第十一話 『奇病・宝石凍化』
『奇病・宝石凍化』。肌が宝石のように固くなり、最終的には命をも凍らせる奇病。追記、恐らくこの奇病が深刻化すると化け物になる。
紅葉は可愛らしい和菓子を手に自分達が先程までいた部屋に視線を向ける。今頃、薙と白桜が狂暴な化け物の原因を問い詰めていることだろう。先程の部屋とは距離があるため、あちらの会話は何も聞こえない。
「美味しい?」
「うん!美味しい!お菓子まで作られるなんてお兄さんスゴいね!」
姫鞠の問いに雛丸が興奮したように答える。雛丸の手中にはピンク色の生地が可愛らしい饅頭が握られていた。両手に一個ずつ、合計二個も持っている。そんな雛丸を見て紅葉は食いしん坊だな~と微笑ましく思い、笑った。まぁ自分も美味しくて既に五個目なのだが。自分のことは棚に置いておくとしよう。姫鞠は美味しそうに自分の作った和菓子を食べる彼らを嬉しそうに見つめている。そう、全て姫鞠の手作り和菓子である。彼らがいる部屋はもちろん台所。食事の準備の際に使用するであろうテーブルを囲んでいる。テーブルの上には可愛らしいくも美味しそうな和菓子達が彼らを待っている。紅葉が次の和菓子に手を伸ばす。と隣の吽形が彼を物欲しげに見上げていた。その表情に不思議そうに首を傾げて、ピンッと納得した。
「どれ?取ってあげるから教えて」
そう声をかけると吽形は、それはそれは嬉しそうに微笑んだ。吽形の身長ではテーブルの上にある和菓子はギリギリ手が届かないのだ。吽形は紅葉の好意に甘えるようにある和菓子を指差した。その和菓子と自身の分までちゃっかりと取ると紅葉は片割れを吽形に手渡した。彼は笑いながらありがとう、と頭を下げた。まるで弟が出来たようで紅葉は嬉しくなった。その様子を見ていた雛丸がニヨニヨとした表情で紅葉をからかう。
「紅葉ったら、良い子ー!良い子な紅葉、ボクにも取ってよ!」
「雛丸は取れるでしょ?!しかもまだあるし!」
「紅葉だってたくさん食べたでしょー」
「紅葉ちゃんも雛丸ちゃんもどっちもどっちよ」
「「ええー!」」
姫鞠の言葉に二人が声を上げ、三人が笑い出す。吽形もクスクスと小さく笑いながら和菓子を食べている。紅葉は吽形のマスクが外された口元を横目に見てしまい、目を見開いた。その衝撃を悟られぬように努めたがもしかすると雛丸にはわかったかもしれない。吽形の口元に刻まれた刃物のような、爪のような痕。その痕は喉元にまで達している。吽形は見るからに痛々しい口を小さく開けてチマチマと和菓子を頬張る。痕のせいであまり口が開かないのかもしれない。紅葉はその痕に視線を奪われたが、人の傷をじろじろ見るのは失礼だと思い、すぐさま視線を手元の和菓子に移した。それに吽形は気付いていたらしく、しかし何も言わなかった。この空間が心地よかったから。だがそれもすぐに消えてしまったが。
ガシャン!と甲高い音が響き、紅葉はハッとしてそちらを振り向いた。どうやら姫鞠が右腕をテーブルに力強く叩きつけたようだ。ただ、それだけなら紅葉も隣にいる雛丸も「大丈夫?」と声をかけ、何があったのか聞くだけで水に流せただろう。しかし、目の前の現状は、到底水に流せないものだった。
「くっ…」
姫鞠が額から汗を流しながら痛みと云うか苦しみ、衝動に耐えている。そんな彼とは裏腹にテーブルに叩きつけられた右腕はバタバタと暴れ回る。テーブルがその反動でガタガタ悲鳴をあげる。姫鞠の右腕の爪が彼の意図とは裏腹に勝手に伸び、血を求めて暴れ出す。それを見た吽形が顔面蒼白になって紅葉にしがみついてきた。明らかに怯えているが、尋常ではない怯え様だ。恐怖でか涙目でもある。マスクをすることも忘れてガタガタと震えている。紅葉は怯えている吽形を支えながら雛丸に視線を向けた。姫鞠が吽形の様子に気付き、申し訳なさそうに、困ったような表情を浮かべた。
「ご、めんなさい……誰か、棚の中の薬とっ……っっう」
