第百十六話 瞬間移動の舞
「…違う」
「?なにが違うの?白桜」
唐突に白桜が訝しげに呟いた。雛丸がどうしたと腕を抑える白桜を見上げた。彼は小さくまさかと呟きながら紅を睨み付ける。紅葉と薙がなんだと彼を警戒しながら見る。と、その足元に見たこともない紋様なものが展開されていた。だがその紋様は存在していたのが嘘のようにすぐに消えた。
「…帝が言ってた存在しない固有能力?」
紅葉の思わず出た、と言うような声に白桜が頷いた。共通能力や固有能力が分かる白桜が存在しないと判断した理由はどこなのだろう?
「最初は薙様の固有能力に似たようなものだと思ったのです。しかし、薙様のものは異空間を移動などできません。いえ、この世界の固有能力及び共通能力、特殊能力には存在しません」
「それって、異空間には存在するかもしれないって事か?」
「可能性としては。絶望と云う感情で突然変異した固有能力と云う線が一番濃厚ですが」
白桜は自分が分析した事を説明していく。帝が言っていた「存在しない能力」とはこの瞬間移動の事なのだろう。『隻眼の双璧』よりも早く、一回でも目を閉じれば見失ってしまう摩訶不思議な能力。恐らく異空間を移動する能力だ。警戒するに越したことはない。いや、警戒しなければならない。そうしないと全滅の恐れもある。紅は作戦会議でもしている紅葉達を邪魔することなく、余裕綽々と見ている。まるでこのあとを知っているから大丈夫、とでも云うように。
「とりあえず、鎌と瞬間移動には気をつけなきゃな」
「まだ能力を持っているような気配がございます。ご注意ください」
「そうだねーでもまぁ…瞬間移動できないほど早ければ問題なくない?」
「……雛丸、なに考えてるの?」
ニヤリと意味深な笑みを浮かべる雛丸に紅葉がなにか気づいたようだった。それは他の二人もだ。だが、一回それを実行しても損はないだろう。何も言わずに視線だけで通じ会うのは、それほどまでに信頼していると云うことを表している。全員が武器を構えた。それに紅は終わったと思ったらしく、今度はこちらからとで云うように大きく足を踏み出した。それよりも早く、二扇を構えた白桜が叫ぶ。
「〈疾風迅雷〉!」
バリバリ!と云った雷と風が巻き起こり、紅の動きを一瞬止める。その凄まじい風と雷は大きな嵐となって紅に襲いかかる。それを大鎌で真っ二つに一刀両断されるが、その向こう側から嵐を使って接近した薙と雛丸がいた。大鎌をブンッと振った紅の視界から、二人の姿が消えた。捉えられない?少し目を見開く紅の目の前に突然、計画通りと微笑む雛丸が現れた。ナイフと短刀を同時に素早く振る。その動きが一瞬しか見えず、紅は慌てたように大鎌を振った。ナイフを辛うじて防いだ、と思ったら大鎌のリーチを潜り抜けて雛丸の短刀が迫っていた。後方へ大きく足を踏み出しながら、足元に紋様を展開させる紅。が、腹と背中に来た痛みに顔が歪んだ。バッと短刀を大きく弾きながら一瞬にして移動を完了させる。だが、トンと爪先をつき、大きく大鎌を振ろうとした瞬間、雛丸が再び目の前に現れた。ナイフがブンッと振られたと同時に紅が後方へ下がりながら大鎌を振った。その一撃を頭上へ跳躍してかわす。とそこへ空中で入れ違いになって紅葉が頭上から大鎌を振り下ろす。大鎌を頭上へ掲げ、上段からの重い一撃を防ぐ。足元で風を感じた。嗚呼、と口角を歪め、笑ったのは誰だったか。
紅葉がハッとしたがもう遅い。紅は片手をパチンと鳴らして大鎌を三つに再び分離させる。その一つで紅葉を攻撃させ、もう一つを足元に現れた風に容赦なく飛ばす。途端に短い声が響いた。紅葉が大鎌で鎌を弾き、足元にいた雛丸の腕を掴むと近寄ってきていた白桜に向けて投げた。そして薙と共に紅に攻撃を仕掛ける。クロスで出された両腕に分離した鎌がまるで刃のように紅の腕につき、左右から放たれた紅葉と薙の攻撃を同時に防ぐ。
「〈蒼き泉の祈り人〉!」
力の押し合いになっていた両者の足元に美しいまでに清らかな泉が現れる。そして、その泉から現れたのは醜い姿をした祈り人。祈り人はもはや原形を留めていない顔を紅に向け、刃物のような両腕で彼の足を掴んだ。それと同時に薙が鎌に向かって回し蹴りを放ち、腕を弾く。そこへ紅葉が大きく大鎌を振り切った。が、そこに紅の姿はなかった。祈り人も困惑した表情を浮かべながら泉の中へ沈んでいった。まさかと薙が後方を振り返ると案の定、雛丸を庇うように抱いた白桜へ分離した鎌を振り下ろす紅がいた。上段からの一撃を防ぎ、隙を伺う白桜。そこへ彼の胸元から飛び出すようにして雛丸が跳躍する。飛び出した二つの刃に別の鎌が対応する。その隙に片方の扇を紅に切りつけた白桜だったが、再び瞬間移動で姿を消した。
「雛丸!」
「イタター紅葉、ありがとね」
紅についさっき攻撃された胸元を庇いながら雛丸が笑う。傷はあるが、まだ戦える。そう瞳が言っていた。紅葉達は集結すると背中合わせになって紅の動向を探る。
「ったく、瞬間移動とか厄介すぎるな」
ちっとかまされた舌打ちに紅葉が苦笑する。
「薙ちゃんの舌打ち、怖いからやめてよ」
「紅葉にこればっかりは同意かな」
「……今、んなこと云う場合か?」
「「場合ー」」
薙が呆れた様子で「「ねー」」と無邪気に顔を見合わせる二人を見る。なんだが一瞬でも機嫌が悪くなった自分がアホに思えてきた。横目に見れば、白桜も微かに苦笑していた。どちらに対してかは不明だが。まぁそんなこんな、少し軽くなった空気の中、薙が口を開く。
「あいつ、何処へ行った?」
「さあ…検討もつきません。けれど、これで同点です」
雛丸と白桜の傷と紅の二つの傷。確かに同点である。もしかすると勝てるんじゃ…?と紅葉は内心思ってしまった。だが、油断は禁物だ。それを紅が教えるかのように突然姿を現した。現れた場所は空中である。足元にあの紋様を展開させ、空中に現れた紅をまるで羽のように分離した鎌が囲む。
「ふふ、過去でもこんなに強いんだ。ちょっと、想定外だったかな」
真っ赤に染まった腹とほぼその真後ろの背中。悔しげでもなく、痛がるわけでもなく、ましてや強がるわけでもなく紅はクスクスと笑う。その笑みがなんだか、不気味だった。
「ほぉ?褒め言葉と受け取っておこうか?」
「それでもいいかもしれない。けれど、調子にのらないでよね」
十月中に終わる予感です。あと、次回作をちまちま書いているんですが量が半端なくなってます(笑)正直に言おう、書きすぎた(どっちも)まぁ書きたいこと書けたから良いですけどね!




