第百十七話 紅い色
「それでもいいかもしれない。けれど、調子にのらないでよね」
酷く、憎らしいとでも云いたげなその低い声に一瞬にして彼らは固まってしまった。まるで至近距離にいるかのように紅の顔がはっきり見える。その瞳は、恐ろしいほどに何かのを称えて燃えていた。嗚呼、来る。そう思うのは必然的だった。トン、と空中で片足を踏み出す紅。踏み出した足元にあの紋様が瞬時に描かれる。その途端、警戒していた紅の姿は一瞬にして消え失せた。瞬く間に。何が起きた?驚愕する彼らは四方八方鋭い瞳を向けるが、彼は何処にもいやしない。その時、
「!?いっ」
「?!薙ちゃん?!」
紅葉の背後で、薙が軽く呻いた。そして素早く前進しつつ、右斜め後方に向かって刀を振った。だがそこにいるのは白桜だ。瞬時にそれに気づいた薙が刃を止める。一瞬の隙に紅は背後に現れたようだった。心配してこちらを向きながら雛丸と白桜は周囲に視線を凝らす。薙が殺られたのは左足。血が出ているのは攻撃された二人と同様である。
「大丈夫?!」
「っ…嗚呼。これくらい平気だ。でも、紅は何処n「二人共!」」
彼女を心配して様子を見ていた紅葉と薙に向かって緊迫した雛丸の声がかけられた。そして二人同時に横へ押し出された。驚愕に目を見開いていると突然、上段から紅が振って来た。雛丸がナイフと短刀を交差させて防ぐがあまりの勢いに思わず片膝をつく。大鎌で攻め込む紅に横から白桜が扇を振る。それを再び瞬間移動で回避し、紅は今度は紅葉と薙の目の前へ舞い降りる。すかさず刀を振る薙の攻撃をひらりひらりとまるで踊るかのように紅はかわしていく。それがなんとも歯痒い。しかも紅の動きは怪我をしているにも関わらず、先程よりも機敏になっている。こちらなんぞ、出血で動きが鈍くなっている部分があると云うのに、チートと思っても良いのではないか。バッと切りかかった薙の一撃が空を切り、紅の脇を通り過ぎて行く。その通り過ぎた薙を逃がさないとでも云うように紅が素早く薙の片手を掴んだ。抵抗する薙なんぞ知ったことかと云うように手首を捻り上げ、動きを封じる。自分の前には、大鎌を振りかぶった紅葉がいて後ろには雛丸が控えている。一瞬、困惑したような表情を見せた紅葉に紅は満足そうに笑う。だが次の瞬間、その笑みを浮かべたのは薙だった。一瞬でも困惑した紅葉に向かって「殺れ」と口パクで云うと彼はその言葉に背中を押されたかのように、振りかぶっていた大鎌を振った。素早く迫るその動きに紅は驚愕と同時に嘲り笑った。
とその時、耳元で刃音が大きく響き渡った。その正体は背後から迫っていた雛丸の刃が紅葉の大鎌を防いだ音だった。どういうことだと目を丸くする紅。そんな彼に向けて薙が顔を歪めながら刀を殴り付けるように振った。そのことによって紅は薙を離し、そのまま紅葉の大鎌の餌食となる。斜め上からは雛丸の刃物が迫っている。鎌を再び分離させた紅が三つを同時に防ぎ、弾く。
「(嗚呼、なるほどね)」
大きく弾き返し無防備な彼らに向けて大鎌を振り回す。素早い攻撃は全てを防ぎ切れず、いくつか傷をつける。が、紅葉は空中で態勢を立て直すと式神を放った。今度は龍となった式神は凄まじい勢いで紅に接近した。それを合図に着地した薙と滑るように白桜が移動を開始する。紅の大鎌が大きく口を開けた龍を真っ二つに切断した途端、左右から挟まれる形で二人の武器が飛ぶ。首筋を狙って放たれた二つの武器を仰け反ってかわし、指をパチンと鳴らす。しかし、それよりも早く白桜が動いた。片足を強く上げて刈り、紅を転ばせる。そう来るとは思っていなかった紅は簡単に転ばされ、倒れ込んだ。その頭に白桜が容赦なく扇を叩き込む。横に転がって避けた紅に薙の刀が襲いかかる。クルンと回って避け、凪ぎ払うように襲ってきた攻撃を分離させた鎌を使って防ぐ。攻撃してきた白桜の首に勢い良く足をかけるとその勢いを利用して跳躍する紅。まるで紅葉と雛丸のような身軽さである。跳躍した先に紅葉と雛丸が立ちはだかり、同時に武器を振った。それを両腕に分離した鎌を装着させた状態で防ぎ、タップダンスをするかにように爪先を叩きつける。途端、紅は再び消えてしまった。同じ事が目の前で起こり、前のめりになった二人は慌ててそれを防ぎ、こちらにやって来た薙と白桜と合流する。
「四対一なのに、この差なんなの?!」
「それほど一筋縄ではいかないと云う事でしょう?」
雛丸が大きく叫ぶとそれを落ち着かせるように白桜が言った。本当に彼女の云う通りである。まぁ、簡単に終わるなんても思ってはいなかったが。と、再び紅が空中に浮かんで現れた。その足元には案の定、あの紋様が展開されていた。紋様付近にはまるで蝶々のように分離した三つの鎌が浮遊していた。紅は頬にかすったであろう一線を手の甲で拭いながら、周囲を気にするように見渡した。と次の瞬間、紅がギロン、とこちらに瞳を向けた。眼球自体がこちらを向いた、と云う感じだった。その瞳がこちらを向いた途端、寒気と恐怖に紅葉の体が震えた。なんだこれは、何が起きるの?紅葉がそう思考を回転させたと同時に、紅がこちらに向かって腕を伸ばした。その時の彼は、何処か悲しそうでありながら、嬉しそうであって、とても複雑な笑みだった。
「(あ)」
誰が早かったなんて、もう関係がなかった。気づいた時には、遅かった気がする。途端、凄まじいほどの光と風圧が視界いっぱいに広がった。
とりあえず、今日は此処まで




