第十七話 真相
襲った、と云っても敵が襲いかかって来たと云うわけではない。紅葉達の視界に先程までいなかったはずの八意が突然現れたのだ。そして、異様な空気が彼らを包んだ。驚き、片足を後方に引く紅葉。白桜がスゥと目を細め、突然現れた八意に云う。
「この共通能力保持者は、貴方ですね」
「「え?!」」
「………なんで、全員を眠らせた?」
白桜の言葉に紅葉と雛丸が驚愕の声を上げ、薙が冷静に八意に問う。今の八意は家を飛び出した時とは違い、男体である。八意は優しい、と云うか複雑な笑みを浮かべながら、薙の問いに答える事なく、横にずれた。そこにいたのは吽形だった。紅葉は彼を見て、首を傾げた。何か|が、変わっている。そう直感的に感じたのだ。今、此処に立っている二人の雰囲気は明らかに異なっている。何故か?その疑問が薙と雛丸が言っていた『勇使』に無意識のうちに繋がってしまう。吽形がペコリ、と彼らに向かって頭を下げると言った。そう、言ったのだ。
「《ごめんね。話したい事もあったし、それに、聞かれちゃあ困るんだよね》」
「?!え……この声…頭に……」
「《うん、俺の声だよ》」
頭を押さえて困惑したように声を荒げる紅葉。紅葉の云うように頭に高くも柔らかい声が直接響いていた。その声に紅葉同様雛丸も驚き、訝しげに吽形を凝視している。薙と白桜もそうだが、話したい事に気を取られているようだ。
「……固有能力ですか。私が知る共通能力の中にこういったものは存在致しませんし。それで、そういったご用件でしょう?」
「警戒しなくても良いよ……まぁ、無理か」
八意がニッコリと笑って言う。それに白桜が笑い返す。穏やかではない笑みの会話に紅葉と雛丸が身を寄せあって震え上がった。
「《此処はね、余所者に奇病がうつらないように自ら隔離してるんだ。街人も容易に外には出られない。けれど、俺と阿形は出ていける。なんでだと思う?それは俺が『勇使』だから》」
さらっと告げられた事実に彼らは驚きを隠せなかった。奇病がうつらないように自ら隔離し、余所者に被害が及ばぬように自らの手で始末する。徹底した対策、八意が瞬時に頷けなかったのは、紅葉達を心配してだろう。だが、それ以上に驚いたのは吽形の告白だった。阿形と八意のどちらかが『勇使』だと考えていた薙と雛丸に至ってはまさかの伏兵に目を見開いている。その様子に吽形は愉快そうに笑った。
「吽形が、『勇使』?それでなんで外に出られるっt……嗚呼、そういうことか」
「?薙ちゃんなに勝手に納得してるの?」
薙が問いかけようとして、その理由に気づいた。紅葉は気づいていないようだったが、吽形を見て、薙のように納得したようだった。
「吽形が喋れないから阿形が通訳ってわけだね。『勇使』は帝の命によっては相方と離れなきゃいけない。出ていけるって、言ってたけど、本当は勝手に出てるんでしょお?じゃないと、ボクたちを案内した場所が可笑しいもん」
「さすが『勇使』、と言ったところかな」
雛丸が自分で分かった事を整理するように、言う。八意が雛丸を称賛し、雛丸がえっへんと胸を張った。張ったところで八意の言葉の違和感に気づく。今、なんて言った?『勇使』?何故、分かった?自分達は『勇使』であろう吽形ではなく、その片割れ、阿形か八意だと勘違いしていたのに。それが顔に出ていたのか、八意がクスクスと笑った。そして片目を閉じながら、理由を語る。
「確信があったわけじゃないけれど、吽形から君達が狂暴じゃなかったって言ってるのを聞いて、それと旅の理由から『勇使』じゃないかって思っただけだよ。ここいらでは狂暴な化け物は、『影石』は他の国や都ではタイプも違うだろうし。もちろん、君達が凄く強いって云う可能性もあったけど。だから、この話、聞いて欲しくて」
「《此処で俺と八意さんは『奇病・宝石凍化』の原因について調べてる。けれど、帝さんに伝えるような情報は一切上がらず、別の情報だけが入ってきた。隣の国で『勇使』が行方不明になった。此処で行方不明者は一人も出ていないのに》」
帝からの任の内容が頭に蘇る。音信不通となった同胞の痕跡。もうひとつの、彼らに与えられた任。薙が口角を上げて挑戦的に言い放つ。
