第三十七話 休息の暗示
「大和、あやつら、どう思う?」
「どう思うっつったって、そのまんまでしょ」
客人用の部屋の準備を終えた侑氷はそのまま台所に来ていた。紅葉達は部屋に案内した、ちゃんと。侑氷は大和が料理をする横で台所に軽くのっかかりながら、彼にそう言った。大和は調理をしながら彼の質問に答える。侑氷は流し目で大和の作業を見ながら、台所に置かれていた漬物を一つ手に取った。大和が何も言わないことを良いことに漬物の大根を口に放った。
「どう?」
「良い味加減じゃな。さすが大和じゃ」
「ふふん、でしょ?これでも昔から作る系は得意分野だったから」
トン、とリズミカルに刻まれていた包丁の音が止んだ。侑氷が不思議そうに彼を見た途端、頭を撫でられた。
「心配してくれてんでしょ?侑氷。ありがと、俺は大丈夫」
そうニッコリ笑って大和は料理に戻った。侑氷は軽く目を見開き、台所から降りると彼の邪魔にならないようにと出て行く。袖口で口元を隠し、この小声を誰にも聞かせないようにして呟く。
「だったら、なんであんな悲しそうな、辛そうな顔を、するのじゃ」
そう呟く彼の表情も複雑に歪んでいた。そして、知らないフリをした。
…*…
「雛様、これ」
「ありがと白桜!」
侑氷に案内された部屋で彼らはこの国ー都かも?ーの情報公開会をしていた。雛丸が白桜からあの分厚い束を受け取り、ペラペラと捲る。すぐにお目当ては見つかったようで自分と同じように座っている彼らに真剣な視線を配る。ちなみに薙と紅葉が同じ側に座っていて、雛丸と白桜が同じ側に座っている。位置は両者共にほぼ部屋の真ん中で、部屋の奥。障子を開けて紅葉の固有能力の治療に体が慣れた京や侑氷が来たら、いろいろと面倒な事になる。雛丸は彼らに情報を教えようと口を開きかけ、閉ざした。表情が苦しげに歪み、眉をひそめた。それに白桜が雛丸の肩を軽く叩き、問う。
「どうかなされましたか?」
「……うん、京さんともう一人が大怪我負った理由とか、大和さんが怒った理由が分かっちゃった」
「へ?」
雛丸の言葉に紅葉が怪訝そうな声をもらす。雛丸は紙の上に記された情報に一度、目を落とすとキッと前を向き、語り出す。
「此処は『倭征之途』って言って、この間までは異変が見られなかった都。異変が見られなかったと云うのもあるし、この都自体の特徴かどうかわかんないけど、武器を持つ事や争いを嫌う人が多かったんだって。で、この都の異変は、ちょっと複雑なんだけど、此処では行方不明者が多くて、その多くが二度と帰って来ないで死体で発見されるんだって。それが原因かどうかはわかんないだけどね、異変は人間の姿をし、無感情に同胞を殺める事から『眼』と呼ばれてる。"平和な都"と称されていたために抗うすべを持った人は少なく、辛うじてある部隊が『眼』討伐を担っている状態」
パタン、と紙の束を閉じた乾いた音が響いた。雛丸からもたらされたまさかの事実に彼らは驚きを隠せなかった。京が思わずと云った感じに言った『眼』。化け物がヤバいと云うのは理解していた。だが、此処はそれ以上にヤバい。
「闘える、『眼』に対抗できる人材が限られる…今まで来た二つは多くても大半が対抗できる実力を持っていた。だが此処では違い、討伐部隊がそれを担っている……」
「雛丸の云う通り、理由がわかったね。原因が行方不明と関係しているのかどうか……多分、違うよね」
