第一話 懐かしき日々の温もり
あるところ。真新しい紺色の瓦が目立つ日本屋敷の屋根の上に一人の青年が寝転がっていた。雲一つない空に浮かぶ太陽の日差しがなんとも暖かく、そして優しい。ポカポカと青年の体を優しく包み込んで行く。青年は太陽の眩しさに目を細めながら気持ち良さそうに頭の後ろに両手をやった。寝返りをうったら、そのまま下に落っこちてしまいそうだが、青年にとってはそれでも良い気がした。だって、こんなにも気持ちが良いのだもの。きっと何処かで同じように日向ぼっこしている猫も屋根から滑り落ちている。そう思うと青年はとても楽しい気持ちになり、一人クスクスと笑ってしまった。
「紅葉!」
と、そんな楽しい思いを吹き飛ばしつつもこれよりもわくわくさせるような声が響いた。その声は男性の声なのだが、女性のような包容力がある。青年はゆっくりと上体を起こすと屋根の下を見下ろした。すると中庭のところに目麗しい美青年がいた。いや、美丈夫と云った方が良いかもしれない。その美丈夫、男性は殆どが美しいほどまでに真っ白で、その動作一つ一つが優美である。なんでこれほどまでに違うのだろうと青年は些か疑問に思いながら、膝の上に頬杖をついた。男性はクルリと青年の方を向き、青年を見つけると少し呆れたように表情を崩した。
「またそんなところに登っていたのですか?落ちますよ?」
物腰の柔らかい言い方に青年は何も言わずに頬を膨らませた。それに男性は小さく笑い、続けて云う。
「紅葉、貴方の主人がお呼びです」
「?!え、ウソ!?」
「私が嘘を言うと思いますか?」
男性の言葉に青年は驚いたように上体を起こした。そして、手を強く突いて屋根から滑り落ちる。屋根の縁を完全に落ちる寸前に掴み、男性のいないところへと飛び降りて着地した。
「なんでそれもっと早く言わないの兄さん!?」
「早く、と言われましても…つい先程の事ですからねぇ」
青年に詰め寄られて男性は両肩を竦めた。青年は居ても立ってもいられないようで足踏みをし始め、顔は焦り出している。その青年の慌ただしい様子に男性は微笑ましそうに小さく笑った。
「場所は?!」
「いつもの御部屋です。間違えないように」
「間違えないもん!自分家を間違うおっちょこちょいが何処にいるって云うのさ!」
「私の目の前にいます」
「………兄さんの意地悪!」
青年は最期にそう言い捨て走って行った。目的地まで中庭を走るらしい。まぁこの屋敷は中庭で全て繋がっているから良いが。男性はきょとんとした後、再びクスクスと青年を見て笑った。
男性と別れたら青年は急いで目的地の部屋まで走っていた。青年の見立てではあと数十秒で着く。
男性から紅葉と呼ばれていた青年は紅色のショートで両のこめかみが長く、牡丹色の瞳をしている。両耳には瞳と同じ色のピアスをし、服は濃紅の狩衣の上のみで、袖口や袖が長く大きい。両手には指先がない黒い手袋をし、下は濃い黒のズボン、靴は踵が低い編み込みブーツでズボンと同化しているので分かりづらい。
紅葉は土煙をあげながら急ブレーキをかける。彼のこめかみが大きく揺れた。紅葉の前には障子が閉じられた一室があった。紅葉は縁側に靴のまま上がりかけ、慌てた様子で縁側に腰掛け、靴紐をほどいていく。そして、靴を脱ぐと障子の前に慌てて駆け寄った。ノックをしようかどうか、悩んでいると
「入れよ」
そんな声が聞こえた。ボーイソプラノ、と云っても通じるような少し低めであり、高めの声が中から紅葉を誘導する。紅葉はふっと肩の力を抜いて障子を開けた。顔だけを中に入れ、様子を窺う。案外中は明るく、家具があまりないためかすっきりしている。その部屋には一人の中性的な顔立ちと体を持つ人物がいた。その人物は柱に寄りかかりながら座っており、その手には巻物のように一度は丸められたらしき紙が握られている。紅葉はその人物の元にいそいそと近づく。人物は紅葉の視線に気付き、右の人差し指で座るよう指示した。それに従いながら紅葉は文句を言うように声をあげる。
「なぁーに、薙ちゃん。僕を呼んでさ」
「これ、ついさっき帝から届いた」
人物がぶっきらぼうに紅葉に持っていた紙を渡す。「帝」、と云う言葉に紅葉の体に緊張が走った。紅葉は人物から紙を受け取り、恐る恐る広げる。人物は顎で早く見ろと促している。広げた紙には丁寧な文字で文章が書かれていた。




