第二十三話 その王女、この街の頭脳なり
とりあえず、化け物は全て殲滅した。死者はゼロ、負傷者数名。負傷者にはかすり傷などの軽傷から紅葉と白桜が負ったような中傷も含まれている。損害はなかったようだが、街の人々は恐怖していた。スディの言ったように次の狙いはこの街『シーナリィ』のようだ。しかし、多くの化け物を引き連れて来る指揮官らしき第一容疑者がいないことからこれは、前触れだと予想された。広場のベンチに片足を負傷した白桜と片肩を負傷した紅葉が座っている。白桜の隣、彼を心配そうに雛丸が見つめている。それを白桜は大丈夫だと安心させるように笑う。紅葉の前方には薙がおり、こちらも心配そうに彼を見ている。
「大丈夫か?」
「うん…大丈夫。このくらい平気!」
「平気に見えないけどな」
「むぅ…」
紅葉が自信満々に言った事を薙が一刀両断する。確かに紅葉は傷の痛みに度々呻いていたので平気とは言えない。それに白桜が微笑ましそうに袖口で口元を隠して笑った。
「兄さんまで笑わないでよ!」
「いえ…すみません。薙様の言う通りですよ紅葉」
「兄さんまで!」
「白桜も紅葉も、傷、痛くないの?」
しょぼーん、と云うように雛丸が二人に問う。二人は大丈夫だと笑って見せたが傷が痛むのか、時折顔を歪めている。薙が言う。
「紅葉、しょうがないから使え」
それに紅葉は困ったように顔をしかめた。
「でも……」
「もうスディにはバレてるんだ。共通能力にだって治療系があるんだ、中くらいまでの効果だけど。固有能力だとは思われねぇよ」
「うん、分かった。じゃあさ、薙ちゃんと雛丸も近くに寄ってよ。かすり傷も治しちゃう!」
「え、良いよーボクたちは、っと?!」
紅葉の提案に雛丸が離れようとするとその手を白桜が軽く掴み、引っ張った。白桜も心配らしく、治療してくださいと言いたげな表情だ。その表情に雛丸は少し思考し、観念したのか白桜に引っ張られるまま戻って来た。それを見て、紅葉はよしっと思ったが、他の人の目が気になったのかチラリと視線をさ迷わせた。薙はクスリと笑い、何気なく彼の前に移動した。紅葉はえっ、と彼女を見上げたが、薙は何も言わない。何も言わずとも通じるその絆に、紅葉は嬉しくなってふにゃりと笑った。嗚呼、心地良い。そして、能力を使う。
「〈陰陽魔杯・陽〉」
呟くように言った紅葉を仄かなオレンジ色の光が包む。その優しくも暖かい光は他の三人をも包み、傷を治していく。慣れない、いやあまり慣れたくもない、傷が塞がっていく感覚に紅葉は身を捩らせた。紅葉は『勇使』ではないが固有能力を持つ珍しい人材である。普通、部下や相棒となる『勇使』の相方が『勇使』のように固有能力を持つ事は珍しく、人によっては共通能力さえ持っていない者もいる。紅葉はそんな珍しい、だった。一方、白桜も珍しく、以前も言ったように共通能力を多く持つ。普通は一つか二つ、多くて四つなのだが、それ以上である。兄弟揃って珍しい人材である。傷が完全に治り、紅葉が傷があった片肩に手を触れる。触った時は痛かった痛みがもうない。治った証拠だ。ついでに服も修繕される。なんと嬉しい事か。痛んでいた足を軽くぶらぶらさせながら、白桜が足の調子を確かめる。大丈夫らしい。それに安心した雛丸が彼に抱き付き、嬉しそうに笑った。薙と雛丸のかすり傷も綺麗になくなっている。
「やっぱり、お主の固有能力は良いな」
「なに言ってんの~薙ちゃん。薙ちゃんの方がスゴいよ!」
ニッコリとそう笑って言う紅葉に薙も笑った。と、そこへスディと少女がやって来た。少女は彼らを値定めするように見る。そうして、クルクルと日傘を回す。スディが彼らに蛇の目のような瞳を向け、笑う。
「お嬢、彼らが先程言った故郷の友人達で、僕の応援要請を受けて来てくれた助っ人です」
「そう。まず最初に、来たばかりなのに化け物を倒してくれて感謝するわ」
高貴そうなオーラとずっと指しっぱなしの日傘から気難しそうな性格かと思っていたが、どうやらそうではないらしい。少女はスカートの裾を軽く摘まんで彼らに向かって可愛らしくお辞儀をする。そして、彼らの目を見て、名乗る。
「私は『ヴェーシーラ国』の王が娘、『シーナリィ』を治めるムーナ・ルナン。よろしくね」
そう言って少女は可愛らしく微笑んだ。少女、ムーナ・ルナンは淡黄色のロングヘアーで腰辺りまでの長さ。瞳は柑子色。頭には白い花が控えめに添えられたカチューシャをしている。服は白を基調に、黒をアクセントに入れたツーピース、靴は灰色の靴。そして手には控えめなフリルや飾りがついた日傘。王の娘、街を治める者にしては豪華ではなく、控えめな格好である。それが彼女の着飾らない美しさやこの街の人々に好かれる理由のような気がした。もちろん、ムーナの性格や政策もあるだろうが。
「お嬢、紹介します。左からハクオウ、ヒナマル、モミジ、ナギです」
スディがそう彼らを紹介してくれた。表記がカタカナな気がするが放置する。ムーナは一人一人と目を合わせて軽くお辞儀をする。紅葉と雛丸が名前を呼ばれて「「はーい」」と返事をしながら手を挙げ、白桜は軽く頭を下げ、薙は片手を軽く振った。雛丸は白桜の隣に立ちながら嬉しそうに頭を撫でてもらっている。紅葉と薙がなにやらこそこそと楽しそうに話しては笑っていて、ムーナはふと、幸せそうだなと思った。が、ハッとして彼らに言う。
「助っ人として来てくれた事に感謝するわ。此処からが本題よ」
ムーナの真剣な声色に全員の顔が引き締まった。それを見てスディが蛇のような瞳を細めた。
「化け物は、私達の妹が治める街と私達の兄上が治める街を襲い、多くの死傷者と損害を出した。此処まではスディに聞いていると思うわ。今日のこの襲撃は前触れ、犯人はご親切な容疑者なのね……まぁ良いわ。本当の襲撃は本日夜から明後日までの期間だと予想されてるわ。お願いしたいのは、助っ人の事もだけれども、もう一つ」
スッ、と人差し指を立ててムーナが笑う。次の言葉に耳を疑ったのは、誰だっただろうか。
「匿って」
ゴールデンウィークが終わるぅう!
(何かを言いたくて叫んだ人←)




