第二十四話 襲撃数分前
化け物が襲撃してきて早二日後の夜。ムーナが宣言した日にちだった。紅葉達は宿屋の部屋のベランダ側のカーテンを外が見えるように開け放った状態にしていた。こうしていれば、敵が来たかどうかすぐに分かる。紅葉はベッドで寝転がっていた。ベランダからは月がよく見える。海にも月がうつりこんでおり、美しい風景だ。天井にはこの街をモチーフにしているのか、海と星々、建物が描かれている。子供が寝付くようにと描かれたのかもしれないと天井を見ながら紅葉は思った。と、ベッドが軋んだ。軽めの音だったのでなんとなく誰だかは判断出来た。ので起き上がらないでおいた。
「ねーむーいー」
「我慢なさい」
そう紅葉が云えば、ベッドの縁に座ったであろう白桜がクスリと笑いながら言う。ムーナに言われて、一日中真剣を尖らせているため、とても眠い。交代で昼寝をしたりと対策はしたが、眠いものは眠い。それを抗議するようにばふばふと両足をベッドに叩きつける。軽くも少し楽しそうな音楽を奏でるベッド。
「雛様と御一緒に御昼頃からずっと寝ていたではありませんか。私よりも長かったですよ?」
「うぅ…そうだけどさ。そういう兄さんは眠くないの?」
紅葉が「よっ」と声をあげながら勢い良く起き上がり、白桜を見上げる。白桜は人差し指を口元に当てて如何にも「内緒ですよ?」と言わんばかりに笑った。その笑みが妖艶で美しくて。白桜が紅葉においでと手招き、紅葉が近寄る。そして小言で彼は言う。
「共通能力を使用しました。眠気を飛ばしています」
「え、あ、ズルい!」
紅葉がそう声をあげれば、白桜は小さく笑いながら彼の頭を撫でた。頭を撫でられて紅葉は、嬉しそうである。白桜が紅葉に「紅葉も飛ばしますか?」と聞いて紅葉が「飛ばす!」と答えるのはこの後すぐの事だった。その様子をいつから見ていたのか、二人の近くから柔らかい小さな笑い声が響く。紅葉がそちらの方へ顔を向ければ、蛇のような目が不気味に暗闇に浮かび上がっていた。
「ハハハ、微笑ましいもんだな」
「え~?ムーナ様取られて不貞腐れてるくせに?」
紅葉がからかうように言い放てば、暗闇に浮かび上がった蛇の目、スディは口元を押さえながら二人の元にやって来た。
「不貞腐れてはいないさ。ただ、お嬢の行動に驚いただけ」
そう言って別の方向を見るスディ。その方向にはキャッキャッと楽しそうにベッドの上でお互いの爪にマニキュアを塗り合う雛丸とムーナがおり、同じくベッドの縁に座った薙が二人を微笑ましそうに眺めていた。
「薙も塗る?」
「それは遠慮する」
「良いじゃない、見るだけでも。ナギさんもこちらにいらっしゃい」
「ねー!おいで薙!」
「う、え、おい!雛丸引っ張るな!」
「ヒナさん、そんなに引っ張ったらネイルが取れちゃうわよ」
微笑ましそうに眺めていた薙が二人には羨ましいと見えたらしく、自分達の方へと雛丸が腕をグイグイ引っ張る。薙はそれを嫌そうな顔をしつつも抵抗しない。本当に嫌ではないのだ。その証拠に薙の顔は仕方なさそうに、満更でもないように笑っていた。ムーナに至っては雛丸と一緒に花のような笑みを浮かべている。周りに花が飛んでいる幻も見える。その微笑ましい光景から視線を外し、スディが胸を張るようにな?と首を傾げた。
「匿って」。そのムーナの意図は紅葉達と同じ場所で敵を迎え撃つ、と言うことだった。彼女のその言葉に一度は耳を疑った彼らだったが、ムーナの説明を聞いて納得した。ムーナ達兄妹の情報網によれば、二人の兄妹はちょうど仕事で街を視察中に襲撃を受けたと云う。昼間であったためにすぐに襲撃には気づけたが、気づいた瞬間にはこちらの指揮系統が壊されていた。しかも、化け物は街を治めている兄妹を的確に最初に狙って来たと云う。つまり、第一容疑者でもある人物がこちらの指揮系統を先に壊すよう指示している可能性がある。そこで敢えてムーナは敵の思考の裏を取ることにした。化け物の本隊が来ると予想される日時に姿を現さない、と云う作戦だ。指揮系統のトップを担う兄妹が一向に現れなければ、化け物は強硬手段に出る可能性が高い。今まで昼間に出現していたものが夜に出現する可能性もある。それにこの街の人々には此処数日、作戦実行中の間は外出を控えるように指示してある。損害と死傷者をできるだけ減らす対策だ。また、化け物が襲撃してきた場合、人があまりいない取り壊し予定であった古城に誘導し、殲滅及び容疑者捕縛という作戦である。そのため、身を隠すと云うことでムーナはスディが連れて来た彼らの寝床を隠れ蓑にしようとしたのだ。最近来たばかりの者達の情報は少ないため、辿り着けないであろうと踏んだようだ。もちろん、第一容疑者が『勇使』である可能性が高い以上、交換条件をした以上、全てを踏まえても頷くしかなかった。そのため、此処数日、彼らは一緒に行動していた。ムーナと雛丸、薙が仲良くなったのは言わずもながである。
「ムーナ様は兄弟や街の人々の事を良くお考えなのですね」
「幼い頃から王の子として、民を導くように育てられて来たらしいからな。ご兄妹の中では一番頭が回るらしい」
白桜の言葉にスディはそう昔を懐かしむように言う。らしい、と云うところが気になったのか、紅葉はスディに問う。
「らしいって、スディさんがムーナさんの部下になったのって引退してすぐなんじゃないの?」
「いいや?引退してしばらくは相方の都合で仕事は取らなかったんだ。お嬢の護衛となったのは友人の薦めでだ」
「ふぅーん」
紅葉の問いにスディは腰の銃器を優しく撫でながらそう答えた。頬の蛇が自分を見つめているような気がして紅葉は少し顔を俯かせた。それに気づかずにスディは二人の前にしゃがみこむと今度はこちらだと質問を返す。
「帝からの任務は聞かないが君達は、その、よかったのか?僕が情報を餌に引き入れてしまったようなものだし」
「良いのです。こちらは情報を求めておりましたし。それにどちらにとっても良い事ではないですか」
「だよねー兄さん!君が気に病む事はないよ!」
スディのその問いに兄弟二人は答えた。二人の答えに少し罪悪感のようなものがあったスディの表情は晴れ渡っていくようだった。ニッコリと柔らかく笑った、がやはり頬の蛇が気になる。その視線がスディに伝わったのか彼は頬の蛇を撫でながら言う。
「嗚呼、これか?固有能力の名残でな。納得したか?」
「うん、ありがと!」
紅葉がお礼を言って笑うとスディも笑った。




