第三十五話 笑み
京の言う通り、草原を突っ切り、少し歩くと家が見えて来た。瓦屋根が特徴な和風の家で今世界で流行ってんのかな?と紅葉は少し思った。家の周りを竹で出来た低めの柵が囲んでいる。中庭があるのか高い木が見えている。
「あんな低い柵で大丈夫なの?」
素直に疑問を口にする紅葉。『眼』とか云う化け物から彼らの家を守っているとは到底思えない柵だ。それを理解しているのか、京は愉快そうに笑う。
「同居人の能力で『眼』が入って来たら警報が鳴るようになってるんです。『眼』が入って来ないようにも出来るんですが、それだと同居人が他の事が出来なくなるんで。それでも弱い『眼』は防げます」
「なるほど。柵だけよりはマシですね」
京の返答に白桜がそう言う。京が「あそこを使ってください」とまだ痺れて痛む腕を伸ばす。その先には裏口があり、キィキィ、と扉が風に揺れている。まるで自分達を手招きしているかのようだ。この家の周りには他に家もなく、少し離れたところに木々があるくらいだが、京の云う同居人により、いくらかはマシなのだろう。京が安心するほどに。その扉を開けて、雛丸が中に入り、続いて薙が続く。次に白桜が続き、最後に紅葉と京が続いた。扉を通った時でチリィン…と小さな鈴の音が紅葉の耳元でした。軽く驚きながら辺りを見渡したが、鈴の音の正体であろう物は何処にもなかった。裏口は中庭に繋がっており、自分達が住んでいる家と似ているには似ているが、何かが違う。
「すいませーーん!!」
雛丸が太刀を両腕で抱き締めるようにしながら縁側に近寄ると声を発する。家の中に雛丸の声が響いた。
「……誰もいないわけじゃねぇよな?」
「ええ。同居人がいつもいるんで。多分、夕食の準備でもしてるんじゃn「やっと帰って来た」…ほら」
薙の問いに京が答えていると目の前の障子の向こうから声が響いて来た。左右に障子が開けられ、それと同時に美味しそうな匂いが彼らの鼻腔を擽り、包んで行く。現れたのは京が云う同居人である青年らしかった。京よりも年下で白桜が背負っているもう一人と同じ年くらいに見える見た目だ。青年は紅葉に支えられている京と白桜に背負われ、頭に包帯を巻いたもう一人、そして彼らを見ておおよそ察しがついたようで大きくため息をついた。
「だから勝手に行くなって言ってるのに!心配したんだから!」
「すみません。千と、大和が使いたいって言ってた薬草を採りに行ったら『眼』に遭遇して、それで」
「あとはだいたい分かる。京が支えられてるのと千が背負われてるとこから見て」
「助けてくれたお礼にと招いたんです。夜、草原は自殺行為ですし」
「まぁね」
青年は紅葉達をジッと観察するように見渡す。と言っても紅葉達の方は中庭にいるので少し見下ろされる形だ。そして、柔らかく息を吐くと笑った。
「二人を助けてくれてありがとね。上がりなよ。夕食ご馳走するし、部屋も用意する。泊まらせる気だったんだろうし」
「さすがですね大和」
「ドヤ顔決めんてんじゃねぇぞおい」
ドヤァと京が何故かドヤ顔を決め、そう言えば青年が低い声でニッコリ笑いながら言った。目が笑っていないのは明らかだ。雛丸がちょいちょいと紅葉の服の袖を引っ張っると紅葉が軽く雛丸に向かって屈んだ。
「なんか、京さんが怒られるって言ってた意味分かった気がする」
「奇遇だね、僕もだよ」
そう二人は言い合って小さく笑った。薙が青年に向かって言う。
「悪いな」
「良いんだよ。お互い助け合うもんじゃね?」
ニッと歯を見せて青年は笑う。その爽やかで親しみ深い好意に紅葉達の中で信頼できると云う感覚が生まれる。
「俺は大和。宜しく」
そう言って青年は軽く手を振り、笑った。
青年、大和は黒紅色のショートで後ろ髪の一房だけが異様に長く、細いポニーテールのように見える。瞳は千歳緑色。服はワイシャツにループタイと袖のない紺色のベスト。腰に紫と灰色のチェックの布を巻き付けている。下は黒のズボンで靴は室内なので脱いでいるが、恐らくヒール(踵低め)だろう。よく見れば、その爪には紫色のマニキュアが塗られている。
「んじゃ、上がりなよ」
大和はそう言って笑った。紅葉達を見て、何故か、寂しそうに微笑みながら。
大和って名前、前々から使いたかったんでようやっと使えたー!




