第二十九話 犯人、襲来
パチン、と鳴らした指の音と共に目の前で倒れていた化け物達が復活して立ち上がる。「またかっ!?」と云う声を上げ、疲労困憊の者達を見て、口角を上げて嗤う。相手は怪我を負った人間達だ。一方こちらは無限に回復する化け物。水の膜でこちらを閉じ込め、逃げ道を塞いだまではよかったが、自分達の体力が先に尽きるとは思わなかっただろう。策に溺れた、と云ってもいいかもしれないと人間側を嘲笑う。と、前方からなにやら気配を感じた。顔をハッと上げる。がそこには誰もいなかった。いや、いる。背後を振り返りながら後退するとそこには大鎌を振り上げた紅葉がいた。気づかれた事に悔しそうな表情だったが、勢い良く大鎌を振り下ろした。その早い一撃をかわし、後退する。そのまた背後に薙が迫り、刀を突き刺す。判断が遅れたようで右腹に刀が突き刺さる。薙がしゃがみこみ、その足を刈る。後方に倒れていく敵、犯人にスディの銃器の嵐が襲いかかる。薙は移動が危ないとわかっているのか移動はせずに犯人を盾とする。銃弾の嵐が止むと犯人は前へ膝をついて倒れた。薙は首根っこに刀の切っ先を当てながら警戒する。そこへ紅葉もやって来る。紅葉は薙を心配そうに窺いつつも、警戒した様子で大鎌の切っ先を犯人の頭の方へ向ける。その顔は不思議そうに歪んでいる。
「……早くない?」
紅葉の疑問ももっともだ。こんなに隙が多いだなんて、指揮官としては致命的だ。銃弾の嵐は薙にとっても自分に当たらないかひやひやしたが、そんなことは今良い。微動だにしなかったのだ。銃弾に撃たれてをもなお。まるでそうするのが当たり前であるように。人間であれば、すぐに紅い血を出して死んでしまう致命傷を簡単に体に受けるだろうか?……
その瞬間、薙は弾かれたように紅葉に手を伸ばした。
「っ!紅葉、来い!」
「う、え、薙ちゃん!?」
突然、歯を食い縛るように顔を歪め、紅葉の手を引いた。驚く彼を犯人から引き離しながら、片手で後方にいるスディにも下がれと促す。紅葉が犯人を見下ろし、気づいた。
「……!血!」
「嗚呼そうだこいつは恐らく、人間じゃねぇ!!」
そう、人間であればこれだけの銃弾を浴びた瞬間から血が噴き出すし、その血は背後にいた薙にもその血がかかるはず。しかし、それはなかった。そこから考えられる事は一つ。人間ではない、異常。距離を取った二人を見て、敵が口角を上げて嗤い、ゆっくりと起き上がった。蜂の巣状態だった体の穴が指を鳴らした途端に塞がれていく。まさかの事態に紅葉も薙もスディも、今まさに応援に駆けつけようとしていた雛丸達もあんぐりと口をあける。化け物と同じ体質なのか否や、顔は人間のように表情豊かだ。
「……ば、化け物に魂を売ったとでも云うの?」
「いえ、違うかと思います」
掠れたような声で呟いたムーナの仮説を白桜が否定する。掠れたような声が、驚愕の大きさを物語っている。完全復活した敵は仰け反ったままだった首をカクン、と前方にもたげると三日月のように口角を歪めた。その表情があまりにもいびつで不気味だったので雛丸とムーナが小さな悲鳴を上げて後退った。二人を守るように白桜が前に出る。
「姿はヒトなのか」
「え、これって人間なの化け物なの?」
「判断が難しいな。でも」
刀を構え、薙が云う。
「捕まえればわかる」
「そうだね。やるか!」
ブンッ!と大鎌を振り、紅葉が叫ぶ。二人の真剣な瞳が雛丸と白桜を捉える。その瞳に二人が頷いた。スディはまだ犯人を『勇使』だと思っているのだろうか?まぁ、今それは良い。薙と紅葉が犯人を睨み付ける。犯人がブンッと片手を振るとそこにマジックのように剣が現れた。刃のところが何故か毒々しい紫色をしている。薙と紅葉が犯人に向かって跳躍した。それと同時にスディが銃器達に指示を出す。駆ける二人の背後から銃弾の嵐が犯人を襲う。がその銃弾の嵐は全て剣で弾かれた。そこに薙が上段から刀を振り下ろす。剣を横にして防ぐとその横から紅葉が大鎌を少し距離があいた状態で振る。大鎌のリーチを考えての事だろう。だが犯人は薙の腹を蹴って後退させ、大きく頭上へ飛んだ。そして降下を利用して大鎌を振ろうとしている紅葉に向かって剣を突き刺した。大鎌を引き戻そうにも振ってしまっているため防御態勢が取れない。紅葉が頭上を見上げ、ヤバいと目を見開いた。ズドン!と音がして土煙があがった。土煙が晴れると犯人の足元が大きく凹んでいた。古城が今にも崩れるのではないかと云うほどに小刻みに揺れている。犯人は口角を上げて嗤っているがその笑みは張り付けたように見える。まだ晴れていない土煙の中から再び銃弾の嵐と共に薙と雛丸が現れた。その背後にはムーナを中心に薄い水の膜に包まれた紅葉がいた。紅葉が覆っていた顔を上げ、ムーナを振り返る。振り返ると彼女は心配そうに軽く首を傾げた。その膜の横から白桜が二扇両手に飛び出すのを見て紅葉はムーナに向かって大丈夫と笑いかけると、自らも飛び出した。
「〈能力値上昇〉、〈氷の刃〉!」
クルン、と手首を回す白桜。すると右の扇から虹色の粒子が溢れ、攻撃を加えようと跳躍し、駆ける薙と雛丸に吸い込まれた。また、左の扇を横にピッと切ると犯人の足元の凹んだ地面に鋭くも冷たい氷の刃が突き出る。その刃は犯人の首筋を狙っていたが剣でその氷を砕く。そこへ頭上から再び、薙が攻撃をする。爪のようにカーブしている氷の上へ上手い具合に着地すると犯人へ刀を振る。ピシッと氷が悲鳴をあげる音と共に刀と剣が交差する。力の押し合い。犯人は見た感じからして男だ。男と女、剣と刀、力も武器も違う二人がぶつかり合う。ギリ、と共通能力で上がった攻撃力が犯人の剣を押して行く。と犯人は両手で持っていた剣の柄から片手を外し、その片手を背後に振った。そこでもまた甲高い音がした。背後にいつの間にか雛丸が回り込み、脇腹と背中目掛けてナイフと短刀を突き刺そうとしていたのだ。だが、犯人のその手には薙の攻撃を受け止めているのと同じ剣があった。防がれた攻撃に目を見開く雛丸。グルン、と犯人が半回転し、二人の体が回転の勢いで前方に舞う。両手に持った剣の隙間から犯人が指を鳴らそうとした。銃弾の嵐を器用に避けながら。それよりも早く、紅葉と白桜がそれぞれ薙と雛丸の腕を引っ張って後方に放ると犯人に武器を振る。指を鳴らそうとしていた犯人は二本の剣で二人の攻撃を防ぎ、バッと大鎌と扇を弾く。弾いた拍子に紅葉と白桜の腕を切り、深手を負わせる。痛みに顔を歪める二人を嘲笑い、足に力を入れた。その時、気づいた。兄弟二人も笑っていることに。




