第二十二話 舞い上がれ
「〈運命神の水〉」
サァと少女の周りを清い水が舞ったかと思うと目の前で彼女に矛先を向けていた化け物に襲いかかった。大量の水は化け物をコンクリートの地面に押さえつけ、その首を掴み上げるとグギィと嫌な音を立てて捻った。途端に化け物は息絶えたようでぐったりと地面に倒れた。首は可笑しな方向に曲がっている。少女はその化け物を忌々しげに見つめ、ため息をつく。周りでは逃げ惑う人々と闘う事ができる数人が化け物に応戦し、混乱を極め、カオス状態だ。化け物の数は多くはない。けれど空を飛んでいるため、攻撃は容易くない。少女はクルンと日傘を回す。水が少女の頬に彼女の心情をわかっているかの如く、頬擦りしてくる。と、その時、少女に向かって頭上から急降下してくる化け物がいた。しかし、少女も水も動かない。ズバンッ!と鼓膜を破る鋭い音が響いた、かと思うと翼を持っていた化け物が落っこちた。翼を打つ抜かれたようだ。コンクリートの地面に叩きつけられた化け物に容赦なく先程の水が襲いかかり、仕留める。少女は日傘をクルクル回しながら近づいて来た人物に言う。
「遅いわよスディ」
「すいません。手数を増やしてました」
銃器を肩に担いだスディが不機嫌そうな少女に謝罪する。少女は何を言う事もなく、彼がいう手数に視線を向けた。そして、ニッコリと微笑んだ。
「スディ、解放しても良いわよ?」
「………ハハハッ!」
愉快そうなスディの笑い声が響いた。その目は興奮したように軽く充血していた。
…*…
化け物に向かって大鎌を振り回していた紅葉。化け物は紅葉の攻撃をひらりひらりとかわす。それがずっと続き、だんだんイラついて来た紅葉は攻撃に隙が生まれていた。それを嘲笑うように羽を持った化け物はケラケラと笑う。紅葉が眉をひそめて大鎌を握りしめる。と背後に迫っていた気配に気付き、大鎌を振り返らずに回した。切った感覚に紅葉が軽くドヤ顔をかます。しかし、空を飛ぶ化け物がそれでも紅葉を嘲笑っていた。それに違和感を持った紅葉が背後を横目で振り返ると片腕をなくした影のように長く細い化け物が紅葉に向かって刃物を振り下ろそうとしていた。ヤバい、そう思った紅葉は素早く態勢を低くすると背後にいた化け物に向かって大鎌を振る。それで化け物は足を切られ、軽く後退するが今度は空を飛ぶ化け物が紅葉に迫る。挟み撃ち。紅葉はクルンと後ろに後転して頭上からの一撃をかわすが、片肩の痛みに顔を歪めた。そこを見ると血が滲んでおり、羽ばたく化け物を見るとその鋭い刃物に血がついていた。かわした拍子に切られたらしい。紅葉はクスリと笑って、大鎌を両肩に担いだ。そしてそのまま、バッと跳躍すると影のような化け物に向かって大きく大鎌を振り下ろす。それを防ぐ化け物。紅葉の背後にあの羽を持った化け物が迫る。化け物の刃物を弾いて大鎌を振り回す。化け物二体が攻撃を受け、吹っ飛んでいく。
しかし、それで終わりではないらしく、羽を持った化け物は空中で態勢を立て直すと集まって来た別の化け物に気を取られている紅葉に向かって迫った。攻撃を受け流した紅葉の視界に羽を持った化け物が入る。とその時、その化け物の体が真っ二つに裂けた。驚いたように目を見開く化け物の体はコンクリートに衝突する。衝突する寸前に見たのは、白桜だった。白桜はピッと片方の扇を払い、化け物に囲まれつつある紅葉に向かって跳躍した。が、片足に突然、痛みが走った。思わず何事だと振り返ると空中にはまだ飛んでいる化け物がいた。白桜を攻撃したのは火縄銃を持った化け物で銃口から煙が上がっている。白桜は軽く眉をひそめると痛む片足で跳躍した。頭上からの攻撃をかわしながら、化け物を踊るように切り裂いて行く。だが、大鎌で攻撃する紅葉と同じですぐには倒れない。体力が多いのか。そう思いながら、目の前の敵を二扇で分解した。
「紅葉!」
「!兄さん!」
紅葉が白桜の声に反応する。交差していた化け物の刃物を蹴り上げるとその胴体に大鎌を振り、切り裂く。そして負傷している肩を軽く押さえながら白桜に駆け寄った。白桜は紅葉の肩の傷を見て、顔を歪めた。しかしそれは、彼の足元を紅く染める傷に気づいた紅葉もだった。
「肩、大丈夫ですか?」
「兄さんも、足大丈夫!?」
「「!?」」
兄弟を労る彼らが殺気に気付き、背中を合わせて武器を構える。兄弟二人の周りを先程真っ二つにしたのに、二体となっている化け物やその他の化け物が囲む。中にはちゃんと倒せたものもいるようだが、先程よりも数が多くなるのは何故だ?
