第百十五話 刃の舞
一番最初に大きく飛び出したのは紅葉だった。それと同時に紅の周りを漂っていた三つの鎌のうち一つが紅葉に向かって切りかかった。グルグルと紅葉の周りをハエのように舞う鎌を大鎌で大きく弾き飛ばすとその脇を通り過ぎるように、薙と雛丸が大きく飛び出した。ガキン、と雛丸の短刀が紅を襲うが、残った鎌がその一撃を防ぐ。その間に背後に回り込んだ薙の一撃が上段から振り下ろされる。流し目でそれを確認した紅が軽く顎を動かすと最後の一つの鎌が振り下ろされた直前の刀を絡め取り、ブンッと振り払った。そしてそのまま、鎌は飛んで行った薙に攻撃を仕掛ける。何も武器がなくなった紅に白桜が素早く迫り、扇を振った。振られた腕を両手で優しく触るように取り、受け流す。だがすぐさま、もう片方の扇を後方へ振る。もう一度、同じ事をしようとした紅の後方から鎌から逃れた紅葉と雛丸が迫った。瞬時に気配で気づいた紅は素早く鎌を指で引き寄せ、腕を振った。途端、タイミング良く引き寄せられた二つの鎌が三人の攻撃を防いだ。一旦後退した三人をニヤリと笑って紅が見る。と、横から自分が使っている鎌が飛んで来て彼は一瞬、驚いたように目を丸くした。足元に叩き落とされた鎌からは可笑しいまでに煙が立ち上っていた。何事だとその方向を振り返るとすぐ目の前に薙の刀の切っ先が迫っていた。槍のように突き出された刀を紙一重でかわすと薙がそのまま片足を持ち上げる。その片足で蹴りを放たれた紅は、腹に一発食らうがそれでも余裕綽々と云った表情を浮かべている。少しの距離があいた。そこへ一気に紅葉と薙が同時に迫る。
「はは、久しぶりで感覚が鈍っちゃったかな?」
「それは好都合だな!」
クスリと笑いながら紅が云った。紅の首が大きく振り回した紅葉の大鎌のリーチに入る。すかさず、容赦なく大鎌を振る。紅葉の大鎌を足場に薙が大きく跳躍し、紅へもう一撃を加えようとする。だが紅は、嗤っていた。ズ、と大鎌にいつもの感触が広がった。次の瞬間、紅葉の大鎌が大きく横へずれた。そのため、薙の頭上からの一撃は大きく外れ、コンクリートにキィンと甲高い音を響かせただけだった。紅葉は驚愕しつつも大鎌を後方へ引き、頭の上で威嚇するように大鎌を回した。
「三つに分離する鎌…〈死神の命〉ですか?」
「嗚呼、やっぱり、お兄様には分かるんだ」
驚いたように扇を構える白桜に向かって紅は柔らかく微笑みかける。紅の手にあったのは先程まで三つに分離していた鎌、今は紅葉とほぼ同じ大鎌だった。違うところをあげるとすれば、紅葉の大鎌よりも真っ赤に染まり、死神が持っていても可笑しくない、と云ったところだろうか。そんな固有能力まで持つのか…紅葉は唇を噛み締めた。相手の攻撃範囲は自分達の攻撃範囲全てを合わせても敵わない。名前からしてその固有能力を白桜は持っていないのだろう。持っていたとしても扇がこれ以上分離したら攻撃の仕様がない。紅葉が再び、大きく大鎌を振った。紅も大鎌を軽く振り、軌道をずらした。その一撃は軽いにも関わらず、大きな力で弾き返されたかのような強い衝撃があった。それを懸命に受け流し、紅葉はもう一度大鎌を振った。大鎌に気を取られていた紅の首筋にひんやりとした刃物が当てられた。背後にいつの間にか雛丸が回り込み、ナイフを首筋に短刀を背中に突きつけていたのだ。突き刺さないのは紅葉と少しでも容姿が似ているために躊躇している現れだろう。その感情に紅は内心笑った。ズイッと同時に懐に紅葉が滑り込み、突きあげるように大鎌の柄を上げる。紅も反撃しようと武器を構え、目の端で二人の行動も捉えた。そして、嗤う。
「っ!うわっ!?」
「え、雛丸?!うげっ!」
一瞬、瞬きをした瞬間だった。その瞬間、紅の姿はなく、彼の背後で武器を突き刺そうとしていた雛丸が前方になにもなくなったことで紅葉に抱きつくような形で前のめりになった。まさか、雛丸が飛び込んで来るとは思わなかった紅葉は動かしていた大鎌を慌てて引いて彼女を抱き留めた。二人して顔を見合わせて、何が起きたと視線で会話する。目の前から紅が消えた。それは、まるで素早い『隻眼の双璧』のようだった。紅は、何処に行った?
「っっ!」
「おい、嘘だろどういうマジックだ!?」
その時、二人の思考は痛みに呻く白桜と驚愕と怒りに声を荒げる薙の声によって遮られた。ハッとその方向を振り返ると紅葉と雛丸が攻撃している間に次の攻撃へ移るはずだった薙が紅と刃をこうささせていた。薙の後ろには真っ赤に染まっていく片腕を庇う白桜がいた。何が起きた?此処から、二人までかなりの距離があったはずなのに。一瞬で、か?バッと薙が紅の大鎌を弾き上げ、心配するなと紅葉と雛丸に向けて視線を送る。だが二人はそれを振り払い、すでに走り始めていた。
「〈雷鳴せよ〉!」
紅に向けた扇から黄色く、眩しい雷が放たれる。紅はそれを煩わしそうに目で見送るとクルリと踊るようにかわした。その背後から雛丸が大きく跳躍し、彼に向かって攻撃を仕掛ける。それを流し目で確認した紅はニィと口角を三日月のように歪めた。その笑みにゾワリとした寒気が紅葉の背中を襲う。パクリ、と無音のまま呟かれた言葉は、なんだったのだろうか。紅葉は無我夢中で手を伸ばした。雛丸のナイフが紅の首筋に今度こそ容赦なく突き刺さる。その瞬間、再び彼は姿を消した。と思ったらその姿は雛丸の背後にいた。驚きながら後方を振り返る雛丸。間に合わないのは、見なくてもわかった。振りかぶられた大鎌が雛丸を捉える。が、それよりも先に頭上へ飛んだ紅葉の大鎌が紅の大鎌を絡め取り、後方へ投げるように引いた。「おっ、と」と障害でもなんでもない、と言うような声を出しながら、紅がそのまま後方に下がった。間一髪、と云ったところだった雛丸は紅葉に礼を云う代わりに笑った。それに着地した雛丸も大丈夫!と笑った。そして、薙と白桜のもとへと移動した。
「白桜!大丈夫?!」
「ええ、薙様が来てくれたおかげで大事にはなりませんでした」
「…にしても、あれなに?固有能力?」
「可能性はあるな」
四人で固まった紅葉達の様子を少し遠くから紅が憎らしげに睨む。紅にとってそれは、失われた光景だった。嗚呼、でも
「(待ってて…)」
ニヤリと微笑んだその笑みを感じ取ったかのようにブルリと紅葉は震えた。




