第二十五話 戦闘開始前
ベッドの上に雛丸によって連行された薙は自分の手を取った雛丸から手を引き抜いた。それに雛丸は不満そうに頬を膨らませた。
「なんで?薙」
「妾は良い。爪に色を塗るって、なんか違和感があんだよ」
薙の言い分に雛丸はうーん、と納得しつつも顔を歪めつつもと複雑そうな顔をしている。いつもの事なのだが、雛丸は薙の爪に塗りたいのだ。あんなに綺麗な円形で、スベスベしているのだからきっと綺麗に仕上がるに違いない、と。二人の会話にムーナが小さく笑いながら言う。その爪は雛丸の爪と同じ色に塗られており、月光に当たって美しく輝く。
「まぁ良いじゃない。私は好きよ?ヒナさんのネイル……あんまり、贅沢しないようにって自分に制約をつけてるからこういうのは嬉しいわ」
「………女の子がおしゃれするのは贅沢なのか?」
「え?」
ムーナの言葉に薙が言う。ムーナは驚いたように声をあげた。薙はベッドの上に片足を立てて座り込むと背後の二人を振り返った。
「確かにお主は王の子で、街を治める指揮官であり指導者だ。だがな、誰がお主に贅沢をするなと決めた?好きな人の前に出る時くらい、おしゃれするだろう?街の女の子達と恋バナで盛り上がるだろう?そんぐらい、まだお主は子供なんだよ」
「そうだね。まだ女の子の位置だもん。周りの人に頼っても良いんじゃない?頼っても良いじゃん、子供なんだし。親にとっては子供はいつまでも子供でしょ?すぐに大人にならなくてもゆっくりで良いと思うよ?それに」
薙の言葉を受け継ぎ、雛丸が言う。雛丸はムーナの頬を牡丹色に塗った爪を持つ手のこうで優しく撫でた。突然のその行為にムーナが驚き、頬を仄かなピンク色に染めた。
「マニキュアくらいなら許されると思うよ?ムーナさん、こんなに可愛いんだからさっ!」
「………天然タラシ」
「はぁ!?ボク、タラシじゃないもん!事実言っただけだよ」
「それがタラシって云うんじゃねぇのかよ?!」
真っ赤に染まったムーナを見て薙が少々あきれたように雛丸に言えば、雛丸はそう反論する。うがー!と両腕を挙げて狼のポーズを薙に向かって取る雛丸を薙は楽しそうに笑って回避する。雛丸も楽しそうだ。それを見ていたムーナは紅くなった頬に両手を当て、その熱を確かめる。小さく「頼る…か」と呟く。上に立つ者だから頼ってはいけないと思っていた。自分だって街の女の子達のようにおしゃれをしたい。彼女達は今のままの自分を可愛いと言ってくれるが、それはお世辞ではないかといつも疑ってしまう。お世辞でも嬉しいけれど。けれど、とても嬉しそうに、楽しそうに色々話してくれるのが一番嬉しい。……今度、街の女の子達におしゃれについて聞いてみよう。ムーナはそう内心決め、その決意を示すように両手を握りしめた。
「ちょっと雛丸ームーナさんにちょっかい出さないでよースディさんの嫉妬が凄い」
「は、はぁ!?僕は嫉妬なんか……!黙ってろモミジ!」
男子側の方から悪戯っ子のように声を弾ませた紅葉の声が聞こえた。一斉に彼らが男子側を振り返れば、紅葉に向かってやめろと片手を伸ばしつつあるスディとそれを体を揺らして遊ぶようにかわす紅葉、それらを止める事もなく愉快そうに見ている白桜がいた。前髪でよくわからないが、スディの耳が紅く染まっていて、先程の紅葉の言葉が事実だと教えてくれる。その様子にムーナはクスリと笑った。と、ドン、とムーナの背後に衝撃が来た。ムーナが背後を振り返るとムーナと薙の背中に抱きつくようにしている雛丸が男子側を見て、ニヤニヤ笑っていた。
「むふふ♪」
「笑ってやるなよ雛丸」
「ん~♪」
「ハクオウこいつ捕まえろ!」
「なんで僕捕まる必要あるの!?」
「私が捕まえる義理はありません」
遊ぶようにスディから逃れる紅葉と白桜に向かって叫んで沈むスディ。夜の静かな空間に楽しげな声が響き渡る。化け物の襲撃なんて忘れてしまいそうになる。そんな空間を掻き消すのは、いつも突然なのだろう。その時、微かに空気が揺らいだ。それに気づかなかった者はいなかったようだ。夜の静かな空間に混じる微かな緊迫感。白桜が帯から扇を取り出すとゆっくりとベランダに近寄った。一度、背後を振り返ってシィーと静止する。銃器に手をかけたスディも白桜に続いて近寄る。二人がベランダ近くの壁に身を隠し、慎重に外を除き込んだ。窓ガラスを挟んだ暗闇になにかが素早く通り過ぎては消えて行く。目を凝らして良く見れば、それはムーナの読み通り、襲撃してきた化け物の群れだった。空を飛べる化け物の足元には全速力でかける歩行の化け物。後ろから誰かが追って来ており、逃げているのか両者共に物凄いスピードだ。と、白桜とスディの視線が緊迫感を孕んだまま部屋に返って来た。二人が慌てて身を隠したのを見て他もその意味を察する。
バサァ!と白桜とスディ以外がベッドの中に潜り込んだと同時だった。ベランダから入ってくる月光に暗い影が落ちた。その影は部屋の中を覗き込んで来た。その影には角が生え、牙が生えていた。布団の中で紅葉達は息を殺す。影は目当てのものがないと思ったのか行ってしまった。その影がいなくなったのをスディが慎重に確認し、軽く手を振った。空を切る音が部屋に虚しく響く。その音に安心したようにベッドに潜り込んでいた彼らが出てくる。その手にはいつの間にか武器が握られていた。安心感の中に緊張感と緊迫感が滲む。ベッドからゆっくりと降りたムーナに清くも美しい水が舞う。その水は月光に反射して天女の羽衣のようだ。
「作戦、開始だな」
「そうですね。では」
低い声で呟かれたスディの声に白桜は答え、ベランダの鍵を開けた。すきま風が武器を握りしめた彼らの頬を撫でて行く。これから始まる事を予想するように、結末を教えると云うように。ベランダを開け放ち、彼らは古城へ向けて足を踏み出す。さあ
「行こっか!」
真実を確かめに。




