第百二十五話 最期
ガキン、と交差した刃と刃は激しい攻防戦によって火花を散らす。何度も弾いては交差を繰り返す。トン、とステップを踏むようにして紅葉が一旦後退すると大鎌に付与している式神を放つ。それを合図とし、突然頭上から雛丸が落ちてくる。鷲と鷹になった二体の式神を分離した一つの鎌で蹴散らしながら、残りの二つの鎌を両手に持ち二刀流のようにし、雛丸の重い一撃を防ぐ。甲高い音と共に防がれた攻撃。雛丸は交差した鎌の上で一回、弾みをつけて跳躍する。クルンと空中で回転しながら落下する雛丸に向けて紅が容赦なく二刀流の鎌を振る。が二刀流なのは何も彼だけではない。空中で雛丸はナイフと短刀を機敏に動かすと高速で襲ってきた紅の攻撃を弾き返す。雛丸が着地するのをサポートするように紅葉によって放たれた鷲と鷹が鎌の制止を振り切って、急降下する。鋭い爪が紅の腕を鷲掴みにする。紅は煩わしそうに指先をクイッと上から下へ、線を引くように動かす。と二体と交戦していた鎌が一刀両断した。目の前の雛丸に目をうつしたが、そこに彼女はいなかった。いたのは白桜と紅葉兄弟である。気配もなく、どうやって入れ替わった?いや、共通能力か?嗚呼、今考えるのは、どうでもいい。
中腰で跳躍と武器を振る態勢を取った二人へ、退くのではなく迫る。一踏みで迫るのを予測でもしていたのか、白桜も紅に迫る。そして、扇を振った。当たり処が良かったのか悪かったのか白桜の片方の扇が空を舞った。だがそんなこと、彼は気にしてなどいない。すぐさまやってくる追撃を残った扇で防ぎ、続いてやって来た攻撃を手首を掴んで封じる。手を引いても辛うじて動くだけでなにも起きない。そこへ紅葉が大鎌を突き刺すように間へ振り下ろす。途端に後方へ身を引いた紅は手首に響く微かな痛みに視線を落とした。切れている。すっぱりと手首ごと切られているわけではないのだが、ドクドクと紅い血液が流れ出ていた。紅はニヤリと嗤い、その血を舐めた。と、背後に気配を感じ、片手に大鎌を作りながら刃物を振り返り様に振った。だがそれは空振りに終わった。そしてその気配は素早い動きで紅の背後へ回り込む。紅もそれについていく感じで大鎌を振る。だがそれが次第にめんどくさくなったのか、足元に紋様を展開させ、気配の退路を阻むべく瞬間移動を始める。
しかし、足元から来る痛々しい冷たさに意識が覚醒した。バッと足元を見ると紋様ごと足が凍り漬けにされている最中だった。まさかと顔を上げた瞬間、気配の正体が一気に襲いかかった。大きな刃と二つの刃が紅の首を締め上げるかのように大鎌の柄を押していく。なにかが違う。その時、紅は気づいていた。明らかになにかが違うと。接近してきた紅葉と雛丸を無理矢理凍り漬けになった足を振り上げ、回して後退させると凍り漬けから足が解放される。だが、瞬間移動をしようにも紋様が出てこない。あの一瞬で白桜に細工されたようだ。嗚呼、小賢しい。並んだ三人を見て、紅はクスリと嗤った。そして、再び、あの攻撃を凄まじい光と風圧の攻撃を放とうと腕を伸ばした。
「何度も同じ手を食らうわけないでしょ!」
「……桜龍召喚!」
雛丸が大きく叫んだ。次の瞬間、片扇になっていた白桜の扇から桜の花びらが舞い上がり、その傍らに救出作戦時にも現れた桜龍が姿を現した。嘘だろ。まさか血筋のものを共通能力で召喚?目を大きく見開きながら紅の脳内が急速に回転していく。その様子に白桜はニヤリと雛丸のように笑った。自分の背後にいるのは紅葉だ。背中に手を当て、彼が持つ陰陽道の力をほぼ無理矢理注いでもらっている。陰陽道の召喚術があれば、白桜のような素質が少ししかない者でも召喚できる。だが今回はわけが違う。白桜は、保持している共通能力の中に召喚系のものを見つけた。それを応用活用し、血筋の桜龍を呼び出せるのではないかと考えた。今まさにそれを実行していた。背中に触れていた紅葉の手が離れると同時に、白桜に向かってこうべを軽く下げた桜龍が行動を開始する。さあ
「目にもの見せてやりなさい」
桜龍に向かって放たれた攻撃は意図も簡単に弾き返され、近くの建物に当たった。この龍の存在を知っているはずの紅は目を丸くしていたが、もう一発を放つ準備に入る。だが桜龍が近くまで接近していたらしく、行動を遮断し、大鎌を振った。鋭い爪と大鎌が交差する。そこへ雛丸も乱入し、紅にナイフと短刀を振る。桜龍に気を取られていたら雛丸か。紅を混乱させる気だろうか。紅はそんな事を考えていた。しかし、それはある意味正解であり、不正解であった。雛丸を狙って大鎌を振る。としゃがんでその一撃をかわし、紅の脇を通り抜ける。背後に回る気か、と紅が大鎌を持ち上げたその瞬間、パクッと云うよりもバクッと云うような音が合っていそうな事が起きた。桜龍がまるで紅が行くのを止めるかのように大鎌を持った腕に牙を立て噛みついたのだ。グシャ、と肉と骨が噛み砕かれる無慈悲な音が響き渡る。苦痛の表情と声にならない悲鳴をあげながら紅が鎌を分離させ、それを桜龍に振り回す。桜龍は仕方なく下がっていった。紅の利き腕は真っ赤に染まっており、骨が見えている。もう使い物にはならないのは明白。それでも紅はハッと嘲笑い、桜龍に守られているかのように見える三人に云う。何をする気なのか知らないけれど、そんなんで勝てるわけがない!
