第百十話 割れた鏡、その意思は
勢いよく座り込んだ紅葉は出口を探さねばと思い立ち、大鎌を杖代わりに立ち上がった。けれど、四方八方、行き止まりにしか見えず、どうしたものかと思案していると突然、ピシピシと鏡が割れ始めた。いや、鏡が割れているのではなく、空間自体が割れ始めているようだった。次第に足元は揺れ始め、空間も振動し始める。
「うええええええ、どうしたら良いの!?」
大鎌を持ちながら紅葉が慌てた様子で辺りを見渡す。だが見渡したところで薙も雛丸も白桜もいないため、どうすることも出来ない。どうしたものかと紅葉が視線をさ迷わせていると、大鎌に目が止まった。だがしかし、割れ目に大鎌を振り下ろしたとしてその先がどうなっているか分からない以上、危険だ。どうしようどうしようと再び慌て始める紅葉。その時、彼の耳元で懐かしい声が弾けた。
「全く、情けないぁ」
「え?!」
この声って…まさかの人物が頭をよぎった途端、紅葉の意識は鏡に取り込まれた時のように暗く染まった。
…*…
「うわああ」
「よっ…と」
「きゃああ」
「……と」
色んな声をあげながら紅葉達四人は鏡から吐き出された。何があった?紅葉は自身の手を見つめ、そして次に周りにいる大事な人達に目を向けた。その端で紅葉達を取り込んだ鏡がキラキラとした粒子になって消えて行っていた。
「雛様!ご無事ですか?!」
「白桜ー!」
「あ、薙ちゃん!?生きてる?!」
「生きてるに決まってんだろバカ紅葉」
特殊と云われた効果不明の能力から脱出できた。その事が、暗くなった空と空間全てに充満する殺気とオーラで実感できた。紅葉達は互いの安否を確認し合う。お互い、大きな傷はなさそうだ。そして大体が言わなくてもノエの効果を実感していた。恐らく自分達はノエの特殊能力である鏡に吸い込まれ、その中で自分達は自分と戦ったのだ。それも心の奥底に潜む、自分でも気づかなかった自分と。その自分自身に勝ったのだから現実世界へ戻って来れたのだろうし、また自分にそっくりな彼らが笑ったのも頷けた。特殊能力〈もう一人の自分〉。奥底に潜む強くとも弱くともなる精神が勝つか、それとも弱くも強い本体が勝つか。きっと自分達が勝ったから出てこれたのだろう。紅葉達は再び頷き合い、確認し合うと立ち上がった。さあ、正真正銘のラスボスへ立ち向かいましょう。
「嘘…嘘だぁあああああ!!!」
駄々を捏ねる子供のようにノエが喚き散らす。そして頭を両手で押さえる。彼女のその行動が引き金となったのか、今まで紅葉達とは別の『勇使』を相手取っていたと思われる鏡数枚が一気に割れた。パリンパリン!とノエの感情を露にするように砕け散る鏡。その後ろから声が響く。
「だから言っただろ?ソイツらは、負けないって」
その声は聞いたことがある。短い間だったが共に同じーでは若干ないかー目的のために協力し合い、時には軽口を叩いて笑っていた人物。なんで…あの時、君は大怪我を負って逃がしたはず!?
