第百二十一話 絶望の償い
「薙、ちゃん…?」
声が震える。なんでこんなにも声が震えるの?目の前で、薙ちゃんに紅が吸収されたから?彼女が危険な目にあっていたから?どれも違うのではないか。警報が頭の中で大音量で鳴り響く。紅を吸収した薙がゆっくりと顔をあげる。その光景に雛丸の声が響いた。
「!!そんな……」
その驚愕した声が全てを物語っていた。目の前にいた紅葉でさえ、その光景に目を疑っていた。そこにいたのは、虚ろでありながらも絶望を宿した濁った牡丹色の瞳をし、体中に刻まれた傷をもろともせずに立つ、薙の姿をした、紅のオーラと殺気を持った誰かだった。
「…な、に…が…?」
片言のようになったその問いは紅葉の口の中で泡のように消えていった。当然のその問いに、誰かはにっこりと笑い、薙の声を響かせながら答える。
「ふふ、驚いているね。この体は、薙であって薙ではない。この体は、紅の魂と融合したんだ」
「は…?なにそれ…ありえない」
「これが現実だよ紅葉。僕を倒すのは、君の大好きな相方を殺すと云う事実を指し示す。これが、絶望だよ」
にっこりと、薙の顔で残酷なまでの事実を告げる。紅葉の頭ではなにがなんだが分かっていなかった。だが、確かにあの瞳はまさしく紅のモノで。でも、その体は、手は、あの時と変わらない薙のモノで。あの固有能力…いや、存在しない能力の効果が融合…とでも云うのか?その事実に動揺を隠せない。だがこれが真実で、目の前にいるのは紅であって薙で、薙であって紅で。目の前にいるのは敵で、味方で。紅を倒したければ、薙もろとも殺さなければならない。それだけが紅葉の情報処理が追い付かなかった脳でも理解できた。できた途端、背中から奈落に突き落とされた。薙を殺せ、さもなくば破壊者である紅が暴れる。紅を倒したければ、彼の魂が憑依した薙を殺せ。目の前が真っ黒に染まっていく。嗚呼、この感情を、光景を知っている。これは、救いようのない絶望だ。
「あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……」
紅葉は全てを理解したその瞬間、大粒の涙を流しながら両手で頭を抱え、絶叫した。大切で大事な人を、失いたくない。なのに、未来の手で意図も簡単に奪われた。自分の無知さを呪いたい。失いたくない。奪われたくないから、強くなったのに、なんで、なんでなんで!茫然と両膝をついてうずくまった紅葉の視界に集めた大鎌を手にした紅はうつっていなかった。薙の姿をした人類の敵はニヤニヤと嬉しそうに微笑みながら、感じて欲しかった絶望を今まさに味わう紅葉に向かって大鎌を振り下ろした。
「紅葉!」
ガキン、と刃物同士が交差した。大鎌と紅葉の間に間一髪で雛丸が滑り込み、紅の攻撃を防いだのだ。体が女性の分、容易に弾き返せると思っていた雛丸だったが、彼女でさえも五分五分の薙の実力をも吸収し自分の糧としているらしく、まるで男のような力だ。弾き返そうにもナイフと拾い上げた短刀を大鎌の刃に絡め取られ、容易にほどけない。雛丸は横目で項垂れる紅葉を振り返った。瞳から光が失われつつある。嗚呼、あの時の白桜と同じだ。絶望し、なにもかも投げ出したくなって、全てを誰かにすがりたくなって。
「(でも)」
バッ!と雛丸が渾身の力で紅の大鎌を弾き返すと彼女と紅葉の姿が一瞬にして消え、代わりに瓦礫が現れた。薙の顔で目をぱちくりとさせて驚く紅。だが、白桜の共通能力だと云うことは容易に分かった。
「ねぇ紅葉。これが僕が味わった絶望だよ。君なら、この気持ちわかってくれるよね?だって、同じ絶望を、どん底を味わった僕自身だもの!……ねぇ」
クスクスと口元を隠して喜びを噛み締める。嗚呼、君ならこの絶望をわかってくれる。そうして……ね。誰もいなくなってしまった戦場をグルリと虚ろな瞳で見渡す。彼ら三人は、何処に消えたのだろう?雛丸や白桜もだが、こんなところに薙を置き去りにするような薄情者ではない。けれど、既に攻撃の要であった薙はいない。その相方である紅葉も絶望に打ちひしがれ、戦意喪失している。戦いには到底参加などできやしない。残った二人だけで戦うのも到底無駄な抵抗に過ぎない。嗚呼、だから勝負は結していたのだ。ゆっくりと、紅は隠れたであろう三人を探すべく、刃のように鋭い視線を張り巡らした。
誰か予想してました?ウチはプロットを書く段階でラスボス(紅)まで書いて「……もう一捻り……はっ」でしたね。多分、紅はゲス顔してます。
「殴りたいこの笑顔」(紅葉)お止め。
紅にとっての希望、紅葉にとっての絶望。紅は気づいているんですかね。