「僕に、勝てるとでも?その龍を出して?無理だよ。瞬間移動を封じても能力h「ねぇ、キミ、勘違いしてるよね」…はぁ?」
雛丸のクスクスと笑う声に紅が怪訝そうな声をあげる。何を言っているんだ?こいつらは?勝てるかもしれないと云う希望に頭が狂ったか?そう思っていた時だった。頭を金槌で殴られたかのような衝撃が襲ったのは。
「キミを倒そうとはしてるよ?でも今は違う。こっちに引きずり込もうとしてるの」
「……は?」
茫然とする紅の表情に紅葉はしてやったりと笑う。そして、ス、と片手の人差し指を紅に向ける。なんだと首を傾げる紅は次第に意味がわかったようで顔を青ざめていく。
「よかったよね、未来の僕が今の僕より目線での会話を読むことに疎くて」
恐らく、ずっと絶望のあと一人だったからいつもいつもやっていたー過去の彼らもやっていたー視線を合わせての会話の内容に気づかなかったのだろ。それさえも、相手との大切な思い出だったとどうして気づかなかった?けれど、その懺悔さえももう遅い。紅葉の指示に従い、先程紅が切り捨てた鹿と人型がバラバラ死体のまま起き上がり、紅を羽交い締めにした。カラン、と大鎌が彼の手から抜け出す。それを狙って白桜が分離できぬよう共通能力を瞬時にかける。
「はは、これで終わり?君にはこの子を殺せはしないでしょ?!ハハハハハ!!!」
負けるとわかっていても、どうせ君にはその勇気はない。だって、僕だもの。彼女を失って絶望した僕のように自ら彼女を手放すはずがない。
きっと、紅はそう思っているのだろう。でもね、違うよ。パチンと袖の中で指を鳴らせば、大鎌は紅い葉をまとって別のものに姿を変える。それは薙が使っていた刀によく似たもの。その刀に紅の目が一瞬見開かれた。刀を優しく撫でると紅葉の思いに反響したかのように紅い葉を散らす。そして紅葉は大きく跳躍した。ほぼ一踏みで紅の前に躍り出る。彼が無事な片腕を伸ばして能力を使おうとする前に刀を突き刺した。そして、紅の魂も破壊する。
「〈陰陽魔杯・陰〉!」
例え、神でさえも破壊すると云う固有能力最大の効果にして禁忌。普通の攻撃でさえ余裕綽々としている、怪我さえへっちゃらと言わんばかりの紅には、この技が、自分の身を呈してでも向かうにふさわしい!
体を貫く痛みに紅の目がこれでもかと云うほど見開かれた。それは固有能力と云う存在に驚いたのか否や。もうわからない。刀にまとう黒い靄。その靄は刀を伝って紅の魂へと侵入し、その魂を握り殺す。ウグ、と痛みに紅が呻いた。それは紅葉も同じだった。その黒い靄は紅を破壊すると共に紅葉をも軽く包む。紅葉を包んだ靄はすぐに消えてしまったが、彼の額からは汗が滑り落ちた。容赦なく刀を抜き放つと紅は諦めたのか、静かに瞳を閉じた。まるで、何もかも悟ったかのように。この瞬間を待っていたかのように。
「……あーあ、これで、逝ける」
それが、紅の最期だった。
彼の魂が抜け落ちたのか薙は後方に仰け反った。式神達が大丈夫と判断したのか、拘束を解くと紅葉は真っ青な顔をする薙の体を掻き抱いた。体温が奪われていく体。嗚呼、自分の手が震えているのがわかる。崩れ落ちるかのように座り込む。するとゆっくりと薙が水色の瞳を開けた。けれど、胸元から溢れる血液が薙の命の灯火がもうないことを主張してくる。それがなんとも悲しくて、紅葉の瞳から泣き尽くしたと思っていた涙が零れ落ちた。
「……あり、が……と…紅葉……み、ん…な」
「薙ちゃん、ゆっくり休んでね」
優しく、白桜に、母親に、愛しい人にしてもらったように紅葉は優しく薙の頭を撫でた。その優しくも暖かい感触に薙は気持ち良さそうに水色の瞳を綻ばせ、そして、静かに瞳を閉じた。その手は紅葉と固く繋がれていた。紅葉は冷たくなった彼女のその手の甲に口づけを落とした。敬愛、尊敬、それ以上のものがあった。誓いだった。誇りだった。どんなに言葉を紡いでも、どんなに綺麗な明日を描こうと、君は、この世界のために命を捧げた。君はもう、いない。大丈夫、きっと…だから、ゆっくり休んで。アクアマリンのネックレスが大丈夫だと元気つけるように、風もないのに揺れ動く。それさえも、薙の存在を示していた。紅葉は亡骸となった薙を抱き抱えながら、枯れたはずの涙を流した。絶叫した。声を荒げた。いつの間にか雛丸と白桜もやって来ていて、雛丸は涙をポロポロと流しながら白桜に抱きついた。そんな彼女を白桜は優しくあやしていた。その彼も目尻が赤く染まっていた。
三人の、嗚咽が虚しく響き渡る頃、勝敗は結した。『勇使』側、つまり帝側の勝利。負傷者数百名。死亡者、計二名。最終決戦は終わりを告げた。
ウチが考える最期にはあまりない感じです。




