第百十四話 紅の心
「ふふ、やっぱり来たんだね。過去の自分」
武器を握り締め、紅に厳しい視線を向ける紅葉達に彼は快く声をかける。その正体が未来から来た破壊者でなければ、ただの礼儀正しい青年にしか見えなかっただろう。今は、そんな事、絶対に思わないが。にっこりと、親しみ深そうな笑みを向ける彼のその表情は何処か不気味で、瞳は絶望を孕んでいるようだった。
「……君をそこまで追い詰めたのは、なんなの?」
「ふふ、ありきたりな質問だね。さっきも言っただろう?絶望してほしかった…ただそれだけ」
紅葉の睨み付けるような鋭い視線に紅は臆することなく、肩を竦めて笑った。そして、下から彼らを睨み付けるようにしながら言う。その声はとても低くく、その低さに雛丸がビクンと震え上がり、白桜が大丈夫だと云うようにその背を撫でた。
「……大切な人がいない世界なんて、生きている意味がないじゃんか。僕にとっては、そうだっただけ。一度は伸ばされたその手が消えた悲しみは、計り知れない。それを、君も、お兄様も知っているでしょう?」
紅から放たれたその言葉に紅葉と白桜が顔をしかめる。嗚呼、彼も一度、自分達と同じように両親を失っているのだ。そこは同じなのだ。例え、異空間だとしても、彼は紅葉なのだ。
「それでも」
白桜がその言葉に反論するように声を上げた。その力強い瞳に紅はクスリとなにかを思い出すように笑った。
「それでも、絶望にその身を委ね、全てを呪うのはいけないことです。誰かが手を差し伸べてくれる、いつもそのような事は起きません。自分の足で立たなければなりません」
「兄さんの、兄さんの云う通りだよ。絶望したからって、世界全てを、関係ない人までを巻き込まないで。その人は君に酷い事をした?…関係ない人も巻き込むのは…この因果を止めないためなの?」
兄弟二人の言葉に、紅は一瞬口を紡いだがその決心は強いらしく、憎しみが宿った瞳で紅葉達を睨んだ。彼の心情を表すかのように分離している三つの鎌がブンブンと空を切る。
「君達は闇だよ。僕にしてみれば、僕の光を奪う凶悪な、残酷な闇。僕にしてみれば、大切な人達を奪ったんだから、それを取り戻そうとすることは正義なんだ」
「……………やっぱり、意味がわからない」
「理解して欲しいとは思わないよ。理解して欲しいのは、自分自身だけだもの」
雛丸の言葉にニィイと紅が笑った。途端にゾワッと云う悪寒と殺気が紅葉達を襲った。彼は本気だ。そして、狙いは紅葉だ。それを改めて彼らは思い知った。
紅の目的が依然として、破壊と云う絶望なら、これはもう止められない。目の前が真っ暗になり、奈落の底に叩き落とされたその絶望の感情を完全にわかることはない。何処かで説得できると思っていた。だがそのタイムリミットはすでに終わりを告げていた。すでに、手遅れだと警告を鳴らしていた。彼をこれほどまでに苦しめた絶望は計り知れない。けれど、自分達の領域に入り、乱した時点で、もう敵だ。ならば、戦えば良い。誰が黒で、誰が白か、はっきりさせよう。もう、最終決戦はなされているのだから。
紅は武器を構えた紅葉達を一瞥して両腕をゆっくりと広げた。広げた両腕を包むように三つに分離した鎌が羽のように展開される。
「ねぇ、戦おうよ?どちらかが死に、どちらかが生きるまで。これは、絶望が与える絶望の色だよ」
「そんな色なんて、ボクは認めない。ボクたちから、何も奪わせはしない!」
「お主が何をしようとしまいと、妾達を標的にした時点で敵も当然!」
武器を構えた薙と雛丸が叫ぶ。その様子に紅は心底嬉しそうな、それでいて心底憎らしそうに顔を歪ませた。複雑なその感情は、紅の意思かはたまたいまだにすくぶっている絶望か。もう、何も分かりやすしない。強く地面を蹴ったのはどちらだっただろうか。そして、本当の最終決戦の火花が切って落とされた。




