第三十話 犯人、終結…?
紅葉は素早く大鎌を回転させると柄の方を犯人の腹に突きつけた。腹を抑え、前のめりに一瞬なった犯人の手元に鋭い一撃が走る。何事だと横目で確認すれば、右手は真っ赤に染まっていた。スディの銃弾が当たったのだと頭の隅で冷静に分析する。前のめりになったその一瞬に犯人の背へ雛丸が跳躍し、背後から首根っこを掻き切る。何も吹き出ないのは人間ではないからだろうか。残った剣を背中に乗る雛丸に向けて突き刺し、続け様に前方の紅葉にも振る。紅葉は大鎌の刃物部分と柄の部分をうまく使いながら犯人の攻撃を防いでいく。と、ゆっくりと足を一歩後方へ引いた。その隙間に薙が滑り込み、雛丸のように首を狙って一線。首に食い込む刀を煩わしそうに手で大きく払う。今度は背後から気配がした。薙を紅葉ごと弾いて背後を振り返り様に剣を振る。その一撃を扇を横にして白桜が防ぎ、もう一扇を何も持っていない片腕に叩き込む。途端に痺れる痛みに犯人は面食らったように後退った。そこへいつの間にか白桜と入れ違いに懐に入り込んでいた雛丸が犯人の心臓にナイフと短刀をまとめて突き刺す。犯人が軽く仰け反った。痛いのか。容赦なく刃物を抜き、雛丸は白桜と共に後退する。
「兄さん!」
「分かってます」
紅葉の叫び声に犯人はハッとしたかのように仰け反ったまま後方へ後転すると低い態勢のまま、雛丸の背後にいる白桜目掛けて跳躍する。なにかやられる前に片をつけたい、そう思うのは必然的だった。スッと白桜の懐に潜り込んだ。目を見開く彼が目の前にいる。とその時、背筋を伝う嫌な気。気づいた時にはもう、遅い。
「…………〈華嵐〉」
ブワッと白桜を包み込むように大量の桜の花びらが舞う。白桜を覆い隠し、犯人の視界をも覆い隠す。仕方なく頭上へ跳躍するしかいない。スパン、と耳元で音が響いた。スディの銃器が自分を狙ったのだとすぐにわかった。が、跳躍しながら襲ってきたのは思わぬものだった。突然、水の手が空中を漂っていた犯人を捕らえたのだ。水であるにも関わらず、身動きしても抜け出す事は叶わない。ギリギリと水圧が犯人を押し潰して行く。
「ふふ、どう?私の〈運命神の水〉は?」
愉快げな、カラコロと笑う声の方向に視線を向ければ、ムーナが日傘をくるくると回して笑っていた。その隣には薙と紅葉がいる。ムーナは腕をスッと横に振った。途端、犯人を捕らえていた水の手が壁に激突した。そしてそのまま崩れ落ちた尖った瓦礫へと犯人を投げ飛ばした。受け身も取れぬままに犯人は飛んで行き、瓦礫へと突き刺さった。尖った部分が心臓に突き刺さり、犯人は痛みからか痙攣を繰り返す。犯人を警戒しつつ、近くにいた雛丸と白桜、そして多くの銃口を向けたスディがジリジリと近づく。周りでは化け物が完全復活をしなくなったために化け物の中では混乱が起き、闘える者達の中では勝利が巻き起こっていた。
「『勇使』の容姿にそっくりだが……動きからして化け物だよな?」
「うん。普通、ヒトだったら即死だもんねー」
スディがそう言うと雛丸が肯定する。痙攣しているが、普通ならば即死だ。人間ではない。だが、何故人間のような姿をしているのか。まさかムーナの言う通り、魂を売った?痙攣していた犯人の濁った目と考え込んでいた白桜の目があった。白桜は弾かれたように雛丸とスディの目の前に躍り出た。その瞬間だった。ドロリと犯人の顔が溶け始め、手にしていた毒々しい紫色をした剣が本当の毒となって三人に襲いかかったのは。
「雛丸!」
「兄さん?!」
「スディ!」
