第三十六話 いや待てマジか!
家の中に通された紅葉達は最初に京と、白桜に背負われた青年ー弟らしいーの部屋へ赴いた。大和は台所へと消えて行った。「腕によりかけなきゃ」「お願いしますお母さん」「誰が母さんだおい(低音)」と云うやり取りを耳元で聞いてしまった紅葉は笑いを堪えるのに必死でバイブレーションのようになっていた。
「お布団何処?」
「そこの押し入れです」
二人の部屋は七畳ほどの和室で、左右に私物を分けていた。比較的、大荷物を持っていない雛丸が率先して動き回る。薙が雛丸から太刀を奪い取ると、背を押した。意味は分かっているので聞かずに雛丸が京が教えてくれた押し入れに一直線に向かって行く。押し入れには美しい模様が描かれていた。雛丸は一瞬目を奪われたが、そんなことをしている場合じゃない、とかぶりを振り、押し入れを開けた。そして、驚いた。
「ふぇ?」
「…………あれって…狐?」
押し入れの中にきちんと整頓して入れられた布団の上に狐が丸くなっていた。突然開けられ、眩しいと目を細めながら顔を上げた。紅葉のなんで?と云う疑問に彼に支えられた京が答える。
「彼は侑氷。大和の友人で、同じく同居人です」
「ん?待て京。彼?」
京の言葉を薙がおうむ返しする。あの狐が雄で、彼と言っているのかもしれないが、京の言い方からしてそうではない気がした。京はえ?と呆けたようだったが、嗚呼、と納得したように一人頷いた。一方、雛丸はとりあえず布団を出したいので狐を退かそうと手を伸ばしていた。
「嗚呼、失礼しました。侑氷は人間ですよ。固有能力で動物に姿を変えているだけで」
「え、ウッソ?!て、おわっ」
「?!雛様!」
京の言葉に雛丸が思わず驚愕の声をあげる。と布団が整頓されているにも関わらず、雪崩を起こし始めた。白桜が弾かれたように声を荒げたが雛丸が大丈夫!と押し入れから素早い動きで身を引くと、彼に向かってピースした。白桜がホッと安心した。ドサァ、と一拍遅れて布団が雪崩落ちる。狐は落ちた布団と共に押し入れから出てきた。布団の上で軽く伸びをすると、クルンとそこで一回転。まるで葉っぱを頭に乗せて変身する狸や狐のような、軽やかな身のこなしだった。氷のような冷たい粒子がキラキラと舞う。布団の上にいたのは先程の狐ではなく、少年だった。めっちゃ服を着崩した。胸元が見えてる気がする、いや見えてる。
「ほん、とうに、人間になっちゃった?!」
「珍しい固有能力ですね」
紅葉と白桜が驚愕のあまり、声をもらす。白桜の背にいる青年が軽く呻いたので白桜は慌てたようだった。薙は目を見開いたまま固まり、目の前でその一部始終を見ていた雛丸も驚愕のショックで口をあんぐりとさせている。
「京、なんの騒ぎじゃ?せっかく気持ち良く眠っておったと云うのに」
そう、低い声で少年らしからぬ口調で彼は京に言う。が、京が口を開く前に気づいたらしく、微笑した。
「嗚呼、なるほどよのぉ。そういう事か。全く、世話が焼ける兄弟じゃのぉ」
「侑氷も大和も言わなくても理解してくれるんで楽です。あと服着てください」
めっちゃ楽ーと言わんばかりに京が笑うと少年は微笑から冷たい笑みに変更した。先程の粒子のようで近くにいた雛丸が飛び跳ねた。だが京は慣れてるのか微動だにせず、少年は諦めた様子で肩を竦めた。そして、布団を拾い上げると近くに転がっていた枕を雛丸に渡した。
「ん」
「え……聞かなくても良いの?」
雛丸が不思議そうにそう問えば、少年はケラケラと笑う。
「何を今さら。怪我を負ったあの二人を見ればだいたいは予想できよう。困った子じゃ…ほれ、はよ敷いとらんと」
「あ、はーい!」
雛丸がもういいや!と言った感じで枕を受け取り、返事をする。京は紅葉達を「連携が取れている」と言ったが、それは彼らも同じではないかと、紅葉は思い、内心小さく笑った。
少年、侑氷は葡萄色のショートで髪の左側が異様に長く、所々に桃色が混ざっている。薄浅葱色の少し冷たさそうな印象を与える瞳、でもその印象を打ち消すように目元に紅いラインが引かれている。右耳にのみ氷のようなひし形のイヤリングをしている。服は黒の着物で彼岸花が美しく妖艶に咲き誇り氷のような結晶も描かれ、肩が出たり胸元が見えたりと大きく着崩している。両手首には紅く、少し太い紐が巻き付いており、一種の手錠のようにも見え、侑氷の行動を制限している。靴は室内なので脱いでいるが、恐らく下駄とか草履だろう…とも思うが裸足な気が凄いする。
そうこうして、白桜が背負っていた青年を布団に寝かせ、だいぶ体の自由が戻って来ていた京は体に異常がないかと、屈伸したりする。青年はすやすやと夢の中、である。
「ふふ、寝てるー」
「安心したのかもしれませんねぇ」
「大丈夫?ねぇ大丈夫?」
「紅葉、本気でこいつ寝てるだけだから安心しろ」
薙が心配そうにしている紅葉を落ち着かせるように言う。京が安らかに眠る弟を優しい眼差しで見つめる。それを見た侑氷はクスリと笑い、立ち上がった。
「さて、客人用の部屋にでもぼくは移動するとしようかの」
「それでは私も」
「京は此処に居れ。ぼくが用意してくる。怪我人は、さっさと治せ。使い者にならんからの」
「ハイハイ、お父さん」
「それ、大和にも言うて怒られたばかりであろうが。馬鹿か?馬鹿なのじゃな?」
京と侑氷のその会話に紅葉がツボったらしく、吹き出した。それに釣られて雛丸も笑い出し、今だと言わんばかりに京も笑う。薙と白桜、侑氷は呆れたように顔を見合わせて、薙と白桜が小さく笑う。侑氷も、吹雪の微笑をしまい年相応に笑った。
こうなったら面白いと思ったんだ…と供述しており←