「「群青?!」」
紅葉と雛丸の驚愕の声が重なった。そこにいたのは二振りの短刀を持った青の守り人、群青だった。薙と白桜も嘘だろと目を丸くしている。群青は『隻眼の双璧』の攻撃を受けて重症となり、神子と花白と共に逃げたはず。いや、そのあとに神子が戻ってきたので詳しくは不明だが、一つ言える事は
「…お主、『勇使』だったのか?」
そういうことだった。薙と雛丸でさえ『勇使』かどうか分からなかった。まさか彼が?驚く紅葉達をもっと驚かせるように群青の背後に降り立った人物達がいた。
「!なんで!?『隻眼の双璧』は倒したはずじゃ?!」
「理解できない事が立て続けに起こっているのだけはわかりますがこれは…」
紅葉達を執拗に狙い、紅に洗脳されていた『隻眼の双璧』、リンとミオだった。群青が敵に寝返った?いや、だとしたら何故ノエの相手をしていた?一体全体何が起こっていると云うのだ?混乱する彼らを見て群青が思った通りと言わんばかりに笑う。チラリとぶつぶつとなにかを狂ったように呟くノエを警戒するように確認し、紅葉達に向き直る。
「アンタらが驚くのも無理はないよ。白桜なら分かるよな?〈起死回生〉って云う能力」
群青の言葉に薙が納得したように頷いたが、一瞬にして再び歪んでしまった。なんのことだか分かっていない紅葉と雛丸が白桜を振り返ると彼は少し驚いたような表情を浮かべていた。
「兄さん、〈起死回生〉って?」
「〈起死回生〉と云うのは珍しい共通能力の一つです。私は保持しておりませんが、効果は"対象者に触れ合っており、なおかつ条件を満たした場合のみ瀕死状態から回復出来る"というものです」
「え…つまり、群青はその条件をクリアしたから、無事だったってこと?」
白桜の説明を聞き、雛丸がそう言うと群青はその通りだと頷いた。だがそれでも双璧を連れている理由にはならない。双璧は紅葉達の疑問と警戒に気づいているらしく、群青に向かって頭を軽く下げた。その行動に紅葉達が首を傾げる。
「そう。オレが此処にいる理由は帝によって緊急事態であるがために臨時『勇使』として呼び出されたから。神子も花白も一緒に来てるよ」
にっこりと笑って言う群青と共に双璧の隣に別の人物が現れる。一人はゆっくりと優雅な足取りで歩み出て来、もう一人は紅葉達にもわかる凛々しくも真剣な表情で歩み出てきた。紅葉達に伝言を頼んだ神子ともう一人の白の守り人、花白である。群青が臨時『勇使』と云うことにも驚いているにも関わらず、次々に混乱と疑問が頭を覆い、てんてこ舞いである。だがそれでも、この状況でも会えて嬉しいと云う思いがあった。
「帝様に伝えてくれたんだね。ありがとう」
「あ、うん、そうなんだけど…ねぇ一体どういうこと?!」
お礼を申す神子に詰め寄るようにして紅葉が叫ぶ。そこでハッと気づいた。もし、あの時『隻眼の双璧』が瀕死状態だったら?紅葉が固有能力で双璧の傷を治した時、確実に命は消えかかっていた。回復してもなお、瀕死だったのだ。それが群青の共通能力によって条件を満たし、回復したのだとしたら?だがこれは全て仮説であり真実ではない。それに今此処は破滅するか勝利するかの戦場だ。長い時間立ち止まっていれば、敵の格好の的に成りかねない。その事に相手も気づいていたらしく、群青が続ける。
「長い話は省くけど、アンタらのおかげで洗脳は解かれた。そして、元主の魂を成仏させるため、償いのため、本来の使命を全うするため、『隻眼の双璧』は再び武器を持った」
「それが…臨時の理由?」
雛丸が呟くように言うとそれに群青が頷いた。ある言葉に違和感を覚えたが一旦放置しておこう。そうあの時、洗脳は解かれたのだ。あの時とは違う、入れ替わった真剣な、前を向く双璧の瞳がその証拠である。まさか、帝は…
「…此処まで、見通していたとでも云うのか…?」
「そのようだな」
薙の思わず出た、と云う声にリンが妖艶に笑って答えた。双璧の対処を求めた時、まさか帝は洗脳まで分かっていたのか?そしてこうなる事も?臨時と言ってもすぐに『勇使』にはなれない。そこまで考えていたから、群青達は来た?嗚呼、なんと云う。
「それでも、アタシたちがキミたちを洗脳されてたとは言え私情で攻撃したことは…変わらないから」
狂喜にまみれていたあの時とはうって変わって、優しくも少し怯えている声が響いた。それはまさしく以前のミオで。元に戻った事への嬉しさなのか、はたまた自分でも分からない感情なのか、紅葉達は我知らず、微笑んでいた。
また三連休やったー!(←休み嬉しくてテンションおかしい)
……もう少しで終わりですね…




