第二十話 情報収集
彼らが辿り着いたのは広場だった。子供やお年寄りがベンチに座って戯いもない話をしていたり、走り回って遊んでいたりと此処は憩いの場なのだろう。
「うーん、何処で情報収集する?」
雛丸が楽しそうに遊ぶ子供達を優しい眼差しで見ながら言う。此処に来るまで情報屋的なのを探したがそんな簡単に見つかるはずもない。情報がなにもないまま此処まで来てしまった。と云うか此処まで穏やかな雰囲気を見ていると此処でなにも起きておらず、『勇使』からの情報が間違っていたのではないかと思ってしまう。
「どうするか……」
「旅人で化け物について研究していると云う体で彼らに話しかけると云うのは?」
「怪しまれない?」
「じゃあ、どうやって情報をさぁー」
四人集まってどうしたもんかと頭を捻る。と、その時、周りがざわついているのに紅葉が気付き、薙の肩を軽く叩いた。考え込んでいた薙が少ししわを寄せた表情で、怪訝そうに紅葉を見る。
「なんだ紅葉」
「ねぇ薙ちゃん、なんかざわついてない?」
「「え?」」
紅葉にそう言われ、彼らが周りを見渡す。確かに紅葉の言う通り、先程は和やかで楽しそうだった広場が何故かざわついている。なにか緊急事態が起きた、と云うわけではなく、そのざわめきには憧れや尊敬、喜びが溢れている。
「なんだろう?」
雛丸が首を傾げながら周りを見渡す。と、彼らの目にある一行が入った。恐らくその一行がこのざわめきの原因であり中心なのだろう。一行、と云っても人数は二人ほどでその二人が歩くたびに人混みが割れ、道が出来上がる。二人のうち一人からは神々しいとまではいかないが高貴そうなオーラが漂っており、そのオーラと人混みが二人を一行に錯覚させていたのかもしれない。と、もう一人の鋭い蛇のような瞳が彼らを捉えた。その鋭い瞳に雛丸がビクリと体を揺らした。そのため、白桜がさりげなく、その視線から雛丸を隠す。そのもう一人は彼らを見据えると親しみ深そうな笑みを浮かべ、片手を挙げながら彼らに歩み寄って来た。
「やぁ、久しぶりだな」
「へ?!」
その低い第一声に紅葉の驚愕の声が被った。そしてそのまま一人の、青年の視線の先にいる自分達を見渡す。が薙も雛丸も白桜も青年を知らないらしい。目を見開いている。もちろん紅葉も知らない。だが彼らの心情など知ったことかと青年は近づいてくる。そして、一番近くにいた紅葉の肩を叩いた。驚きすぎて固まっていた紅葉だが、正気だったらその手を振り払っていた。ハッと我に返った雛丸が青年を見上げて叫ぶように聞く。
「あの、ボクたち知り合いじゃn「元気だったか?こっちじゃあ、いろいろ目移りするだろう?」」
雛丸の言葉を遮って青年が言う。再び、蛇のような瞳が彼らを貫く。何か理由があるのか否や。それともただの勘違いか。青年は驚く彼らを見てやはり、と納得したかのように小さく微笑む。と、背後から彼と一緒にいた一人、少女の声が響いた。
「スディ、知り合い?」
「はい。故郷の友人達です。話してきて良いですか?」
「ええ、もちろんよ。私はその間、彼女達と談笑しているわ。ねぇ」
青年が振り返った先にいたのは白い日傘をさした少女だった。少女が云う彼女達と云うのは少女の前にいる少女と同い年くらいの数人の女性陣のことで、少女と話せる事が嬉しいのか黄色い悲鳴で「「はーい!!」」と可愛らしく返事をしている。少女の承諾を得た青年は紅葉と薙の背中を「さ、行こうか」と無理矢理押していく。その力の強さに二人は抗う間もなく押されていき、背後にいた雛丸と白桜が慌てたように移動する。そんな移動で彼らが連れて来られたのは、広場の近くの路地裏だった。薄暗いながらも清潔感が溢れているのは、この街の美しさを表しているようだった。その路地裏に投げ入れるように移動させられた彼らは入り口付近の壁に背中を預けて立つ青年を警戒するように振り返った。が青年はそんな警戒など無意味だと言いたげに彼らを見ている。
「妾達になんのようだ?知り合いだなんて嘘までついて。返答によっては」
そこで言葉を切り、薙は腰の刀の柄を握る。それを合図に紅葉が袖の中で指を鳴らす準備をし、雛丸は腰の二つの刃物に手を伸ばし、白桜も帯に挟めている扇に手を伸ばしている。彼らの警戒心の強さに青年は愉快そうに笑う。こちらにとっては愉快ではない。とその時、薙と雛丸が首を傾げた。何か、青年から感じ取ったのかもしれない。青年は両腕を組みながら、親しみ深そうに言う。
「君達、『勇使』だろう?僕は引退した『勇使』だ。そう言えば、信用してくれるか?」
「……証拠はございます?証言だけではなんとでも言えますので」
青年の言葉に背筋に緊張が走った。何故、正体を見破った?『勇使』だからか?が、嘘の可能性もある。『勇使』同士で少なからず分かると云うが、ただ単に勘が良い、と云う者もいる。少しの間を空けて白桜がそう問えば、青年は蛇のような瞳を軽く伏せて言おうとする。が、薙と雛丸の変化に気付き、口を閉じた。
「雛様?」
「ちょっと待って白桜。この人、本物カモ」
「は?!」
「なんか、『勇使』同士で分かるって云うのが今ようやく、理解できた」
薙と雛丸の返答に兄弟二人は目を丸くして顔を見合わせた。自分達にはわからない、『勇使』特有の気配でも感覚でも第六感でもあるのだろう。しかし、『勇使』が納得していても、彼ら自身まだ半信半疑のようだ。警戒状態を維持したまま、薙が一応で問う。
「引退ってのはいつの頃だ?」
「今から五年前。正確に云えば五年と二ヶ月一週間」
「雛丸、その時期って」
「うん、若手の『勇使』が諸事情で引退したって帝から連絡が来たよ」
確定。そう言うように薙と雛丸が武器から手を離す。紅葉と白桜はいまだに困惑していたが信頼する二人が視線で大丈夫、と自分達に言いかけるのでしぶしぶと云った感じに武器から手を離す。そりゃあ、彼の云う通りの時期に引退した『勇使』はいた。帝は世間に『勇使』の事は告げているが引退などは告げていない。個人情報に関わるからだ。正確な引退時期を知っているのは地下にいる帝を除く『勇使』本人とその相棒のみ。つまりは、白桜の云う証拠と云うことだ。それに気づいた兄弟二人は顔を見合わせ、警戒を解いた。
「で、その元『勇使』が妾達になんのようだ?」
「此処じゃ見ない『勇使』がいるってことは帝から何かしら任を与えられた新たな『勇使』の可能性が高い。ならば、手助けしてくれないか?代わりに情報をやる。交換条件だ」
それは、なんとも嬉しい交渉だろうか。今自分達は情報を求めている。相手が云う手助けとはどういう事かは分からないが、乗らない手はない。紅葉達は視線だけで会話すると、青年の交換条件に乗る事にした。
「良いよ、交換条件に乗ってあげる。でも、先に情報を提示してよね!」
雛丸が両腰に手を当て、前のめりになって言う。それに青年は口元を押さえてクスリと柔らかく笑った。