薙の簡潔な説明の後に紅葉が低い声で告げた。全員、何も言わないが紅葉の意見に賛成だった。『眼』の原因は以前と同様、不明の可能性があり、またその先の事実も不明であろう。言わずとも理解できているのは、他の二つの異変をこの目で目の当たりにしたからだ。雛丸は紙の束を白桜に返しながら言う。
「この都在住の『勇使』が元々少ないってのもあるけど、情報はこれくらいしかないよ。後は、お兄さんたちに聞くしかないね」
「話してくれるでしょうか?」
「どうだろうな。『眼』の情報だけでもあるだけマシだしな」
「今回は、初っぱなから『勇使』遭遇じゃないもんねー」
「それもあるしなぁ」
薙がはぁと息を吐きながら寝転がった。頭の後ろに両腕を回し、天井を見上げる。紅葉の云う通り、京や大和、侑氷、そして京の弟は『勇使』ではない。
「薙ちゃん、コート、シワになるよ?」
「女子か」
「薙ちゃんが女の子だからね?!」
紅葉が「脱いでーシワー」とコートを引っ張るので薙はめんどくさくなってそのままゴロンと横に転がった。ついでにコートも脱げて一石二鳥と云うように、紅葉に向かってニィと笑ってピースをする。
「ハハハ!紅葉、お姉さんみたーい」
「僕、男ですぅー!」
雛丸がケラケラ笑いながら寝転がった薙に近づく。と薙が雛丸の腕を引っ張った。薙の横に雛丸も寝転がる。
「?薙?」
「妾は寝る。時間になったら起こせ」
「承知しました。紅葉」
「う、え、兄さん?!」
白桜が微笑ましそうに、優しく笑いながら立ち上がり、紅葉の手を引っ張る。紅葉は驚きながらも白桜に釣られて行く。何がなんだか分かっていない雛丸は困惑していたが、だんだん眠くなって来たようで考える事を放棄した。もうすぐ夕食だろうが、今はゆっくりしよう。そう思い、雛丸は薙の胸元に顔を埋め、丸くなった。それを見、薙も静かに目を閉じた。
白桜は紅葉に近くにあったハンガーを手渡す。それを受け取り、薙のコートをかけると壁から軽く出っぱっていたフックにかけた。
「お二人共、お疲れなのでしょう」
「んー雛丸の場合は巻き込まれだけどね」
「まぁそうですけど。良いではありませんか?少しくらい休息をしても」
「そうだね!」
紅葉がそう言うと白桜はコロコロと笑った。紅葉はそうだ、と思い立ち、美しい花が描かれた押し入れに近づくと開け、中から布団を取り出した。そして、スヤスヤと寝息を立てる二人を起こさぬように静かに布団をかける。紅葉は満足そうに頷き、白桜の元に戻る。
「紅葉は良い子ですね」
「へへへ」
白桜が優しく紅葉の頭を撫でると紅葉は嬉しそうに頬を綻ばせながら、白桜を見上げた。そして雛丸の真似のように白桜の腕に抱きつくようにする。と不安そうな表情と声色で言う。
「この頃さ、なんか気配感じるんだよね」
「気配、ですか?」
「うん…なんだかはわかんないんだけど」
不安そうな紅葉を慰めるように白桜が再び頭を撫でる。きっと、帝の任の結果が思わしくないために緊張し、不安なのだろう。白桜がそう考えるのは無理もなく、紅葉もそうだと思っていた。紅葉はその不安を打ち消すように笑い、白桜を引っ張りながら言う。
「僕さ、京さんの弟さん?と気が合いそうな気がする!」
「ふふ、それは良かったですね。私は大和様とお話ししてみたいです」
「どうして?」
まさかの名前に紅葉が首を傾げると白桜は小さく笑って言った。
「あの御方からは…………」
「?兄さん?」
突然黙った白桜を紅葉は怪訝そうに見上げる。白桜は少し考え込んだ後、言った。
「あの御方は『勇使』になれるかもしれません」
ホントに休息です。
あと紅葉は白桜の事もあってか女子力が高いです。ていうか優しいんですよ、うん。




