第百二十四話 決別
眼下でニヤリと嗤う白桜に瞬間移動を完了させた紅は、怪訝そうに首を傾げた。何故、嗚呼も嗤っている?薙と云う強者はもういない。ならば、誰?背後から首筋に回り込んだその刃と背中にびしびしと、いや、グサグサと突き刺さる痛みに紅は納得した。手元に戻って来た大鎌を振り返り様に振った。そしてそのまま、その刃の正体に残念、と云うような複雑な表情を浮かべた。
「……馬鹿なのかな」
そこにいたのは、多くの式神を大鎌に付与した紅葉だった。目は先程大泣きしたために赤くなっているが、それでも先程の絶望は何処にも見当たらなかった。あるのは、強い意思。紅の言葉に紅葉は同意するように小さく笑う。
「そうなのかもね。でも、僕は決めたか、らっ!」
交差した刃を弾き返し、空に放り出された腕を掴み上げると力強く下に向けて投げ飛ばした。抵抗することなく投げ飛ばされる紅に向かって、紅葉が片腕を伸ばすと大鎌から二枚の、二体の式神が指示に従い、追撃を行うべく飛び立つ。飛び立ったのは美しくも雄々しい角を持つ鹿と、顔を隠した仲良しの人型。二体ー三体?ーは空中を滑るように紅に接近する。彼はコンクリートにぶつかる直前で片手をつき、軽く回転して衝撃を緩める。それと同時に紅葉が放った式神が紅に重たい衝撃の攻撃を放つ。人型の攻撃が紅を追い詰めその間に鹿が逃げ場を隠す。紅葉はその隙に着地すると警戒しながら雛丸と白桜の元へと駆けた。
「兄さん!雛丸!」
「もーみーじー!!」
「うえい!?」
雛丸が心底嬉しそうに紅葉に抱きついた。勢いよく抱きつかれたので少し傷に響いた。それに顔を痛みで歪ませて告げると雛丸が「ごめんね」と紅葉から離れた。心配そうな彼女に大丈夫だと笑う。
「紅葉、決心がついたようですね」
「うん。薙ちゃんが教えt…ううん、分かったんだ。全て、取り戻すって」
紅葉の力強く、凛々しくも真剣な声色に白桜が頷く。あのあと、なにがあったのかなんて、自分達にはわからない。けれど、その意思でだいたい理解できる。その時、ドサッと云う鈍い音が響いた。その方向に一斉に顔を向ければ、首から真っ二つにされた鹿がコンクリートに転がっていた。その少し背後では三つの分離した鎌に翻弄され、ズザズザに切り裂かれている人型がいた。人型を倒し終わったと思ったのか分離した鎌は不機嫌そうに立つ紅の手に大鎌となって舞い戻って来た。と同時に人型が倒れ込んだ。三体では無理か、と紅葉が大鎌を構えながら苦々しげに、悔しそうに顔を歪める。すると紅は薙の表情で苛立ったように云う。
「なんで絶望しない?僕に彼女を奪われたにも関わらず、なんでそんなにも強い意思を持つ?僕のこの気持ち、君ならわかってくれると思ったのに」
「…確かに、絶望したよ。薙ちゃんは僕にとっての道しるべ。でもね、君と同じように絶望しても、彼女が喜ぶはずがない。この世界には、みんなと過ごした日常が、幸福と不幸、全てが詰まってる。それは、彼女にとっても同じ事。僕は…紅じゃない、彼女と僕自身の思いを取る!」
力強く言い放たれたその言葉に紅は忌々しげに顔を歪めた。分かってくれると思っていた。同じ自分だから。だからこそ、過去の紅葉から未来の紅葉がされたように薙を奪った。本当は全員を奪いたかったけれど。でも、君は絶望しなかった。それが、紅にとっては腹立たしかった。同じ紅葉のはずなのに。嗚呼、なんで、なんでわかってくれない?
「……絶望すれば良いのに。絶望して、死ねば良いのに!」
「君のそれは、単なるワガママに過ぎないよ。全員が全員、同じ感情を抱くとは限らない!」
腕を横に突き出すようにして紅葉が叫ぶ。その瞳に、もう絶望は宿っていない。あるのは、強い意思。ギリリ、と唇を忌々しげに噛み締める。その時、頭を苦痛の表情で押さえ始めた。何事だ。驚愕に目を見開く彼らの前で牡丹色の瞳が一瞬、水色に戻った。まさか、抗っている?薙自身も、そんな簡単に負けぬと云うように内側から紅を苦しめる。
「……っ、あ…今さら、…抗う…か……イッ!……紅葉、雛丸、白桜、妾を殺せ…こいつごと、妾は、去る覚悟が出来ている」
「薙ちゃん、うん、わかってるよ」
紅に抗い、一瞬だけ所有権を取り戻した薙が彼らにその思いを告げる。紅葉がその思いをもう一度受け取り、頷く。薙は安心したように儚く笑った。紅葉の意思に、表情に一瞬宿ったなにかを感じ取ったのかもしれない。だが次の瞬間には所有権は紅に戻ったらしく、苛々しげに舌打ちをかます。
「チッ、無駄な足掻きを。まぁ、良いさ。君達を、思考を理解してくれない君達を殺そう。それが、きっと最善策だ」
大鎌を持った両腕を広げて紅がいびつな笑顔で言う。その笑顔に今まで背筋を襲っていた寒気や殺気、オーラは感じられない。それは決意が決まっているからなのだろうか。わからないが。きっと、幻のようだったあれは、この事を予言していたのではないか。自分の心情だったのではないか。自分が何を考えているのかさえ、困惑してくる。嗚呼、でも、目の前の事に全て繋がっている。そう思えてならない。武器を構えた三人。何を云うこともなく、視線を交差させる。
「僕に勝てるとホントに思ってるのかい?」
「それは、やってみないとわからないでしょ?」
バッ、と紅葉と紅が同時に跳躍した。
紅葉と紅の違いですね、多分。紅葉は薙の思いを取った、紅は絶望を取った。
もう少しで終わる~(そればっかり言ってる)