「妾達に話して良かったのか?『勇使』だという確たる証拠があるわけでもないのに。その情報を悪用するかもしれない、信じないかもしれない。なのに?」
「それはそれで良いんだよ。違ってたら違ってたで、何処かの誰かさんが口を開く前に消しちゃうし」
八意がクスクスと悪戯っ子のように口元を押さえて笑い、薙の問いにそう答える。保険があるのか。例え、紅葉達が『勇使』ではなく、単なる調査する旅人だった場合、それを口外したところで社会的に抹消されるのだ。『勇使』同士の連携が取れている証拠だ。それに手が混んでいる。はぁ、と肩の荷を下ろしたのは誰だっただろうか。白桜がいつもの穏やかな表情で言う。
「阿形さんや姫鞠様には『勇使』と云う事は告げていないため、ですか……この大掛かりな共通能力は」
「ハハ、正解。だって吽形…嗚呼もういいや。ご主人が聞かれたくないって云うからね。阿形には、"出掛けたい"って目で教えて連れていってもらってるだけで巻き込みたくないって」
「《だって、阿形は俺の兄さんなんだから。姫鞠さんも巻き込みたくないし》」
そう言って、吽形は紅葉に近寄って来た。紅葉が疑問そうに首を傾げていると取り出したのは綺麗な琥珀で、それを紅葉の手に握らせる。
「?吽形…?」
「《ありがとう、紅葉さん。これ、隣の国の行方不明者がいる場所の宿屋に行ける道具。『勇使』繋がりで非常時用にってもらってたけど、俺たちには必要ないから紅葉さん達が使って?そして、任務を遂行して》」
「!」
覗き込むような瞳で紅葉を見上げる吽形。紅葉は押し込まれた琥珀を見つめ、吽形をギュッと抱き締めた。なにが起きたか分からない様子の吽形だったが、紅葉が彼から離れ、頭を撫で、ニッコリと笑った。それに吽形は何を云うわけでもなく頷いた。目に見えない何かがそこにはあった。雛丸が紅葉がもらったものが気になるようで手元を覗き込んで来る。が紅葉は見せない!と言いたげに腕をあげた。不貞腐れた雛丸を見て八意が笑う。薙がため息をついて、刀を納めると八意に向かって手を差し伸べた。八意が驚いたように目をぱちくりさせていたが、意味が分かったらしく、二人は握手をかわした。その時、薙の足元から五色の仄かな光が放たれた。驚愕して後方へ足を引く八意に向かって薙が笑いかける。
「お主らの情報に感謝するぜ!紅葉!雛丸!白桜!行くぞ!」
ブオンと風を切る音がして、薙を中心に足元に五芒星が描かれる。情報が手に入ったならば、即行動した方が良い。移動手段である固有能力を持つ薙がそう考えたのならば、今が移動する時。ぐずぐずしてはいられない、そう言いたげだった。雛丸を驚愕した様子の二人に向かって手を振りながら薙の元へと駆けて行く。
「いろいろありがとうね!またね!」
「お世話になりました。阿形さんや姫鞠様にも宜しくお伝えください」
軽く頭を下げて、白桜が言い、近くにやって来た雛丸に手を引かれる。紅葉がクルン、と二人を振り返った。二人には、『勇使』には分かった。自分達の情報を元に移動するのだと。紅葉は溢れんばかりの笑顔を浮かべながら、二人に云う。
「ありがとう!」
そして、薙へ手を伸ばした。伸ばされた手を薙が笑いながら、自らも手を伸ばし、掴む。途端、吽形と八意を凄まじい風が襲った。その風に飛ばされぬよう、固く目を瞑り、身を寄せ合う。風がなくなった、と目を開けるとそこに彼らはいなかった。いるのは、こちらの気も知らないでグースカ眠っている阿形と姫鞠だけ。八意が名残惜しそうに空を見上げる。
「行っちゃった……」
「《……うん》」
と、ヒラヒラと落ちてくるものがあった、その下へ吽形が行き、両手を翳す。その両手に軽やかに舞い降りたのは紅く染まった葉だった。まだそんな季節ではないし、木が近くにあるわけでもない。嗚呼、なら。吽形は騒がしかったが楽しかった時間を思い浮かべながら、空を見上げた。吽形は紅く染まった葉を優しく、両手で包む。温もりが、そこにある気がした。片割れと一緒にいるような…
そして、クルリと背を向け、片割れを起こしにかかる。吽形の行動に八意も了承したのか、彼に向かって軽く頭を下げ、意識を集中させ、能力を解除する。すると、眠っていた彼らが起き出す。はてさて、彼らにどうやって紅葉達のことを説明しようか。