「さっきよりも多いよ?!なんで?!」
「私にもさっぱりです……真っ二つにした敵も何故か最初のように動いているようですし…」
チラリと紅葉がスディや少女、他の戦闘が出来る者達を見ると彼らも自分達と同じく、大変そうだ。が視線が上に行っている。スディが銃器を上空に向かって乱れ撃っている。その方向へ視線を向けるとそこにいたのは、羽を持ち、杖を持った人間のような化け物だった。いや、正確に云えば化け物ではないかもしれない。顔が見えず、顔を隠すようにフードをかぶっていたからだ。その人間のような化け物が持つ杖の切っ先は仄かに輝いており、その仄かな光は眼下で暴れまわる化け物達を包んでいる。その光が消えると化け物達は最初のように狂暴となる。嗚呼、なるほど。そういうこと!
「あの敵を落とさないことには終わらないと云うことですね」
「どうする?兄さん?」
「私の共通能力を使って捕縛しても良いですが、その間、私は無防備になってしまいますし、万が一逃した場合、二人揃って窮地に陥ってしまいます」
「う、うーん……どうしたら…」
「ボクに良い案があるよ♪」
悩んでいた兄弟二人の耳に届いたのは、楽しそうな雛丸の声だった。二人が振り返った先の化け物の群れが道を譲るように割れた。いや、正確に表現すれば化け物が左右に吹っ飛んだのだ。化け物が吹っ飛び、動かなくなった場所に悠然と立つのは紅葉と白桜の主であり相棒の薙と雛丸。薙は刀についた化け物の血であろう黒い血を払い、雛丸も「汚い!」と文句を垂れながらナイフと短刀についている黒い血を払う。かすり傷が所々にあったが、その姿は美しくも強くて。嗚呼、さすがだとしか言いようがなくて。
「………薙ちゃんも雛丸も強くない?」
「………それは同意します」
「僕、一生薙ちゃんに勝てない気がして来た……」
二人はそう言い、周りにいた化け物達に向かって武器を振り回す。倒せる化け物は倒し、倒せない化け物は後方に下がっていく。薙と雛丸が倒した化け物で出来た道を駆け足で通ってやって来る。周りにはまだ化け物がいる。
「雛様、良い案と云うのは?」
「うん!白桜、紅葉とボクを投げて!」
「「……………は?」」
雛丸の提案に紅葉と白桜はすっとんきょうな声をあげた。薙はやれやれと云うように肩を竦めた。
「白桜の共通能力でも本当に投げても良い、二人を頭上の敵に向かって飛ばせ。紅葉の大鎌なら振り回せば当たる確率はたけぇし、雛丸は小回りが効くからな」
「あ、そう言うことか!んじゃ、兄さん頼んだ!」
「……………もう知りませんから」
薙の説明に紅葉は納得したようで笑顔で白桜を振り返った。彼は諦めたように顔を袖口で覆う。そんな突拍子もない作戦が雛丸の口からコロコロ飛び出すのは、信頼している証拠で、それに全幅の信頼を置くからこそ彼らも従うのだ。そして、負傷している足を庇いながら二扇を紅葉と雛丸に向ける。
「〈空を飛ぶ〉」
二人を柔らかな羽のようなものが一瞬包んだかと思うとそれは消えた。紅葉と雛丸が足に力を入れ、跳躍の準備に入る。その二人の腕を掴み、白桜は上へ勢い良く上げた。それと同時に二人も大きく跳躍する。突然、上空に現れた二人に化け物は驚き、杖を落としかけた。落とせば良いのに。そう思いながら、紅葉は大鎌を、雛丸は二つの刃物をその化け物に向かって振り回した。逃げる隙もないくらい、正確な位置を把握したかのような好ポジション。二人が刃物を振った途端、化け物の羽が切り裂かれ、杖が真っ二つに折れた。空中にいるすべを失った人間のような化け物はコンクリートへと叩き落とされた。化け物達を包んでいた仄かな光が消えた。嗚呼、いまだ。そう叫んだのは誰だっただろうか。闘える者達が一斉に茫然とする化け物達に攻撃を仕掛ける。回復手段がなくなった今、格好の餌食なのは化け物の方だった。白桜の共通能力のお陰で空中にふよふよととどまっていた紅葉は、眼下で作られていく死屍累々に目を向けた。
「雛丸の作戦、成功みたいだね!」
「ふっふーん!誉めてくれても良いんだよ?」
ハハハッと愉快そうに笑う二人の足元から薙が叫んだ。
「さっさと下りて来て手伝え!」
「残り数分で共通能力が切れます。早く下りなければ、地面に激突してしまいますよ」
薙に同意するように白桜が優しく言う。その隣で薙がたまたま近くに来たー逃げてきたー化け物をバッサリと切った。紅葉と雛丸は顔を見合わせて、ゆっくりと降下して行った。