背後にいる三人の悲鳴が聞こえる。白桜は目を見開く二人を背に隠したまま、二扇を前方に構える。扇の先から細かな粒子が舞う。無意識のうちに共通能力を発動していたらしい。まぁ、緊迫した状況で、気づいた時にはほぼ手遅れ状態だった白桜には関係のないことだが。白桜は飛んで来た毒を二扇で弾いた。弾いた毒は犯人に跳ね返り、目に直撃。毒はドロドロと犯人の顔を溶かして行く。その様子は不気味以外の何物でもない。自らの毒に犯された犯人はスライム状の化け物となって最後には沈黙した。それを遠くから見ていた紅葉はホッと胸を撫で下ろしたように呟いた。
「人間でもなかった指揮官は、人の皮を被ったまさに化け物だったんだね…」
ムーナ達が集めた目撃情報は紅葉の言う通りの人の皮を被った化け物だったのだ。人の皮を被った化け物を人間と勘違いしたのだ。だがその化け物を指揮し、襲撃を繰り返していた容疑者はいなくなった、今まさに。似ていた容姿はただ単に利用されただけだったのだろう。その事実に紅葉も薙も胸を撫で下ろした。
「白桜!ねぇ大丈夫?!」
「「「!?」」」
雛丸の緊迫した声に三人は飛び上がった。そしてその方向を振り返ると白桜が雛丸に寄りかかるようにして倒れていた。此処からでも白桜の顔色が悪いのが見て取れる。なにか言うよりも早く、紅葉が駆け出した。その次に薙が続き、ムーナも心配した様子で続く。スディに至っては心配そうにオロオロとしているばかりである。雛丸が必死に自分に寄りかかる白桜に声をかけている。気絶するなと言わんばかりに叫んでいる。その声は悲痛で、目尻には涙が溜まりつつある。なにが起こったのか、良く分からなかった。しかし、近くまで来てみるとその現状がわかった。恐らく、白桜が弾いた毒が全て弾ききれなかったのだ。その毒が何処かに当たったのだろう。良く見れば、白桜の腹辺りが毒々しい紫色に染まっており、毒が直撃した事を物語っている。
「白桜、白桜、死なないでぇ……」
「……っ、大丈夫、ですよ…っっ」
毒が体中に回り始めているのか、白桜は青白くなった顔を歪ませ、時折体を痙攣させる。彼が苦しむ姿に同情するように雛丸の顔も歪んで行く。
「兄さん!!」
「紅葉、使え!」
「わかってるっ!〈陰陽魔杯・陽〉!」
三人の元に滑り込むようにして紅葉と薙が駆け込んで来る。と紅葉はすぐさま白桜の腹辺りに手をかざし固有能力を使う。ムーナとスディの驚愕した表情と視線なんて知ったことか。兄から毒を抜かなければ。ただ、それだけだった。乱暴に叫んだと同時に仄かな優しくも暖かいオレンジ色の光が白桜を包む。その光が白桜に吸収されていくと彼の苦しそうだった表情が安らかなものになっていく。光が消え、白桜が小さく息を吐く。痛みと毒がなくなったようで、白桜がゆっくりと起き上がる。腹にあった傷も他の傷も治ったらしい。紅葉や薙、雛丸、ムーナやスディの傷も近くにいたために癒されたようだ。
「………………白桜?」
「もう大丈夫ですよ雛様。紅葉、ありがとうございます」
雛丸が小さく彼の名を呼ぶと白桜はにっこりと笑って振り返った。大丈夫だよ、と。その途端、安心したのか雛丸はボロボロと涙を流しながら白桜に抱きついた。紅葉も安心したようで大きく息を吐き出すと抱きつかれた白桜の肩勢い良く、ぶつかるようにして顔を埋めていた。
「兄さん~」
「はいはい、私は無事ですよ。ご安心なさい」
「白桜~」
「嗚呼もう、雛様もですか。ご安心してください」
クスクスと白桜が自分の胸元で安心して泣きじゃくる雛丸の背を優しく撫でながら、同じように自身の肩に顔を埋める紅葉の頭を優しく撫でる。
「お主らなー安心したのは分かるが白桜の体調も考えろっての」
「ふふ、微笑ましいわね。ねぇスディ」
「嗚呼、そうだなお嬢」
薙が腰に手を当て二人に向かって言う隣でムーナとスディがクスリと笑う。優しい月光の下、化け物殲滅は終了した。
速度早いですかね?少しペース落とそうかな…




