第百二十六話 変わらぬ季節
季節は、あれから儚くも早く過ぎ去って行った。緑色をしていたと思ったら次の瞬間には紅色で、嗚呼、もうそんな時期かと思えば既に色を失っていた。そんな事を、いつからか数えるのをやめていた。きっと、彼女との差を強く感じてしまうからだろう。その事に気づいたのは奇しくも、彼女の寿命が尽きるその日だった。
あの頃よりも成長した体と精神。けれど、その本質は今でも変わらず此処に健在していた。それが嬉しいのかどうか、よくわからなくなっていた。いまだにふわふわの髪を優しくとくように撫でながら、もう片方の手を彼女の自由にさせる。彼女は気持ち良さそうに顔を綻ばせながら手を弄ぶ。今でもその手には、いや、二人の手には証の色が塗られている。まるで、楔。
「ねぇ」
膝枕をしている状態で彼女が声をかけてくる。なんだと顔を向けると、しわくちゃになった顔をあの時のようにニッコリと動かして笑った。
「ありがとうね。こんな長い間、そばにいてくれて。今度は…」
シィと彼女の口元に人差し指を当てる。その先は言われなくともわかっている。自分の血筋を知ってから、あの出来事を経験してから既に決めていた事だから。彼女は嬉しそうに微笑み、もう心残りはないとでも云うように膝に頭を乗せ直した。嗚呼、重たいなぁ。時の流れを強く感じてしまい、涙腺に響く。長い時間は、彼女だけでなく、様々なものに変化をもたらした。長い間、彼女達を見守り育てて来た、そして招き入れてくれたこの家は、もう一人の彼女から彼女へ所有権が移り、そして彼女が死ねば、自分に回ってくる。嬉しいような、寂しいような。自分でもこの感情がたまに理解できない。嗚呼、でもこれだけは言える。
「ふふ、泣いているの?白桜」
貴方がいなくなるのは、とても悲しい。いつの間にか涙が零れ落ちていて、彼女の頬に雨を降らしていた。彼女は、小さく笑いながら、手を伸ばし、頬を伝う涙を拭った。しわしわになった手からは今だに暖かさを感じる。きっと、彼もそうだったのだろう。瞳と同じ色に塗られた牡丹色の指先が頬を優しく撫でる。
「泣かないで白桜。笑って、見送って?ボクの最期のお願い」
嗚呼、分かってる。分かってはいるのに、涙は止まってくれない。袖口で涙を少々強引に拭くと分かったと笑う。彼女は嬉しそうに小さく笑い、腕をおろした。長くあげているのも辛いのだろうか。昔は…そう、数十年前までは二刀流で背中を合わせていた。もうそれは叶わない。嗚呼、彼もこんな気持ちだったんだ。今、はっきりとしっかりと分かったような気がする。そんな表現も合っているのか、わからないけれど。
「ふわぁ。なんだか眠くなって来ちゃった……もうそろそろなのかなぁ…手、握っててね」
ニッコリと自分の終わりを理解した彼女は笑う。遊ばれていた片手で、彼女の手を握る。藍色と牡丹色が絡み合う。嗚呼、貴方と出会った頃が懐かしい。彼女は瞳を眩しそうに、いや、眠たそうに細めながら私に云う。
「白桜、名前」
どちらの御名前を?なんて、聞かなくてもわかってしまうのは、長年一緒にいたからでしょうか?冷たくなって行く手を握り締め、その名前を紡ぐ。
「お休みなさい、雛丸」
「うん……お休み…白桜…」
そうして彼女は、雛丸は、私の主人であり相方であり友人であり仲間であり愛しい我が子だった彼女は、逝ってしまった。久しぶりに私は大声で人目も気にせずに泣いた。いつの間にか、弟が…紅葉が背中に静かに寄り添っていた。
季節はいつの間にか、別れと出会いの春に戻っていた。
多分、初めてだと思われるこのコンビ(……いや、二人?)の話です。あんなに可愛くて格好かったもう一人の片割れは、もういない。
別れと出会いの季節です。




