わせていた。
「リア充?」
「爆発しろ?」
「お願いだから癒しは爆発回避して!」
「さっさとやらんか!!」
痺れを切らした大和の怒声が飛ぶ。それにビックゥとなった薙除く彼ら。これ以上怒られる前にやろう、と武器に手をかけた。その時、空が一瞬歪み、紅葉の耳元で此処に初めて来た時に聞いた鈴の音が響く。だがその音は微かに歪んでいた。
「?何事です?」
「大和!」
京が歪んだ頭上を睨み付けるように見上げる。と、侑氷の声に彼らは全員引き戻された。人間となった侑氷がフラッと眩暈に襲われ、倒れかけた大和の腕を掴んだ。大和は先程とはうってかわり、具合が悪そうで片手を額に当て、苦痛の表情を浮かべる。侑氷が心配そうに彼の顔を覗き込む。
「大和、大丈夫か?」
「っ、嗚呼。誰かが能力破って来やがった!」
「「「はぁあああ!?」」」
大和の苦痛な言葉に紅葉と雛丸、千の声がハモった。大和と侑氷以外の全員が武器を手に持った。薙が抜刀しつつ叫ぶ。
「数は?!」
「ッ」
薙が叫んだ途端、大和の額部分で痛みが走り、片手で強く押さえた。ヌルッとした感触に大和が手を見るとそこには紅い血がベッタリとついていた。それだけでも敵がどれほどのものか想像できる。近くにいた千が軽く悲鳴をあげた。だが、大和はそれを拭って叫んだ。
「数はわかんないけど、これだけは言える……強敵入ってるよ」
その大和の台詞と共に空が再び歪んだ。グニャン、と音がしたと思った時、ピシピシとヒビが入り、パラパラと破片が落ちてくる。パキン!と決定的な音が響いた瞬間、大和の固有能力での防御は完全に消えてしまった。消えた固有能力の向こう側から現れたのは、真っ黒な絨毯のような、不気味でありながらも生気に満ち溢れた群れとそれらを引き連れるように立つ二人の人物だった。
もういっちょ!




