第二十八話 水の二刃と扇
雛丸は交差した両腕を解きながら、立ち上がる。雛丸の背後ではばつ印をつけられた化け物がゆっくりと後方に倒れていくところだった。雛丸は横から来た一撃を態勢を低くしてかわすと攻撃してきた化け物の懐に向かって迫る。化け物は突然現れた雛丸に驚いたように身を引いた。雛丸がその化け物の首目掛けてナイフと短刀を突き刺した。化け物が痛みに後方へ仰け反る。と、その化け物が手にしていた刃物を後退しようとしていた雛丸に向かって無我夢中で振り回す。その数撃が雛丸の体に食い込む。その浅くも深い痛みに顔を歪めながら、雛丸は仰け反る化け物の顔面に蹴りをお見舞いする。倒れていく化け物から距離を取る雛丸。その時、両腕を誰かに掴まれ、体が空中に浮いた。
「ふぁ!?」
驚きと両腕に食い込む鋭い爪の痛みに雛丸は慌てて頭上を見上げた。すると自分は鷹のような化け物に両腕を掴まれている事が判明した。化け物は羽を自ら抜け落ちさせると足元にいる雛丸に向けて落とす。上から降ってくる刃物の群れに雛丸は両腕を振り回した。そして、仕方なさそうに足をぶらぶらさせると勢い良く鉄棒で逆上がりをする要領で足を上へ上げた。化け物の羽の上にうまく足をかけ、自分を離させる。化け物の上にバランス良く乗ると化け物は雛丸を振り落とそうと右へ左へと揺れ動く。それを間に受けて落ちるよりも早く、体を屈めるとその羽を二つの刃物で切り裂く。落下していく化け物の上からバク転しながら地面に着地する。立ち上がった際に少し眩暈がしてよろけてしまったがきちんと立つと背後から攻撃してきた二体に向けて、振り返り様に刃物を突き刺した。がナイフと短刀は意図も簡単に防がれ、もう一体の化け物が雛丸に向かって腕を振った。武器を化け物に向けていた雛丸はう防御態勢など取れるはずもなく、そのまま吹っ飛ばされる。
「雛様!」
その緊迫した声と共に雛丸の体が抱き留められる。雛丸が固く瞑っていた瞳を開ければ、自分を受け止めたのは白桜だとわかった。白桜は雛丸が無事な事にホッと胸を撫で下ろすと雛丸を降ろし、目の前の化け物に向かって跳躍した。振り下ろされた刃物を寸前で上へ飛んでかわし、そのままその化け物の頭の上へ着地する。もう一体が白桜目掛けて刃物を振るがそれは味方の頭をスッパリと切ってしまった。白桜はその一撃をかわし、やっちまったと慌てる化け物に向かって二扇を切りつける。化け物の腕が地面に鈍い音を出して落下した。化け物は気を取り直し、もう片方の鋭い爪を白桜に向かって振り切る。それを片方の扇で防いでもう片方の扇でその爪ごと腕を切り落とす。痛みに悲鳴をあげかけた化け物の顔面に容赦なく二扇を切り込ませ、後方へ倒す。
と、背後から再び攻撃が襲った。パシュン、と云う小さな破裂音に振り返れば、肩に何かがかすった。小さな痛みが肩にじわりと広がる。それを横目で確認し、振り返るとそこにいたのは銃剣を器用に尻尾で持った四足の化け物だった。どちらと云うわけもなく、互いに跳躍し、爪と扇を交差し合う。時たまに尻尾が銃剣を白桜に向け、彼に傷をつけて行く。白桜は一か八かで化け物の足元に攻撃をかわして滑り込むと胴体を下から切り刻んだ。驚いて前足を持ち上げる化け物の背後に回り込み、尻尾が持っていた銃剣を奪い取ると容赦なく引き金を引いた。銃剣から伝わる振動が肩の傷に響く。蜂の巣になって倒れた化け物を見て白桜は軽く息を吐いた。
「白桜すごーい!」
ピョン、と云う音が効果音でついてきそうな感じで雛丸が白桜の隣に現れる。二人共、攻撃を受けていたので傷だらけだ。白桜は手にしていた銃剣の刃物の部分を根元から折ると地面に放った。二人が並んだのを狙ったかのように化け物が彼らを囲む。二人に向かって刃物の切っ先を向ける。白桜が扇を構え、片手を雛丸の前に出して庇うような態勢を取る。が雛丸は大丈夫と云うように愉快そうに笑った。
「んふふ♪大丈夫だよ白桜!」
「どういう事でしょうk」
刃物二つを持った両手を挙げながら雛丸が言う。それがまるで合図のようで。その雛丸の行動に促されたかのように化け物が一歩踏み出した。途端、化け物達を何処からともなく現れた大量の水が化け物達を包み、そのまま窒息死させて行く。窒息死して倒れていく化け物達の間を優雅に進みながらムーナが現れる。白の日傘をさし、彼女の周りには水の水滴が天女の羽衣のように舞っている。
「ナイスムーナさん!」
「助けるのは当たり前よ」
こちらに歩み寄って来たムーナと雛丸が笑い合う。二人の可愛らしい笑みに場違いでありながらも白桜は和み、頬を綻ばせた。その時、異様な気配を感じて雛丸と白桜が瞬時にムーナを背に隠した。身長的に雛丸は隠せていないが。と、窒息死したはずの化け物達がゆっくりと起き上がり始めた。完全復活したのだ。驚愕の光景にまさかと視線をある方向に向ける。三人共に向けた方向は同じだった。悠然と佇む第一容疑者。第一容疑者がこちらを見て、嗤ったように見えた。クッ、と喉から声を絞り出すようにムーナが眉をひそめる。
「まずは容疑者から、と云う事でしょうか」
「そのようね」
白桜の言葉にムーナが言う。クルリと日傘を回し、片腕を広げると片腕に水が羽のように纏う。雛丸がナイフと短刀の刃物を擦り合わせ、唇をぺろりと舌でなめる。その舌の動きがあまりにも妖艶で化け物が雛丸を侮っていたのか、後退りした。クスリ、と袖口で口元を軽く隠して白桜が笑う。牡丹色の瞳が、雛丸の動きと共に細められる。
「んじゃ、殺っちゃおっか!」
「後方支援は任せてちょうだい」
「微弱ながらも、行かせてもらいます」
三人が化け物と犯人に向かって跳躍した。