棚の中の薬。辛うじて聞き取れた言葉に紅葉は素早く視線を周囲に走らせた。雛丸の近くに棚があり、その中に薬であろう小瓶がある。中身はキラキラと微かに光る水色の液体のようだ。恐らくそれだ。それを雛丸に伝えようとして紅葉は一度外した視線を雛丸に向けた。そして、息を呑んだ。
「!?ちょっ、雛丸!?なにしようとしてるの!?」
「なにって、こんなに暴れてるんだから刺した方が早いでしょ?!」
「いや刺した方が早い気もするけどね?!」
雛丸は片手にナイフを持ち、暴れ回る姫鞠の右手に狙いを定めているところだった。雛丸も雛丸で混乱しているようで今自分がやろうとしている行為が正しいのかさえ不明だ。姫鞠は雛丸の策に一瞬目を見開いたが、それでも良いと言わんばかりに叫んだ。
「良いわよ、刺しちゃって!」
「ええええええええ!?」
「止めれればなんでも良いわ!」
驚く紅葉に姫鞠が右腕を押さえている左手に力を込める。その途端、右手のように爪が鋭く伸び、硬いルビーの鱗に突き刺さった。動きを制御しようとしているのだ。だがそれでも右腕は暴れるのを止めない。それどころか右腕ではなく、右肩、右半身も徐々に暴れ始める。それを押さえているのは姫鞠の左手と彼の精神だけ。彼は時々、抗っているのか視線が定まっていなかった。雛丸は覚悟を決めたように暴れ回る右手に狙いを定め、勢い良く突き刺した。あまりの硬さに雛丸が驚愕し、動きを一瞬中断した。しかし、再び力強く突き刺す。テーブルに磔にされた姫鞠の右手は痛みなど感じないのか、ナイフから逃れようとバタバタと暴れる。血は、溢れない。それほど硬いのかと、雛丸が顔を歪めた。姫鞠はナイフの痛みに耐えているのか、先程よりも汗が凄まじく、二つの尻尾がバシバシとキッチンを叩きまくる。紅葉と雛丸が棚へと弾かれたように駆け寄る。が紅葉は吽形がしがみついていたので片足が軽く動いただけだったが。雛丸は棚から小瓶を取り出すと姫鞠の元に行くのでは遅いと考えたのか、彼に向かって小瓶を投げた。投げられた小瓶を姫鞠は器用に尻尾でキャッチすると左手に持ち替え、蓋を指で開け、勢い良く中身を飲み干した。勢いが良かったため、軽く咳き込み、口元を水色の液体が伝った。薬で合っていたようだ。今まで暴れ回っていた右側が意図も簡単に静まっていく。それを見て、姫鞠が小さく息を吐きながら、伝ってきた汗を拭った。
「……はぁ…助かったわ雛丸ちゃん……吽形、ごめんなさいね」
「っ」
姫鞠がナイフを自力で抜いて雛丸に返しながら言う。が、危機が去ったとしても吽形は怯えた様子で紅葉にしがみついている。ぶるぶると震える手と体。自分ではどうしようもない、と云う感じだ。しがみつかれた紅葉も困惑しているようでとりあえず、と云った感じで見よう見まねで背中を撫でている。姫鞠は悲しそうに「しょうがないわね」と笑う。その笑みには苦しみと懺悔、自嘲が含まれていた。雛丸がナイフを受け取りながら聞く。貫かれていた姫鞠の右手の傷は既に鱗が覆い隠していた。
「今のって…」
その問いに姫鞠は悲しそうに苦笑しながら言う。テーブルに置かれた小瓶が姫鞠の心情を表すように、雛丸の心情を表すようにいつの間にか沈みかけているオレンジ色に輝く。
「ええ。奇病が深刻化してるあたしは、いつ化け物になっても可笑しくないの。薬はそれを抑制してくれる最期の砦……」
バタバタとこちらに大慌てでやってくる足音が聞こえる。この大騒ぎが聞こえなかった方が可笑しいのだ。台所に彼らが入って来たのが早かったか、それとも意を決したように姫鞠が話したのが早かったか。それを確認する術はなかった。
「『奇病・宝石凍化』が深刻化し、発生する狂暴な化け物化『影石』…あたしも、いずれ誰かに倒され、影に消えて行くのかしらね……」
スゥ…と姫鞠の右目から涙が零れた。
これ書きたかったんですよー話の内容的に




