第十八話 廻る白と運命
目の前で白い傘が回る。白で控えめな柄とフリルをあしらった傘はこちらの気を察しているかのように、くるくる回る。だがその傘の持ち主は何を云うわけでもなく、こちらをチラリと見て、歩いて行った。それを慌てて追った、その時、キィンと云う起動音のような甲高い音が耳元でした。思わず振り返る。が、そこに誰がいるわけもなく。
「どうかしたの?」
「……いえ」
嗚呼、でも、解決策は、見つかった。
…*…
再び目を開けた時、そこは薄暗い部屋だった。『神妖界樂』の時のような感じではなかったのは、超簡易的とはいえ、薙が地面に五芒星を書かなかったからだろうか。そんなことを考えながら、紅葉はゆっくりと起き上がり………起き上がり?そこで自分がいる場所を確認する。自分がいるのはベッドの上だった。暗闇の中、辺りを見渡すと薙や雛丸、白桜がそれぞれ部屋の隅に配置されたベッドで眠っていた。ご丁寧に布団までかかっている。紅葉は首を捻りながらベッドから降りる。靴を履く。そして、閉じられているカーテンに目が行き、バッ!と左右に払った。
「!……う、わあ……」
思わず、紅葉の口から感動の声が漏れた。カーテンを開けた先、窓の向こう側に広がっていたのは今まさに昇らんとしている朝日と日光を受けて美しく輝く、何処までも広がる海だった。海を見たことがなかった紅葉は正直、テンションが上がっていた。ので、大声を無意識のうちに上げていた。
「きれーー!!」
ガタン、と海に見惚れていた紅葉の耳に物音が響いた。あ、そういえばみんな寝てた、とサァと顔色が青くなる。そぉっと背後を振り返るとそこにいたのは、ベッドから転げ落ちたらしい薙だった。紅葉の大声に驚いたのだろう、髪はボサボサだった。あ、ヤバい怒られる!と紅葉は臨時態勢に入ろうとして、違和感に気づいた。薙が目をまんまるくして、その瞳には涙を溜めていたのだ。え、とその事実に紅葉が驚愕するよりも早く、薙は跳躍し、紅葉に抱きついた。勢いが凄かったので驚いた紅葉は後ろの窓に思いっきり頭をぶつけてしまったが。痛む後頭部を擦りながら、何故か抱きついてきた薙を見た。
「な、薙ちゃん?」
「やっと起きたかバカ紅葉!」
「うえぃい?!」
抱きついてきたかと思ったら、怒鳴られました。何故ぇ。その大声で雛丸と白桜も起床しました。
後々聞くと、『神妖界樂』から移動して来た際、吽形からもらった琥珀が発動したらしく、海が見えるこの宿屋に移動したようだ。琥珀が移動の発信源だったためか、この宿屋に移動した途端、紅葉は気絶してしまったらしい。慣れないものを持ち、無意識のうちに発動させてしまったので体が負担に耐えきれなかった、と云うのが白桜の検診判断である。そうして、紅葉は此処に到着してから約二日間、眠ったままだったのである。そりゃあ、突然大声が聞こえたかと思ったら紅葉が起きているのだから、驚かないわけがないし嬉しいわけがない。ちなみに宿屋は偽名で登録されていた。泊まれれば全て良し、考えない。移動の発信源だった琥珀は紅葉が目覚めた数時間後に役目を終えた、と安心したように自然消滅した。
「あーなるほどねー分かった分かったー」
「本当に大丈夫ですか?紅葉」
「大丈夫だよ兄さん!」
ベッドの縁に座って兄弟二人がそう会話する。その視線の先には薙をからかう雛丸とそれから逃れるように動き回る彼女がいる。薙の声で起こされた雛丸は紅葉に心配と驚愕で抱きついているのを見たらしく、それからずっとああである。薙にとっては安心したので過ぎた事らしいが、雛丸にとっては格好のイタズラポイントだったらしい。ベッドの縁に勢いよく座った薙の隣に雛丸がダイブする。ダイブしたためにベッドが軋む。そのまま雛丸は寝転がった。そうして二人の暖かいと云うか、優しいと云うかそんな視線に気づいた。が、気づいても雛丸は態勢を変える気はないらしく、寝転がったまま薙の手で遊び始めた。薙はそれを嫌がる事もなく、させたいようにさせている。まぁ、雛丸が持参のマニキュアを出した時は流石に手を引き抜いたが。
紅葉はそんな彼らを見ながら自分が眠っている間に雛丸が教えてくれたと云う情報を咀嚼するように頭の中で反芻していた。自分達がいる国は『ヴェーシーラ国』と言い、ある王の七人の子がそれぞれの小さな街を治め、そうして出来上がった国だ。この国では常識の七つの属性、火・水・風・地・雷・光・闇をそれぞれ守護に子供達は持つと云う。紅葉達が来たのは水を守護に持つ娘ー長女らしいーが治める、海側の街『シーナリィ』と云うところだ。海側、と云うことで海が良く見え、海産物が有名だ。此処での化け物は狂暴ではあるが、倒せない事はないらしい。しかし、化け物の呼び名は分からなかった。『勇使』からの情報がー白桜が持っているあの束に書かれている情報とも云うーなかった、と云うのもある。王の子供である兄弟達は独自の情報網を使い、化け物についての情報を共有しているにはいる。しかし、こちらの情報源は『勇使』だけなのだ。
紅葉は膝の上に頬杖をつきながら、白桜に云う。
「此処での化け物って、原因なんだろうね?」
「さぁ、情報収集をまだしておりませんから、なんとも言えませんね。ただ分かることは、此処でも化け物は狂暴と云うことです」
白桜が瞳を細めて言った。それに紅葉も確認するかのように頷く。と、その話は終わったのか、白桜が紅葉の手を軽く取った。なんだなんだと首を傾げる紅葉に白桜は少し寂しそうに言った。
「紅葉、爪、欠けてますよ」
「うえ、えー……この間、大鎌、手首辺りで回したからかなー」
「気をつけなさい。あとで道具貸しましょうか?」
「うん!お願い!」
「なになに!?紅葉も欠けたの?」
「も、ってなに?も、って!」
雛丸が薙の手で遊びながら、紅葉に言った。それに紅葉が大声で叫び返す。薙が呆れ顔で、白桜が楽しそうに笑う。雛丸が愉快そうにニヤニヤと笑い、紅葉が不貞腐れる。そうして、新たな朝は幕を開ける。
…五月ですねぇ…




